第58話 虫

「ほんっとーに、これもらっていいんですかぁ?」

台詞の主は合成屋。

もらっていいかと聞かれているのは…どうやら今回の客らしい。

「ええ、いいもの合成してもらいましたし…私には必要ない『虫』ですし…」

そう、客の手にはガラスの瓶に入った、『虫』がいた。


合成屋は多分、じぃっと『虫』を見詰めている。

真っ白な、のっぺらぼうの仮面をかぶっているので、視線がわからない。

そして、

「ほんとうに、ほんっとーに、いいんですね?」

と、聞いてくる。

客は、少々動揺したが、

「ええ、お礼ということで…もらって下さい」

そして、合成屋の義手に瓶を渡す。


合成屋は渡された瓶を見詰めていた。

上から下から斜めから見た。

いろんな角度の『虫』を見た。

そして…

「いやっほぅ!」

と、すっとんきょうな叫びをあげた。


「間違いない、間違いないぞぅ!」

合成屋の表情はわからない、

何が間違いないのかもわからないが、

とりあえず嬉々としていることは、

踊りだした事や、

客が帰ったことに気がつかないことからも伺えた。


「いゃあ…正直こんな日が来るとは思わなかったねぇ…」

合成屋は多分『虫』を見詰めている。

「『無虫(むむし)』を、手に入れることが出来るなんて…」

そうして、合成屋はあまりに嬉しいらしく、ちょっと笑った。

表情はわからない。


合成屋は、店の奥から、以前もらった桜をどこからか取り出してきた。

『修羅の桜』と呼ばれたそれだ。

賢者の井戸の近くに『無虫』と並べる。

合成屋は、多分、満足そうに、それらを眺めた。


「さぁて、こよみこよみ。次のいい日はいつかなぁ?折角だから、いい日に合成してあげたいよねぇ…」

そう言うと、合成屋は足取り軽く店の奥に消えていった。

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