第30話 銀髪お姉さんと個人レッスン。こんなの訓練じゃない! ご褒美タイムだ!

「じゃあ行くわよ。ついてきて」


 風にホワイトブロンドをなびかせ、マリーさんが降下艇から降りる。その姿は黒い戦闘服と同じく黒のチャストリグという厳めしい姿なのに、見た目が北欧美人だからやっぱりコスプレみたいだ。しかもその後ろには、小学生女子のシャノンとちびっ子軍人のクレアが続くから子供と戦闘服の温度差がえらいことになってる。


 いや、俺も同じ格好だけど……これから何するんだろうな……。


 そう思ってる間も俺はマリーさんについていき、道路を二〇メートルほど歩むとホワイトブロンドの髪が振り向いた。


「じゃあ近接戦闘のレクチャーから始めるわね」

「はい! それなら私から提案があるよ」


 びしっとクレアが手を上げた。マリーさんが疑わしげに目を細めながら「提案って?」と促す。


「まりりんがステージ1の歩兵級役ね。で、シュウくんを襲うの」

「え、なんで……!? それじゃ私が教えられないじゃ――」

「この場にVICSはいない。でも戦闘技術は学びたい。じゃあこうするしかないでしょ? ないよね――はいスタート!」


 始まってしまった。

 クレアに捲し立てられ、マリーさんが慌てて構える。両手を胸の前に突き出し、ゾンビっぽくよたよたと近づいてくる。


「う、うぅ~……か、噛みついちゃうからね……」

「むしろ、いいかもしれないな……」


 なんということだろうか。身体が動かない――いや動けない。

 犬猫を捕まえようとするような体勢で恥ずかしそうに声を萎ませ、それでもいじらしく歩み寄ってきている。噛みついちゃうからね……とご褒美セリフを吐きながら……。


 なんかめっちゃドキドキする! 最高か? ご褒美タイムじゃん、コレ!


 ホワイトブロンドの爆乳北欧美女がここまでしているんだ。もはや俺に逃げるという選択肢はなかった。


「ちょ、ちょっと……ちゃんと逃げるなり反撃するなりしてくれないと……」


 手を伸ばせば届く距離での囁きボイス。これは効く。


「ホントに噛みついちゃうわよ? いいの……?」

「……っ」

「えっと、噛むからね……? い、痛くするからね? そういう役だから……」


 むしろ望むところだった。


「どうぞ……!」

「ええっ!? 無抵抗じゃあ訓練の意味ないんだけど……ねぇ、ねぇって……朱宇くん? うう……っ」

「うわー……逆焦らしプレイみたいになってる。いいぞ、もっとやれ……!」

「あのマリーさんが震えているだと……朱宇の奴め、一体何をしたんだ……!」


 なんだか外野がうるさいが、その二人の声に急かされるようにマリーさんがやけくそ気味に踏み込んでくる。えいっ、という掛け声とともに俺の身体は自由を失った。

 極上のクッションが顔に押し当てられる。その下にあるチェストリグの感触は硬いが、いや硬いからこそ戦闘服越しの柔らかさが際立つ。柔軟剤か何かのほんのり甘い香り。戦闘服という厳めしい格好に反して良い匂い。だが、ちょっと息苦しくなって顔を横に向けると、わずかにびくっと震えた。その震えに誘われるようにして、俺は胸の谷間という柔らかな山脈に身を任した。

 至高のハグであった。


「おい普通に捕まったぞ。あれじゃあ自力では抜け出せない。死亡判定を」

「えー。まだ見てようよ、噛みつかれてないからせーふせーふ」

「朱宇は組み付かれた時に抜け出す技術を教えられてないんだ。結果は明らかだろ」


 シャノンとクレアがなにやら揉めているが、ある意味こちらも揉めているのでスルーする。


「でもさ。まりりんが『ここからどうしようー本当に噛みつくにしても怪我させたくないから甘噛みで……』って妥協して初めて死亡判定になると思わない? ほら、分かったらさっさとやりなよ」

「この――っ! 先にアナタを死亡判定ロストさせてやるわ……!」


 その瞬間マリーさんのキレが戻った。ばっと俺から離れると、凄まじい速さでクレアに肉薄し、猛禽が野鼠を掠め取るが如く小さな身体を担ぎ上げ、そのまま路地裏に消えていった。


(次回に続く)

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