第27話 神弓ガンディバ


 二日間の休息日の後、新たにラウタンを加えたパーティ「邪を滅する者マジャラ・クジャハ」はダンジョンに潜っていた。


 ラウタンはダンジョンというものが初めてらしく、入った瞬間から目を輝かせながら歩いていた。ちなみにダンジョン内ではその機動力が生かせないため、パンバルは連れて来ていない。


「ちょっと! もたもたしてると置いていくわよ!」


 アピの声がダンジョンに響き渡る。ラウタンは一瞬びくっと肩を震わせ、急いで後をついて来た。


 先日の魔物の大襲撃があった所為なのか、ダンジョン内はとても静かだ。邪神クリシャンダラもかなりの魔物をあの戦いに投入したのだろう。三十階層まで来たがここまで魔物は一頭も出現しなかった。


「全然魔物出ないねードゥーカ兄。いっそこのまま地の底まで行っちゃう?」


 アピが言う「地の底」とは百階層あるダンジョンの最下層の事だ。邪神はそこを拠点としており、この南の大陸ダンジョンの最高到達地点は八十七階層となっている。その記録もセナンがいた頃のおれ達「マジャラ・クジャハ」が打ち立てたものではあるのだが。


「今日はラウタンの実力を見るために来てるからなぁ。いきなり邪神討伐ってのは無茶じゃないか?」


 おれの返答にアピが口を尖らせる。だがなにか思いついたのか一瞬でパッと顔が明るくなった。


「そうだドゥーカ兄! あの弓試し打ちしてもいい?」


「神弓ガンディバか? ちょっと待っててくれ」


 おれは魔法空間に収納していたガンディバを取り出した。魔神が持っていた時は巨大な弓だったが、今はおれが扱えるくらいの大きさに縮んでいる。銀色に輝くその弓をアピに渡した。


「うわっ! 重っ!」


 片手で受け取ろうとしたアピだったが落としそうになり、思わず両手でその弓を抱えた。おれでも少しずしりと重たい感じだったから筋力ないアピが片手で持つのはきついだろう。


「魔力を流してみろ。そしたらおまえの望み通りの弓に変わる」


 珍しくリリアイラが茶化すことなくアピにそう伝えた。少し戸惑いを見せたアピだったが言われた通りに魔力を弓へと流し込んだ。


 すると神弓ガンディバは赤くまばゆい光を放ち始めた。みるみる大きさが変化し、アピも片手で持てるようになった。


「わぁー軽くなったよ! しかもなんかお洒落な感じになったんだけど」


 アピが高々と掲げた弓を見てみると、確かにそれまではなかった薔薇のような装飾が施されてあった。アピは嬉しそうにはしゃぎながら弓を構える。おれはその時ふと過った疑問を口にした。


「そういえばアピは弓を引いた事はあるのか?」


「んーないよ。一回も」


 アピは自信満々にそう答えた。それを聞いておれの横で腕組みしていたリリアイラが思わず叫んだ。


「なっ! おまえ弓使ったことねぇのか!?」


「だって弓なんか使わなくったって魔法があるし。この弓だって魔法に近いんでしょ?」


「あのなぁ……確かに原理は魔法と似てるが、使い方はほぼ弓と同じだ。まぁいい、とにかく一回引いてみろ。的はあそこの岩だ」


 リリアイラの姿は見る事が出来ないアピに、おれが指差してその場所を教える。アピはその岩に体を向け目を閉じ、一度大きく深呼吸をした。そして弓を構え――


「……これどうやって矢を出すの?」


 隣でリリアイラが溜息を吐いて肩を下げた。


「頭で矢を想像しながら、攻撃魔法を打つ感じで魔力を流してみろ。一本でも十本でも思い描けばその通りの形になる」


 理解できたのか怪しいが、アピは少し首を捻りながら再び弓を構えた。魔法を詠唱しているのかぶつぶつと呟いているとすうっと赤い弦が現れた。たどたどしい動きながらその弦をアピが引くと、今度は矢の形をした炎がその弦につがえられた。


