第4話 渇愛
ヴァダイはずっと虚空を見つめていた。
「ドゥーカもリリアイラも恐ろしいまでの強さだな……」
リリアイラを通して戦いの様子を見ているのだろう。地の底には到達する事さえ非常に困難だ。現在、国の第一政策として西のダンジョンを攻略中だったが、つい先日ようやく百階層の内の八十階に到達したばかりだった。この国で実力上位の冒険者パーティを集めてもそこまでが精一杯だった。私はヴァダイに訊いた。
「どんな状況なの?」
「A級魔物の大群を易々と倒している。あいつら今まで本気を出してなかったんじゃないのか?」
私は思わず苦笑いした。パーティの混合編成隊の時は、ドゥーカは守り優先で戦っていた。私も何度も危ないところを助けられた。やはり彼にとって私はただの足手まといだったのかもしれない。
薄々気が付いてはいた。幼い頃から共に
その日も私はダンジョン攻略で度々失態を犯していた。ヴァダイの力を全く引き出せずパーティを窮地に陥らせた挙句、ドゥーカに怪我を負わせてしまった。彼は平気だと笑っていたが、私はひどく塞ぎ込んだ。
酒場で一人で飲んでいると二年前からパーティを組んでいたバンガルドに声を掛けられた。盃を酌み交わすうちにいつしか私は悩みを打ち明けていた。彼の言葉は沈んだ心を癒してくれた。
「ドゥーカは強過ぎる。あいつにおれたち凡人の悩みなんかわかるわけないさ」
本当にそうだと思った。ドゥーカに置いて行かれる焦燥感。彼からの愛を失うかもしれない恐怖。一人になるのが怖かった。孤独に押し潰されるのが嫌だった。
そして私はバンガルドに体を許した。刹那的な快楽に身を委ね自分を慰めた。男が求める欲望と自分の価値を天秤に掛け、穢れていく体とは裏腹に私の心は平静を取り戻した。
でも結局私は、ドゥーカの愛を渇望した。私が彼に求めれば、微笑みながら愛をくれる。穢れた私とひとつになる彼もまた、自分と同じように堕ちていると思い込んだ。
追いつけないなら堕とせばいい。余計な事は何も知らなくていい。
ただ私の隣で、私だけを見て、私だけを永遠に愛してくれればいい。
ある時ヴァダイがこう言った。
「ドゥーカを裏切り続けるのは得策ではない。彼のためにも。何よりおまえ自身のためにも」
「これが私の愛し方よ。前よりもっと絆は深まっている」
私はこの
「ついに出たか。これがガヌシャバ……」
ヴァダイの一言で私は現実世界へと引き戻された。邪神の一人、ガヌシャバとドゥーカが遂に対峙した。ヴァダイが一瞬身じろいだ。邪神の強さは無論、他の魔物とは別格だ。それでもこれ程までにヴァダイが狼狽える様は見たことがなかった。
それから私は戦況を逐一教えてもらった。ガヌシャバは精神性の魔法を使い、相手を傀儡化する能力に長けていると。ドゥーカが操られたがそれもリリアイラが解除。影体となったリリアイラがガヌシャバの魔法膜を無力化。
そしてドゥーカが魔法を放ち――
「ガヌシャバの腕を切り落としたぞ! これはいけるかもしれん! むっ待て……」
虚空を見つめるヴァダイの目がより一層細くなった。僅かだが戦闘時のような気配を帯びた。
「どうしたの!? ヴァダイ!」
「暗黒魔法か……まずいな」
私の声が届かない程、ヴァダイは焦っているように見えた。ドゥーカが危機に陥ったと即座にわかった。私は息を呑み、ヴァダイの次の言葉を待つ。
「リリアイラまさかっ!! ブラフマをやるのかっ!?」
そう叫んだ時、ピンと張っていた糸がぷつりと切れたようにヴァダイが二、三歩後ろへよろめいた。
「リリアイラとの
束の間の静寂。
窓の外では朝日がすでに昇り始めていた。ヴァダイがゆっくり口を開く。
「もしかしたらドゥーカは消えてしまったかもしれない」
陽の光を待ちわびていた鳥達が朝の訪れを告げていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
第4話を読んで頂きありがとうございます。
☆、フォロー、♡の方も戴いて大変感謝しております。
作者のキーボードを打つ速さも若干増してる気がします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます