137話 救済の責任

 今日はユリアと一緒だ。帝国との戦いが終わってから、いっそう押しが強くなったように思える。

 なんというか、心に引っかかりでもあるのだろうか。まあ、俺がディヴァリアに告白したという事実は大きいか。

 明らかに、ユリアは俺に強い好意を持っているからな。影響があるに決まっているよな。


「リオンさんっ、今日はわたしとふたりっきりですよっ」


「ああ、そうだな。ディヴァリアには悪い気がするが」


「聖女様にはお許しいただきましたよっ。リオンさんを支えたご褒美だそうですっ」


 おそらくは、帝国との戦いの件だろう。ユリアがいなければ、勝てない相手だったからな。

 それに、いつもユリアにはいろいろな世話をしてもらっている。

 まあ、俺に甘えてくるというか、構われようとする時間も多いが。

 とはいえ、仕事はしっかりとこなしてくれているからな。ご褒美くらいは構わない。

 きっと、俺に何かをしてほしいのだろうな。まあ、一緒にいるだけでも良いのかもしれないが。


「なるほどな。俺もいっぱい助けられているからな。なんでもとは言わないが、できる限りのことはするぞ」


「聖女様もしていないことを、わたしが先にする訳にはいかないですからねっ。分かっていますよっ」


 ディヴァリアの後なら良いようなことを言う。

 流石にキスやらを求められたら、ディヴァリアの後だとしても断るぞ。

 まあ、そのあたりの配慮を忘れるような子ではない。だから、なんでも良いといっても大丈夫な気もするが。

 だからといって、ウソをつくのもきまりが悪い。まあ、落とし所を考えたら今の言葉でいいだろう。


「浮気をしたい訳ではないんだがな。まあ、ユリアなら無茶は言わないか」


「お風呂に入ってって言っても良いんですかっ?」


「分かって言っているだろう……ディヴァリアに悪いよ」


「まあ、そうですよねっ。ねえ、リオンさん。わたしと手を繋いでくださいっ」


「それくらいなら、別にいいか。友達が相手でもやることだからな」


「ふふっ、良いことを聞きましたっ。リオンさんの友達は、けっこう距離が近いんですねっ」


 ユリアはいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 なにか、距離感がおかしい所でもあっただろうか。まあ、ディヴァリアだって許すラインだとは思うぞ。

