第53話 鍵
いつもの扉屋。
番外地の奥への近道として酒屋の主がよく通っていく。
その酒屋が何となく居座っている、
扉屋の主は相変わらず扉を作っている。
いつもの扉屋である。
扉屋は黙って扉を作っている。
今日は気が向いたのか、繊細な彫刻を施した扉を作っているようだ。
作業に没頭し、顔に彫られた皺もいつもより深く見える。
「なぁ…」
酒屋が何となく声をかける。
扉屋は黙っている。
酒屋はそんな事慣れっこなのか、続ける。
「この扉に鍵とかはかけんの?」
作業の音が止まった。
「鍵?」
扉屋が聞き返す。
「せや、鍵」
扉は少し考え込み、
「考えた事もなかった」
と、それだけ言うと作業に戻っていった。
「なんやそれー、危ないとこ繋がってたら、やっぱ危険やんかー」
酒屋が抗議する。
「…危険であるなしは人により違う。そのために鍵をつけたらきりがない」
「せやけどなぁ…」
酒屋が食い下がるが、
「もとよりワシは扉を作る者。鍵は作らぬ」
きっぱり言われ、酒屋もしぶしぶ黙った。
カツカツと彫刻の音だけが響く。
酒屋は用事もないのか、その音を聞きながらぼんやり扉の群れを見ている。
「…強いて鍵と言うならば…」
不意に扉屋が言葉を発する。
酒屋が顔だけ扉屋に向ける。
「強いて言うなら、この扉達を開いてくれるであろう、その手と思う」
「手…かぁ」
うむ、と、扉屋は作業中の扉と向き合ったまま肯定する。
「扉は開かれ、別の空間を繋ぐものだ。開くその手は扉の鍵なのかもしれん…」
うむ、と、扉屋はまた一人で納得すると、細かい彫刻をはじめた。
不意に風が吹いた。
扉が一つ開いていた、
木屑がさらさらと飛ぶ。
「閉めてはくれないか?」
「…あ?…ああ、これか」
酒屋は気がつき、開いていた鷲の模様の扉を閉める。
風はぴたりと止んだ。
「…出てった方か?、来た方か?」
「出ていったな…また戻ることもあろう…」
「そっか…」
酒屋は扉をながめる。
「やっぱ、戻る奴のためにも鍵かけちゃあかんのやな」
「戻りたくば、その手で扉を開こう。特別な鍵など要らぬ」
扉屋は作業しながら話す。
酒屋は「ふむ」と、一人で納得した。
「どっこいしょ…」
酒屋が立ち上がる。
「じゃ、そろそろ行ってみるわ」
扉屋は顔も上げない。
やっぱりそういう事に慣れているのか、
酒屋は「ほいじゃ」と、一声だけかけると、玉虫色の扉を開いた。
斜陽街番外地の風が入ってくる。
玉虫色の扉は扉屋の裏口だ。
酒屋は扉をくぐり、扉を閉めた。
あとには、難しい顔をした扉屋の主が、
一人で作業をする風景だけが残った。
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