103話 変えられた未来3

 ミナとマリオ達との戦いが終わって、まずは一つの映像を見たことになる。

 これで全てなのだろうか。俺の直感だと、まだ序の口だという感じがしている。

 だって、ミナの件だけ見せる理由はないからな。特別だとは思えない。

 それを考えれば、シルクやルミリエの件も見ることになるはずだ。


「お主の考えで当たっておる。そして、うちの見せたいものは、もっと先にもあるのじゃ」


 なるほどな。まだ分からないが、ミナ達の映像は本命ではないのかもしれない。

 前提条件を理解してもらうための前置き。だとすると、もっと大きな事件があるのか。

 ああ、もう変わった未来じゃなくて、今から変えるべき未来を見せられる可能性が高そうだな。

 とはいえ、まだ先の話だろう。今は目の前の映像に集中していれば良い。


 ここは、教会か? 死体がいっぱい転がっているな。かろうじて人と分かる程度の、めちゃくちゃに崩壊したものではあるが。

 だとすると、今から見る映像はシルクのものか。場所が教会で、回復魔法を過剰にかけた死体に見えるものがあるから。

 まあ、実際に回復魔法を暴走させて、どんな死体になるのかなんて知らないが。


 今のところ、シルク自身は映像に映っていない。それにしても、見ている分には片っ端から殺されていそうだな。

 確か、バラン教会だったっけか。エギルが賊徒を扇動していた場所に見える。

 良くも悪くも運命を感じるものだな。前回はミナとマリオの立場が逆転していて、今回はシルクとエギルの立ち位置がひっくり返っている。


 今度は教会の入口あたりに視界が移る。エギルとサクラがやってきていた。

 やはり、今回も原作での戦いを見ることになるのだろう。今度はシルクがやられるのか。嫌だな。

 もう起こり得ない可能性だと分かっていても、親しい人達が死ぬ姿を見せられるのは心にくる。

 ミナがマリオ達に負けた時も、正直言ってつらかったからな。


「信徒シルクの暴虐はここで止めるべきです! 癒やしの力を人を傷つけるために使うなんて、許しておくべきではありません!」


 暴走したエギルのことを知っていると、笑えてくるセリフだな。癒やしの力でなければ人を傷つけても良いのだろうか。

 いや、分かっているけどな。あのエギルと今見ているエギルは別人と言って良いのだと。

 サクラの影響を受けて、善良な心に目覚めているのだろう。俺がエギルを導けなかったことは悲しい。だが、シルクは変えられたのかもしれないな。


 なんにせよ、今見ている光景は消え去った可能性。そこまでのめり込むべきではない。

 エギルがヒーローになれた可能性があったとしても、もう終わったことなんだ。

 俺が考えるべきは、過去のことじゃなくて未来のはずだ。そうじゃなきゃ、どうしろっていうんだ。


「ええ、エギル! 行くわよ! 敵はシルク1人! なんとしても討つわよ!」


 ああ、やはりこの世界ではシルクは死ぬんだな。サクラとミナが戦う光景も心に悪かったが、シルクと対峙する姿も見ていたくない。

 いまサクラ達が仲良くしていることが、薄氷の上のように思えてくるから。

 彼女達の友情だって、壊れるのかもしれないと感じてしまうから。


 だが、シャーナさんが必要だというのだから見るしかない。彼女の未来視は本物だ。

 俺にとっての良い未来をつかみ取るためにも、ちゃんとやらないと。

 なにせ、俺の平和はかなり危うい均衡の上で成り立っているのだから。

 ディヴァリアが暴走する以外にも、平和が壊れる道筋などいくらでもあると、今の映像だけでも分かる。


 エギル達はそのまま教会を突っ切っていき、シルクに向かい合う。

 すぐに戦闘が始まるかと思いきや、問答から入るようだ。


「信徒シルク! なぜあなたはここまでの暴虐を! 人々を癒やして評価されていたでしょうに!」


「評価? 誰にですか? そんなことはどうでもいい。私は、私の敵を葬るだけ」


「敵って何よ! みんな、ただ信仰していただけの人じゃない! 何の罪があったっていうのよ!」


「罪、ですか。いくらでもありますよ。他者に負担を押し付けて、自分は楽しみを享受する。それが罪でなくて何だというのです?」


「だとしても、あなたは間違っています! 癒やしの力は、人々を幸福にするためのもの! 人を傷つけて良いものじゃない! 人の喜びを奪うなど、許されない!」


「知ったことですか! 私はあなた達とは違う! 他者の幸福のために尽くすつもりなど、ない!」


 今のシルクからは信じられないよな。他者の幸福を大切にしている彼女からは。

 だが、シルクの気持ちは分かるかもしれない。誰からも評価されないまま回復魔法を使い続けて、それで恨みを持たないなんて、俺にも無理だ。

 魔法を使うのはそれなりに負担だからな。尽くしておいて軽んじられる。それは嫌いにもなるだろう。


「人に感謝される喜びを忘れたとでもいうのですか!? 癒やしの力はそのためのものでしょう!」


 ああ、ここでシルクの逆鱗に触れたのか。見るからに表情が変わっている。

 当たり前だよな。原作でのシルクは、誰からも感謝されてこなかったから暴走した。

 優しい笑顔で人々を癒やして、それでも治療が遅いと怒鳴られて。そんな生活をしていたからこそ、自分に感謝しない人が敵になったんだ。

 シルクの過去を考えれば、触れてはならないところだったよな。まあ、エギルもサクラも知らないことなのだろうが。


「……もはや問答をする気はありません。さっさと死になさい。隠匿かくせ――アンガーオブドゥーム」


「生憎だけど、殺されてやる訳にはいかないのよ!」


「そうですね。行きましょう。顕著あらわせ――ディナイオブドゥーム!」


 お互いが心奏具を構えて、戦闘の姿勢に入る。

 即座にシルクはエギルのことを結界で切り裂くが、すぐに元通りになる。

 大した癒やしの力だ。即死してもおかしくないくらい真っ二つにされていたが。

 まあ、今のシルクも同じ事ができるのだが。凄まじいものだよな。


 そのままエギルは反撃にかかる。遠距離から刃を放ち、シルクを追い込もうとしていく。

 対してシルクは結界で自分を守り、しばらくのあいだ膠着こうちゃく状態になった。

 やはり、シルクの結界は強力だ。大抵の攻撃ではびくともしない。

 だが、ここに居るのはサクラだ。現在の状況くらい、どうにでもできると思う。


「亀みたいに引っ込んでたって、あたしには勝てないわよ! 失墜する星、砕け散る月、燃え尽きる太陽――」


「させると思いますか!」


 最上級魔法を唱えるサクラを、シルクは結界で真っ二つにする。

 しかしエギルがサクラを癒やし、そのままサクラは詠唱を続けていく。


「いってください! サクラさん!」


「すべてを飲み込め――ディヴァインカラミティ!」


「ぐっ、最上級魔法を! ですが、まだ!」


 シルクは結界でサクラの最上級魔法を防ごうとする。

 一度はディヴァインカラミティの黒い光を受け止め、拮抗したかと思われた。

 だが、しばらく押し留めた後、結界は砕け散っていった。そのままシルクも飲み込まれていく。


「やりましたね、サクラさん! とても多くの犠牲者がでましたが、これで終わりです!」


「ええ、そうね。みんな帰ってこないのは悲しいけれど。ともかく勝ったのよね。良かったわ」


 俺はシルクが死ぬ未来を回避できて良かった。今みたいな光景が現実になっていたら、悔やむどころではすまなかっただろう。

 あらためて現実の状況を良かったと感じながら、再び意識は薄れていった。

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