第14話 水の女神の誕生
おれは女王を護衛しながらダンジョン出口を目指した。魔神でさえなければ五十階層より上の敵はおれにとっては然程問題ではない。
時には魔物を避け一緒に転移したり。時には背中に彼女を背負いながら戦ったり。
どことなく女王は楽しんでるように見えたのだが……
「そういえば、ドゥーカはなんで赤の蛇を切ろうと思ったんだ? アピが女王は青色が好きだと言ってると伝えたはずだが」
寝息を立てる女王をおんぶしながら歩いているとリリアイラが訊いてきた。
「彼女がアピを見る時の顔が突然頭に浮かんだんだ。まるで妹を見るような優しい顔だった。きっと彼女が選ぶ色は赤だなと思ってね」
「赤の姫ねぇ。可愛げのねぇ妹だがな」
噂をすればなのか、そんな話をしていると遠くから声が聞こえてきた。
「姫様ーーーー!!」
声が聞こえたと同時にアピはぶつかりそうな勢いで飛んできた。ジェリミス女王はパッと目を覚ますとおれの背中から飛び降りた。
「アピっ!!」
二人はぎゅっと抱き合うと大声でわんわん泣き始めた。
「びめさまぁぁぁ。わだし怖かったぁぁぁ。姫様までいなぐなるんじゃないがってぇぇ」
「アピぃぃ。ごめんねぇごめんねぇ」
そんな二人を見ておれは笑ってセナンに顔を向けた。すると彼女も困ったような顔で微笑んでいた。それから暫くの間、二人が大泣きする声を聞いて集まってきた魔物達をおれとセナンでひたすら倒していた。
王城へと無事に戻ったジェリミス女王はそれまでとは人が変わったように、王国内部に
母を殺された事への彼女の怒りは凄まじく、前女王の殺害及び今回のジェリミス女王の襲撃事件の首謀者として、王国軍の最高司令官を問答無用で処刑。その他の協力者達も徹底的に炙り出し処罰していった。
未熟な女王という評価は一変、政治の腐敗を暴き出し王国内部の浄化を見事に行った彼女に王国民は湧き立った。
青の姫と愛されていた王女は、今や水の女神とまで称えらるようになった。
そして王国内のごたごたがようやく落ち着いた頃、おれとセナンとアピは王城へと呼ばれた。女王の間の中央に置かれた青い水晶の玉座に、ジェリミス女王は堂々とした風格で座っていた。おれ達が礼を執ると彼女はにっこりと微笑んだ。
「此度の件、三人には改めて礼を言います。アピ、ドゥーカ、そしてセナン殿。私を……そして我が国を窮地から救ってくれてありがとう。最上級の感謝をあなた方へ」
そう言って彼女はゆっくりと頭を下げた。おれ達も再度頭を下げ、そして応えた。
「感謝のお言葉ありがたく頂戴致します。でもこれだけは言わせて欲しい女王陛下。確かに我々は魔神からあなたを救った。だが本当にこの国を救ったのは紛れもなくあなた自身だ。その事をどうか誇りに思って欲しい。御母上もきっと喜んでおられるでしょう」
おれがそう言葉を掛けると、女王は頷き微笑みながら
「さて、それではアピのパーティ加入の件の話をしましょう」
軽く涙を拭う仕草を見せながら女王が話しを始めた。
「結論から申します。アピ・フジャンデラスのマジャラ・クジャハへの加入を正式に認めます。但し、こちらからの条件は二つ。まず一つは、アピを火魔術師の最高位である爆炎魔術師まで鍛え上げる事。そして二つ目は、今後十年以内に南のダンジョンの邪神クリシャンダラを討伐する事。我が国が求める条件は以上です」
アピの条件に関してはそれ程問題はない。邪神を倒すとなるといずれパーティ全員の強さを最大まで引き上げなければならない。ただ十年以内に邪神討伐というのはやや早急な気がした。
リリアイラには邪神を倒す力を得るには、少なくとも十年以上は掛かると言われている。おれが僅かに言い淀んでいると女王が再び口を開いた。
「お困りのようでしたらもう一つ、別な条件もあります」
何やら不敵な笑みを浮かべ女王が言った。
「実は先日、ようやく私も陽光魔法を使えるようになったのよ、ドゥーカ」
少し頬を紅く染め、女王はおれの目をじっと見ながらそう言った。おれは恐る恐る彼女に訊いた。
