第45話 ジャ・ムーの思惑


 飛び島を離れ、おれ達は再び東の大陸を目指し航海を続けた。船の上では、アピが終始ご機嫌だった。彼女の片方の耳には輝くピアスがひとつ、キラリと輝いている。


 アピはクプクプから貰った『妖精の涙』を次の日の朝一番には鍛冶工房へと持ち込んだ。あーでもない、こーでもないと、その金色に輝く美しい宝石にどのような装飾を施すか、一日中唸りながら悩んでいた。それに呆れたリリアイラが一言雑に言い放つ。


「そいつの羽の形でも模して造ればいいんじゃねぇか?」


 そのぞんざいな物言いに最初はむっとした表情をしたアピだったが、結局それが決め手となり完成したのが、クプクプの蝶のような羽をかたどり、真ん中に妖精の涙をあしらった小さなピアスだった。



 アピのストロベリーブロンドの髪から時折覗くその綺麗なピアスは、揺れる度に火の粉のような光の粒を数滴こぼれ落とす。ふわりと落ちながら風に溶けて消えていくその光は、なんとも言えず幻想的だった。


「ほんとに綺麗ですね」


 アピが甲板で頬杖をつきながら海を眺めていると、風に棚引くその髪に小さな光が混ざり合ってキラキラと輝いている。それを見たラウタンが思わずそう呟いた。


「ふふふ。もっと褒めてよくってよラウタン」


 すっと髪を掻き上げながらアピが微笑む。彼女はこのピアスを付けてからというもの、この仕草をやたらとするようになった。


「けっ! おまえには真っ赤な火柱の方がお似合いだ」


「あらあらリリアイラ。わたくしの美に嫉妬でもしているのかしら? おーほっほほ」


 リリアイラの嫌味を余裕の笑みで返すアピ。そんな彼女の肩の上ではクプクプが楽しそうにころころと笑っていた。



 そう、クプクプはおれ達の仲間となった。当初は妖精の森に帰ると言っていたが、体を休めるために三日ほど一緒に過ごすうちに、すっかりおれ達が気に入ったようだ。おれ達というよりアピと仲良くなったという方が正しいが。


「クプちゃん。ほんとに私達について来るの? 邪神と戦うのはすごーく危ないんだよ?」


「平気よ! アピ達には沢山のお礼をしたいもの。魔物だって邪神だって怖くないわ!」


「ありがとうクプちゃん! あなたの事はきっと護るからね!」


 歓喜の声を上げ、アピはクプクプに頬ずりををした。元々治癒術師を探していたおれ達にとってみても、クプクプが仲間になってくれるのは渡りに船だ。まさか人ではなく妖精がパーティーに加わってくれるとは思ってもみなかったが、クプクプの治癒の力は大きな戦力となる。


 おれはそこまで考えた時、首を横に振った。この愛らしい妖精をそんな目で見るのはやめよう。これまでよこしまな人間に利用され、クプクプは身も心も弱っていた。純粋な善意を利用する輩はこの世に五万といる。今回、おれ達がチュランと接触していなければこの妖精は果たしてどうなっていただろう。


 悲しみの中で人知れずその命を落としていたかもしれない。純粋無垢な心故こころゆえ、人の裏切りに気付く事はなかっただろう。



 無邪気に笑い合うアピとクプクプを見ていると自然におれの顔も綻んだ。今はおれ達がこの妖精の安らげる場所になれればいい。そう願うばかりだ。


 だがそのあまりの仲睦まじさに、きっとラダカンはしゅんと肩を落としているだろう、と一瞬気を揉んだが、今や他人ごとではないと気付きはっとする。



 甲板の上ではラウタンが水魔法で作ったベットにパンバルが気持ちよさそうに仰向けで寝ている。その傍らでは字の勉強のために魔法書を読むラウタンがパンバルの腹を優しく撫でていた。


「相棒がいないのはおれだけになったか……」


 それこそ、かつては最愛の相棒がおれの横にいたのだが……セナンの事をふと思い出し深い溜息を吐いた。


 おれの思考を読んだのか、リリアイラがこっちを見て、自分を指差しながらニヤニヤと笑っている。おれは一瞥をくれると海を眺めながら再び深い溜息を吐いた。


「なっ! こんな素晴らしい相棒がいるじゃねえか!?」


 陽の光を受けて輝く海の波間がやけに眩しい。


「……はぁ」


 三度目の溜息が出た頃合いで、遥か先の水平線にようやく東の大陸が見えてきた。





「はぁ……」


 ドゥーカの溜息に合わせるかのごとく、遠く離れた西の大陸でジャ・ムーが頭を抱えながら溜息を吐いていた。しばし黙り込んだ後、彼女は机に置かれた声を記録する魔道具に再び魔力を流し込んだ。そこから流れてくるのは我が国の王、マイジャナ王の声。


「で、その後セナンの様子はどうじゃ?」


「変わらずでございます。会話は一切拒否。食事にも全く手をつけません。どうにか魔法で生き長らえさせてはおりますが……いつまで持つか」


「ふむ……やはりあの魔神の呪術とやらはもう切れておるか」


「あのドゥルバザとかいう魔神は南の大陸で討たれたとか」


「やはりか。多少なりともまだ操れるようなら儂の妾にでもと思ったが、もう用済みじゃな。後始末は任せる」


「陛下の仰せのままに」



 宰相と国王の会話はここで終わっていた。この短い内容では、事の真相はジャ・ムーにはわからない。ただもうセナンには時間がないという事だけははっきりとしている。


「やるしかないよ。ジャ・ムー・カレンドラ」


 彼女は自分で我が名を呼び、自らを奮い立たせた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る