第56話 仮面

人は皆、どこかで仮面を使っているようなもの。

仮面をかぶり、仮面の笑顔で接する。

その下ではどんな表情をしているかわからない。


コンコン、探偵事務所のドアをノックする音。

「どうぞ」

探偵の助手が入室を促す。

ドアを開けて、生体系の男が入ってきた。

どこか冴えない感じがするな、と、探偵は思った。

「依頼ですか?」

探偵がたずねる。

助手がお茶を出す。

良質の茶の香りが事務所に広がった。


男は写真を出した。

「彼女を探してくれませんか?」

出された写真は笑顔の女性。

美人の定義は時代により異なるが、

この笑顔はどの時代でも、悪い方には取られまい。

どの時代でも、そこそこの美人として通じるだろう。

そんな笑顔だった。

だからこそ探偵は見抜いた。

「仮面…」

ぽつりと探偵は呟く。

「え?」

依頼人は驚く。

「いえ、こっちのことです」

探偵は言葉を曖昧にした。


依頼人の連絡先だけを聞き、

探偵は事務所に助手を残し、

斜陽街へと出ていった。

探偵の勘は一番街を告げている。

探偵は取り合えず一番街のバーに行ってみることにした。


一番街のバー。

ここには大抵夜羽とマスターがいる。

バーに入ってみると、確かに夜羽とマスターと…お客が数人いた。

その中に、ある生体系の女性を見つけた。

女性の客は席を立ち、バーを出て行こうとしている。

貧相な顔の女性だ。

何故か鞄だけ大切そうに持っている。

探偵の勘はこの女性を指した。

「ちょっと」

探偵は女性を引き止める。

「な、何か…」

女性は何故か怯えている。

「あなたを探している男の人がいます」

女性がビクッと震える。

「来てもらえますか?」

女性はうつむいたまま、首を横に振った。

「…あの人は…これがあればいいの…」

女性は鞄の中から何か取りだし、探偵に押し付けると、バーを出ていった。


「…仮面?」

夜羽が興味津々に覗き込む。

「…そのようだな」

どういう訳か、探偵の勘はこの仮面を指している。

今一つ釈然としないが、

探偵は依頼人と連絡を取り、事務所に戻った。


「『あの人はこれがあればいい』、そう言い残して女性は去っていきました」

事務所で探偵は淡々と話す。

依頼人は仮面を手にとり、

「ああ、まさしく彼女だ…」

そう、言った。

「ああ、これが彼女だったんだな…そうか、あの笑顔は仮面の彼女だったのか…やっと逢えた…」

依頼人は大事そうに仮面を抱きしめると、料金を払って事務所をあとにした。


「これで良かったんですかね…」

助手は依頼人の出ていったドアを眺めながらそう言う。

「必要とするものは人それぞれさ」

そして、探偵は助手にお茶を入れるよう頼んだ。

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