 弦の抵抗などはないはずだがアピの腕は僅かに震えていた。そして狙いが定まったのか、引き絞った手をアピが放すと炎の矢が勢いよく飛んだ。


 けたたましい爆音がダンジョンに響き渡り、ガラガラと岩が崩れる音がした。流石は爆炎魔術師。軽く放っただけでこれほどの破壊力だ。には大きな穴がぽっかりと開いていた。


「あれ? ちゃんと狙ったのにおっかしいなー」


 納得がいかなかったのか、アピは続けざまに矢を放つ。その度に壁や天井が次々に崩れ落ちていった。このままだとこの階層が崩壊してしまうと思ったおれは慌ててアピに声を掛けた。


「待て待て! 一旦止めてくれ!」


 爆音の所為か、それとも夢中になっているからか、アピは一向に止める気配がない。仕方なくおれは背後に回り込むとアピの右手をがちっと掴む。するときょとんとした顔でアピはおれを見た。


「そこまでだ。おれ達を瓦礫に埋もれさせるつもりか?」


 ようやく周りが見えたのか、アピはぺろっと舌を出し、てへへと笑った。


「けっ! これじゃ敵も味方もあったもんじゃねぇな。おまえにガンディバは使わせらんねぇ」


 リリアイラが吐き捨てるように言うと、アピがむすっとした表情をした。


「えー訓練すれば大丈夫よ。もうちょっといいでしょう? ドゥーカ兄」


「いや、おれもリリアイラと同意見だ。これじゃ背中を預けられない」


 いつになく真剣なおれの物言いに、流石のアピも諦めたようだった。渋々といった様子で弓をおれへと渡した。するとリリアイラが今度はラウタンに話を向けた。


「ラウタン。おまえは弓は使った事あるのか?」


「はい。昔はよく弓で狩りをしてたから。今でも鳥や魚を捕る時は弓を使いますよ」


「よし。じゃあ今度はおまえがガンディバを使ってみろ」


 おれからガンディバを受け取ったラウタンが先程のアピのように魔力を流し始めた。ラウタンの属性が水魔法だからであろう。今度は青く輝きながらガンディバがその姿を変える。


「思いの外ごついな……」


 ラウタンが手にした弓を見て、おれは思わず唸った。


 弓の中心には大きく口を開いた竜の頭が装飾され、弓柄ゆづかと呼ばれる握りの部分には立派な鉤爪の竜の手が施されてある。うーんやはりラウタンも男の子なんだなと、おれは変に納得してしまった。


「じゃあ的はさっきと同じ岩だ。やってみろ」


 ラウタンはリリアイラの言葉に頷くと弓を構えた。アピとは違い、その姿は堂にいっており無駄な力が入っていない。魔法の詠唱もする事なく青い弦が現れ、水が渦巻きながら矢の形へと変わった。


 ラウタンが片目をつむり弦をすっと引き絞る。そして弦から手を放そうとした瞬間、突如天井に現れた丸い影の中からナガラジャがうようよと飛び出してきた。


「これはクリシャンダラの魔法か! アピ! ラウタン! 戦闘態勢を取れ!」


 おれがそう叫んだ直後、リリアイラが続けざまに言った。


「待て! ラウタン一人にやらせてみよう。できるか?」


 ラウタンは大きく首を縦に振ると再び弓を構え直した。さっきは一本だったはずの矢が、今度は十本近くに増えている。おれとアピはラウタンの後方へと下がった。


 四方から迫り来るナガラジャ。だが焦る事無くラウタンは静かに弓を引いた。ガンディバから放たれた水の矢は、まるで吸い込まれるかのように的確に敵の急所を射抜いていく。その矢は尽きる事なく次々に飛んでいき、あっという間にナガラジャの群れを一掃した。



 静まり返ったダンジョンに「ふぅーっ」というラウタンの息遣いだけが聞こえた。







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