第8話 ウジュンバラ


 西の大陸の果てウジュンバラ。


 転移魔法で一瞬にしてこの土地に着いた二人だったが、南の大陸に行く交易魔法船はすでに出向した後だった。次の出港日は三日後。


「えー三日も待つのー。転移魔法で船まで飛んじゃえば、ドゥーカにぃ?」


 ドゥーカにおんぶされたアピが不貞腐れたように言った。睨むような視線を送りながらリリアイラが横から口を出す。


「おまえの準備が遅いからだろが。もう船は見えねえんだから転移出来る訳ねえよ」


「じゃあ私がドゥーカ兄を抱えて飛んで行こうか?」


「やめとくれ。海に落ちるのが関の山じゃわい」


 頭を掻きながら困ったようにラダカンが言った。そんなぼやきもドゥーカには聞こえない。


「そういえばアピと一緒に飛んでみたかったんだ。おれを抱えて飛べる?」


「「やめとけ!」」


 精霊二人が声を揃えて叫んだ。驚くドゥーカを余所にアピはケラケラと笑っていた。


 結局二人は、次の出港日までこの街に滞在する事にした。アピの提案でこの街一番の高級料理屋で夕飯を食べ、アピの提案でこの街一番豪華な宿屋へと泊まる事となった。



 時刻は真夜中。一人ベットで横になり、ドゥーカは窓から見える月夜を眺めていた。今宵の月は満月。銀色に輝くその姿はどこかセナンを思い出させた。彼女の髪はいつも月夜の光のように輝いていた。暫くしてからリリアイラがぽつりと呟く。


「最後に一度、顔でも見ておくか?」


 ドゥーカは少し笑いながら無言で顔を横に振った。静謐せいひつな時間だけがゆっくりと過ぎていく。月が窓から見えなくなるまで、ドゥーカはずっとそれを見つめていた。 




 昨日あれほど滞在する事を渋っていたアピだったが、人が変わったようにウジュンバラの街を楽しんだ。観光地を巡りにお店を梯子し、街全部を制覇する勢いであちこち回った。途中、転移魔法を使うと言い始めたため、リリアイラがいつものように呆れた顔で文句を言っていた。



「ねぇ、この手袋なんていいんじゃない? ドゥーカ兄」


 とある雑貨屋に入り二人はドゥーカの手袋を選んでいた。真っ黒となってしまった彼の左手。隠しておいた方がなにかと都合が良かった。


「どれどれ? ドラゴンの革で出来てるって書いてあるな。それにするか」


「やめとけ。そりゃただの黒大蛇の革だ。おっ、こっちにいいのがあるじゃねえか」


 リリアイラが指差した先にはシルクで出来た青い光沢のある手袋が置いてあった。それを見て真っ先にアピが文句を言った。


「えーなんか貴婦人がしてそうな手袋じゃない? やっぱ革の方がいいよー」


「バーカ、そりゃ妖精の繭から作った糸で出来てんだよ。なんでこんな店に置いてるんだ?」


「妖精っ!? んぐっ」


 思わず大声を出したアピの口をドゥーカが慌てて押えた。


「それつけてちょっとだけ魔力流してみろ」


 リリアイラにそう言われドゥーカは手袋はめ魔力を流した。すると手袋から淡い光がゆらゆらと輝きだした。


「それは妖精のともしびって言ってな、治癒の力があるんだ。多少の傷なら治るぞ」


 早速アピが火魔法でドゥーカの手にパチッと小さな火傷を負わせた。


「熱っ! アピいきなりはやめろよ……」


「いいからいいから! 光当ててみて!」


 まったくと、ぶつぶつ言いながらドゥーカが傷に光を当てるとみるみるうちに治っていった。アピは目をキラキラ輝かせてそれを見ていた。


「それにしとけ。普通は金で買えるもんじゃねえからな」


 リリアイラの言葉に従い、ドゥーカは一対だけあったその手袋を買った。ドゥーカは左手だけにそれをはめ、もう片方はアピがぶんどってしまった。



 その夜、一日中アピに引っ張り回されたドゥーカはぐっすりと眠りについた。リリアイラは宿屋の屋根の上で寝転がっていた。そこへラダカンが音もなく現れる。


「やれやれ、ようやくアピも寝てくれたわい。それでどうなったんじゃ?」


「ヴァダイは精霊世界に帰ったらしい。しばらくは療養だろうよ」


「セナンはどうなったんじゃ?」


「バンガルドの首をはね、王は殺し損ねた。ジャ・ムーが助けたみてえだが……まぁヴァダイもわざとやったんだろう」


「じゃあセナンは……」


「とりあえずは投獄だな。一応国を救った英雄ってことになってるから殺されはしねぇだろう。ババアもヴァダイに免じて許したみてえだし」


 その言葉にラダカンはほっと胸を撫で下ろした。


「なによりじゃ……あの子もせっかく頑張っていたのにのぉ」


 ラダカンは目を細め長く伸びた白髭を撫でた。呆れた様子でそれを見ていたリリアイラがむくっと起き上がった。


「まったくどいつもこいつも甘いねぇ」


「そういうおまえさんが一番甘いじゃろ。さっき一瞬だけ王都に行ったようじゃが、何してきたんじゃ?」


「けっ! あの馬鹿な王様をちょっと脅してやっただけだ。セナンが死ぬとなんだかんだでドゥーカが悲しむかもしれねえしな」


 照れ隠しのようにムスッとするリリアイラにラダカンは大声で笑った。


「かっかっか!」


「何笑ってやがる! おまえもアピはちゃんと躾とけよ!」


 

 二人を照らす銀色の月は、昨夜よりも一層光を増して輝いていた。




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