「えっと……それはその……誰か想い人がいらっしゃるのでしょうか?」
「ええ。ようやく私も愛しい人ができたようね」
にこにこと笑いながら女王は言葉を続けた。
「もう一つ別の条件というのは、ドゥーカが私と結婚する事よ」
その言葉を聞いてアピとリリアイラがほぼ同時にぶっと吹き出した。一方セナンは顔がみるみるうちに険しくなっていく。
おれが少し狼狽えていると、セナンがおれを睨みながら何か言えとばかりに顎をくいくいっと動かした。それを見ていた女王がコロコロと笑いながら言った。
「女王の夫たるもの側室の一人ぐらいは許可してあげるわよ、ドゥーカ」
彼女はまるで挑発するかのようにセナンを見ていた。セナンも負けじと女王へ言い返す。
「お言葉ですが女王陛下。陛下の伴侶たるもの、それ相応の地位の方がふさわしいかと」
「あらセナン殿! 我が一族は代々、恋愛結婚ばかりです。そうでなくては魔法が発動しないもの。ドゥーカと結ばれても全く問題ありませんよ。オホホホ」
ぐぬぬと、セナンの心の声は駄々漏れだった。ここでようやくアピが助け船を出した。
「姫様、ドゥーカ兄の答えはひとまず保留でどうかな? とりあえず最初の二つの条件で私はマジャラ・クジャハに入る。きっと強くなってここに戻ってくるから」
アピの言葉でようやく場が落ち着きを取り戻した。おれがホッと胸を撫で下ろすとセナンに足をぎゅーっと踏まれた。それを見てリリアイラは笑い転げていた。
あれから三年、おれは再び女王の間で狼狽える事となった。しっかりと抱きつく女王をおれはやんわり引き剥がす。一緒に来たラハール領主は驚いて目を見開いている。
「ジェリミス女王! おれはその条件を飲んだ覚えはないぞ」
彼女はムッとした表情を浮かべると僅かに乱れた髪を直した。
「セナンとの事は聞いておる。やっと邪魔者が……コホン。いい加減腹を決めたらどうかしらドゥーカ? 男らしくない」
おれがあぐあぐと口を動かしているとアピが笑いながら一歩前に進み出た。
「お久し振りです姫様」
「まぁアピ! 綺麗になったわねぇ! 会えて嬉しいわ!」
女王は今度はアピに抱きついた。水の女神の威厳はどこへやら。何度もアピに頬ずりをしていた。女王がようやく満足したところでおれは早速今日の本題を伝えた。
精霊の護りを宿す者が辺境の地、バンジールの民の中にいる事。そしてその者を新たにパーティに加えるつもりである事。おれがそこまで話すと女王は表情を曇らせ言った。
「大体の話はわかったわ。でもその者を探す事自体、難しいかもしれない」
おれが理由を訊こうとする前に彼女が話を続ける。
「つい先程、バンジールに忍ばせておいた密偵が命からがら城へ戻ってきたの。その密偵の報告では、昨夜辺境の地が魔神に襲われた。そしてバンジールの民はその支配下に置かれた……」
おれは思わずリリアイラを見た。少し目線を落とし何かを考えているようだった。そして一言おれに告げた。
「その魔神はどんなやつだ?」
その言葉をおれは女王へと告げる。その問いに彼女は間を置かずに答えた。
「弓を扱う魔神だったようよ。とんでもない強さだとか」
リリアイラがそれを聞き眉間に皺を寄せる。そして首を左右に振りながらふぅーっと大きく息を吐きこう言った。
「そいつは魔神アジュナだ。クリシャンダラの右腕で邪神に匹敵するくらい強い」
それを聞いておれとアピは暫く言葉を失ってしまった。
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第14話を読んで頂きありがとうございます。
ちょっとジョニーに引っ張られてしまったような……真面目な冒険物なのに。
作者の別作品「壁際のジョニー」を久々更新しております。ファンタジーではありませんが是非そちらもよろしくお願いします。
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