第8話 イメージチェンジ 会話

 相原さんから彼氏がいることを告げられてから、ツバキ姉さんと買い物に行って、なんだかボクの心は忙しい日々を過ごしている。


 ただ忙しい日々を過ごしていると、悲しい気持ちが少しだけ薄くなってきた気がする。

 気のせいだけど、相原さんのことを考えると悲しくはある。

 だけど、ツバキ姉さんのお陰で、自分磨きを頑張ろうと思うと、悲しい気持ちになんてなっている時間はない。


 日曜日の朝も、目が覚めると洗面所に行って、顔の洗顔をして、薄く自分の顔を整える化粧をする。

 顔が終われば、髪を濡らしてドライヤーで癖に合わせて髪を乾かしていく。

 ボクはウズがあるてっぺんがぺったんこになっているそうだ。

 美容師のお姉さんから教えてもらった特徴に合わせて、髪の毛を持ち上げて下からふんわりと仕上がるようにドライヤーを入れて、ふっくらとさせる。

 サイドは逆にふっくらしちゃうから、アイロンで真っ直ぐに抑え込む。


 これを何度もやるようになって、自分の髪の性質もわかるようになった。


 ボクが美容室に行っている間に、ツバキ姉さんは僕に似合う私服を購入してくれていた。合わせ方なんかも雑誌を見て勉強できるように、男性用と女性用のファッション雑誌を購入して読むように言われた。


「さて、明日から学校だから、今日中に新たなミッションを講義するわ」

「えっ? 服のセンスを磨く勉強をするんじゃないの? フアッション雑誌を読んだり、服を合わせたり」

「あんたねぇ、私服なんて普段着ないでしょ?」

「あっ?」

 

 確かに高校に行っている間は、制服で過ごしているから私服なんて着ない。


「あれは女性との話題を増やすためのアイテム。美容は毎日の習慣にしておきなさい。息をするように自分の身嗜みを整えられるようにするの」

「えっ、うん、わかった」

「よし、次はモテ男戦術その1よ」

「モテ男戦術その1?」

「そうよ。あなた、人付き合い苦手でしょ?」

「うっ!」


 確かに僕は人と話すのは得意ではない。

 どうしても愛想笑いをすることしかできなくて、あんまり話を続けることができない。


「スパイになるためにも、情報収集にはコミュケーション能力が必要不可欠よ」

「うっ! ヤバい。それは一番自信ないかも」

「ふふふ、そういうと思っていたからあなたには学校に行った時の課題を出すわ。それと、会話の極意を教える」

「極意!!!そんな物が存在するの?」

「ええ、存在するわよ。会話はね、相手のメリットを探すことに秘訣があるの」

「相手のメリット?」


 ツバキ姉さんに挨拶をするように言われたとき、相槌と相手の言葉を繰り返すことは言われていた。


 ツバキ姉さんのアドバイスがあったから、黒鬼さんと少しだけ話ができたと思う。白井さんとも、後輩の子も話をした。


「そうよ。相手の話に興味を持つの」

「うん? 会話をしているから興味を持っているよ?」

「ハァ、あんたはそれが出来ていないから会話が続かないんでしょ? どうせ相原さんと話す時も、本の話か学校の話しかしてこなかったんじゃないの?」


 ツバキ姉さんに言われて、僕は相原さんとの会話を思い出す。

 最初は、僕が読んでいた本の話をした。

 それから、本の交換をして感想を言い合うようになった。

 学校のテスト勉強を一緒に支えて、それが終わるとまた本の話を……


「あっ」

「ほら、見なさい。全部、あんたが話をしたいことを、相原さんが聞いてくれていたんじゃない」

「うっ! でも、それはノゾミも好きだって」

「はぁ、本当にあんたはバカね。確かに共通の話題っていう意味ではそうなのかもしれないけど。女子はそれだけじゃないの、女子同士の付き合いもあれば、年頃になれば、見た目や恋愛なんかにも興味を持つの。恋愛小説を相手から進められたことはないの?」


 ボクの読むレパートリーの中には恋愛小説も含まれる。

 ラブコメが多いけど、それでも見ていてハラハラドキドキする。


 そして、相原さんが進める本は恋愛小説。

 純愛や悲恋などもあった。


「……あるね」

「ほら、見なさい。相手はサインを出しているのに、あんたはそれを単なる本の感想として答えていたんでしょ」

「……ツバキ姉さん」

「何?」

「僕ってバカなんだね」

「そうよ」


 確かにいつも本の話ばかりしてた。

 だけど、その中には、恋愛物もあれば、ミステリーとか、音楽とか、日常に溢れる様々なジャンルが含まれていて、僕は本の内容にしか興味がなかった。

 だけど、相原さんの感想には、女の子の気持ちや、子供への同情とか、心理描写への感想も込められていた。

 ミステリーなら、犯人の気持ちを汲み取って涙して、音楽の成り上がっていく話には支えた周りの人々に関する心情がわかると言っていた。


「僕は、彼女の何を聞いていたのかな?」


 会話をしているつもりだった。

 だけど、僕は自分の感想を聞いてもらうことばかりで、相原の感想をちゃんと聞いていなかった。

 相原さんが伝えてくれる感想には様々な相原さんの思いが詰まっていたのに、自分の感想ばかり聞いてもらうように話をしていた。


「今、それが気づけたならいいんじゃない。だから会話の極意は相手の話に興味を持つことなのよ」

「そうだったんだね。うん、僕がダメだったんだ」


 ツバキ姉さんと話した二日間、僕は自分がどれだけダメだったのか思い知らされた。


「ツバキ姉さん、僕はどうすればいいのかな?」


 ずっと相原さんは僕の話を聞いてくれていたんだ。

 僕はそれに甘えて、彼女の優しさに寄りかかっていただけだった。


「これからの態度が大事よ」

「態度だね。何から始めればいい?」

「随分素直になったわね」

「うん。自分がダメだって自覚できたらスッキリしたんだ。だから、僕は自分を変えたい。ツバキ姉さんの言う通りにして、見た目は変わった。だから、次の課題を頑張るよ」


 僕は変わる。相手の話に興味を持って聞ける人間になるんだ。


「わかったわ、会話の極意を理解してくれたなら、態度を変えましょう」

「うん。お願いします」


 改めて、僕はツバキ姉さんに弟子入りする気になった。

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