 手を繋ぐくらいのことなら、サクラやノエルとだってしているし。


 それに、ディヴァリアはわざわざ俺と他の女の距離を近づけようとしているフシがある。

 まあ、俺を試している可能性だってあるのだが。それでも、ディヴァリアの浮気のラインは何となく分かる。

 ハッキリ言って、抱きさえしなければ問題だとは感じなさそうだ。

 キスをしたとしても、上書きすればいいとすら考えている気配がある。


 まあ、だからといって誰彼かまわずキスをするつもりはないが。

 というか、俺が嫌だ。ディヴァリアを裏切っているような気分を味わいたくない。

 一番好きな相手なんだから、相応に大事にしたいのは当たり前だよな。


 ユリアは俺の手を握ると、何度も力を入れたり抜いたりを繰り返していた。

 きっと、俺の手の感覚を楽しんでいるのだろう。ユリアの手は小さくて柔らかい。剣士の手とは思えないくらいだ。

 俺の手は、きっとゴツゴツしていて硬いのだろうな。

 まあ、当然か。子供の頃から、ずっと剣を振り続けてきたものな。

 だとすると、ユリアの手が硬くない理由が気になるが。


「リオンさんの手、暖かいですっ。わたしは、リオンさんのぬくもりを、心からも体からも味わいたい。だって、初めてわたしを大切にしてくれた人だから」


 ユリアと出会ったときを思えば、おかしくはない反応だ。

 だって、村八分というか、どうでもいい人間だから俺に預けられた感じがある。

 結果としては、ユリアと出会えてよかったのだが。

 俺達が出会った村は、ディヴァリアの指示によって滅ぼされた。

 だが、ユリアは故郷が崩壊したことを気にしていない。まあ、感情は分かり切っている。

 どう考えても、邪魔者扱いされていたものな。嫌いにならない方がおかしい。


「ユリアが良い子だからだよ。これまでずっと、俺を支えてくれていた。黒い鎧の敵との戦いでは、心奏具まで目覚めさせてくれて」


「ホープオブブレイブは、リオンさんのおかげで目覚めたんですよっ。リオンさんの敵を切り裂きたいって、それだけだったんです」


 だからなのだろうか。ホープオブブレイブがすべてを切り裂くのは。

 心奏具は分からないことが多い。でも、心の形が影響していることだけは間違いない。

 きっと、エンドオブティアーズの剣と同じ形なのも、ユリアが俺に強い影響を受けたからだ。


「あの時は、情けない姿を見せたよな」


「いえ。リオンさんみたいに戦いたいって、リオンさんを守りたいって、そんな心が生まれたんです」


「そして実際に、何度も俺を守ってくれた。ありがとう」


「当たり前ですよっ。リオンさんの敵はわたしの敵。これからもずっと、決まりきったことですっ」


 ユリア自身の幸せは、どこにあるのだろうか。

 俺と一緒にいることができれば幸福だというのは、流石に分かる。

 でも、だからといって結ばれる訳にもいかない。

 ディヴァリアを裏切ることだけはできないから。それでも、幸せになれるのだろうか。


「俺はユリアの献身に、どれほどのものを返せるだろうか」


「気にしなくて良いんですよっ。リオンさんに助けられた日。あの日の幸せだけで、お釣りが来るくらいですっ」


「なら、良いが。自分自身の幸福だって考えてくれよ」


「わたしの幸せは、リオンさんの力になることですっ。すべての敵を切り刻むことですっ」


 これから先、平和になるはずの未来で、ユリアは幸福になれるのだろうか。

 戦いばかりが幸せだというのなら、新しい形の喜びを教えたい。

 ユリアの命は俺が助けた。今後の人生まで面倒を見てこそ、責任を果たせるものだろう。

 ただ命だけを救って、後は放り出すなんてバカげている。


「使用人としても、俺を支えてくれよ。力になるってことは、何も敵を倒すだけじゃない」


「分かっていますっ。聖女様との子供だって、わたしが大切にしますねっ」


 子供の面倒は、使用人にも任せるべきことだ。貴族としてはな。

 だから、俺達の子供を育てることで、ユリアも幸せになってくれたら良い。

 とにかく、なにか生きがいを与えたい。戦いじゃない道にだって、俺の役に立つことはいくらでもあるんだから。

 そもそも、俺から離れても幸せになれるのなら、それが一番ではあるが。


「ああ、頼む。ユリアなら、きっとうまくやってくれるだろうな」


「リオンさんの子供ですから、絶対に大切にしますよっ」


「ありがとう。俺は幸せものだな。ここまで俺を大事にしてくれる使用人がいて」


「リオンさんだからですっ。他の誰かだとしたら、どうでもいいんですからっ」


 まあ、ディヴァリアやノエル、フェミルといった人達がどうでもいい訳ではないだろう。

 ユリアにだって、他の人を認識するだけの心はある。

 とはいえ、仕えたいと思うのは俺だけなんだろうな。だったら、最後まで責任を取らないとな。


「じゃあ、ずっと俺の使用人でいてくれ」


「当たり前ですっ。他の誰にも、わたしの居場所は譲りませんっ」


「俺だって、お前の代わりはいないと思っているよ」


 ユリアより仕事ができるとしても、関係のないことだ。

 俺はユリアだからこそ、俺自身の身を預けられる。子供を任せられる。

 その思いを、時間をかけてでも理解してもらわないとな。


「リオンさん、わたしに幸福を教えたんですから、ずっと一緒にいてくださいね。リオンさんのいない世界なんて、なくなった方が良いんですから」


「当たり前だ。俺は大切な人のために、絶対に生き延びてやる」


「約束ですよ? 裏切ったら、全部全部、壊しちゃうんですからねっ。わたしも含めて、全部。だから、ね?」

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