第18話 ラウタンの決断


 僕がゆっくりと目を開けると見知らぬ顔が目の前にあった。


「……ここは? あなたは……誰ですか?」


 その問い掛けにその人は優しく微笑み僕の体を起こしてくれた。


「おれはドゥーカ。君と同じく守護精霊を宿している者だ。どこか体で痛む所はないか?」


 僕は首を横に小さく振った。なにか思い出そうとするけどもやが掛かったみたいに頭がぼーっとしていた。その時ジャイランが僕の背中からすーっと抜け出た感じがした。


「大丈夫ですか? ラウタン」


「ジャイラン僕は……何があったの?」


「あなたは魔神との戦いで魔力が尽きてしまったのです。パンバルが助けてくれました……」


 その言葉を聞いて激しい戦闘の記憶が一瞬で蘇った。思わずパッと起き上がる。


「そうだっ! パンバルは!?」


「パンバルはまだあちらに寝てます。傷もすっかり癒えたようです」


 パンバルは体を丸めてスヤスヤと眠っていた。千切れた前足もきれいに生えてきているようだ。パンバルの体にはドロリとした粘膜のようなものが纏わり付いている。よく見ると僕の体も同じようにドロドロしていた。まるでトケッタの卵のようだと僕はふと思った。


「あそこにいる巨大なトケッタが私達を治してくれました。もしかしたらパンバルの母親かもしれません」


 ジャイランが指差す方へ目を向けると大きなトケッタが地面に伏せたままこちらを見ていた。トケッタのメスは非常に大きくかなり珍しい。もしかしたらこの辺りのトケッタは全て彼女が産んだものかもしれない。


 大きな欠伸をするとそのトケッタは体を丸め眠りについた。その時突然、目の前にいるドゥーカと名乗った人とは違う声が聞こえた。


「いろいろ聞きたいことはあるが、とりあえず対の線を結ぶぞジャイラン」


「ええ、リリアイラ」


 ジャイランがそう言いながら何もない空間に向かって手を差し出していた。僕は不思議に思いながらそれを見た。


「そこに誰かいるの? なんか声がしたけど」


「なっ! まさかおまえもおれの声が聞こえるのか!?」


 またさっきの声が聞こえたと思ったらジャイランが驚いた顔でこちらを見ていた。目の前のドゥーカさんもまた口をあんぐり開けていた。


「声なら聞こえるよ。姿は見えないけど」


 僕の言葉に困惑気味のジャイランが答えた。


「その声の主はそちらのドゥーカさんの守護精霊のリリイアラです。普通は声も聞こえないはずなんですが――」


 そして他の人の守護精霊は姿も見えず声も聞こえない、という事をジャイランが説明をしてくれた。僕は声のする方へ向かってお辞儀をした。


「初めましてリリアイラさん」


 すると一拍置いてから返事が返ってきた。


「ほぉ、アピよりはましなガキみてえだな」


 僕は少し驚きドゥーカさんを見てこそこそと話した。


「あなたの精霊は口が悪いんですね……」


「すまないな、ラウタン……」


 申し訳なさそうな顔で彼は呟いた。



 そしてこれまでの出来事をジャイランが話した。他の精霊の声は聞こえないというのは本当らしく、リリアイラさんは途中何回かドゥーカさんに説明していた。



「それで、その水虎ってのはどうしてそのガキの中にいるんだ?」


 リリアイラさんのその問いに今度は僕が答えた。


「ある日パンバルが青く透き通った宝石のような石を咥えてきたんです。僕が手にするとその石は僕の体に吸い込まれるように消えました。それから、強い魔物と戦っていると時々唸り声が聞こえてくるようになったんです」


 僕がそこまで言うと今度はジャイランが話を始めた。


「そこからは私が説明しましょう。ある日少々やっかいな魔物と戦っている時、今日のように窮地に陥った事がありました。その時ある声が聞こえてきました。

――もっと怒れ少年よ、と。それが切っ掛けになったかのようにラウタンは私でも制御できないくらい暴走してしまいました。しかし今回のように外に出てきたのは初めてです」


「魔神アジュナすら圧倒したとババアから聞いたが?」


 リリアイラさんがそう尋ねるとジャイランが頷いて答えた。


「恐ろしいまでの強さでした。でも今のラウタンにとってあれはとても危険です。私も介入することが出来ませんでした」


「一度ババアに見てもらった方がいいかもしれねえな……とにかくここから移動するぞ。さっき話した通り、今から魔神アジュナを叩く。ラウタン、今日からおまえはドゥーカ達のパーティに入ってもらうぞ」


「パーティ?」


 僕が聞き返すと今度はドゥーカさんが答えてくれた。


「四大陸ダンジョンの特別討伐許可を受けている邪を滅する者マジャラ・クジャハというパーティだ。君の力を是非貸してくれ」


 彼はしゃがみながら大きな手で僕の肩を掴んだ。でも僕は少し戸惑った。

これから向かう先は王国の砦。そこではもちろん王国軍と一緒に戦う事になる。僕らランジールの民を辺境に追いやった奴らに、果たして力を貸していいのだろうか。


 僕が返事をせず迷っているとジャイランが僕の傍に来てそっと頭を撫でた。


「大老様の言葉を思い出してください。ラウタン。どちらが善かどちらが悪か」



 僕は大老様の最後の姿を思い出した。あの時大老様は民の掟を破ってまで、命懸けで僕を守ろうとしてくれていた。自分の心に訊け――大老様は僕にそう言っていた。


 僕はドゥーカさんを真っすぐ見つめ大きく頷いた。するとドゥーカさんは微笑みながら右手を差し出した。


「よろしくラウタン。今日から共に戦おう」


 僕はその手を力強く握り返した。ジャイランも隣でにっこりと微笑み、僕の肩にそっと手を置いた。


 するとドゥーカさんの背後から声が聞こえてきた。


「今そのガキには大転移は危険だ。俺達は先に飛ぶからおまえらは自力で砦まで来い。場所はジャイランに対の線で伝える」



 そう言い残すと、ドゥーカさんは青い光に包まれあっという間にその場から消えた。僕は目を丸くしてジャイランを見た。すると彼女は笑いながら僕にこう言った。


「あれが空間魔法です。相変わらず便利で羨ましい。さあ、私達も急ぎましょう」


 いろいろ聞きたかったけど、とりあえず僕はジャイランに急かされパンバルの元へと駆け寄った。



「パンバル、大丈夫かい?」


 僕が声を掛けるとパンバルはまだ眠たそうに目をゆっくりと開いた。


「もうあんな無茶はしないでくれパンバル。今度はきっと僕が君を守るから」


「きゅ~う」


 パンバルは嬉しそうに鳴くと僕の腕に尻尾を絡ませてきた。僕も嬉しくなり思わず頭を撫でた。



 いつの間にかあの大きなトケッタも目を覚まし僕らを見ていた。


 その表情はなんとなく笑っているように僕には見えた。




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