第14話【交差】




「ラヴィさんが摘出して頂いたこちらの毒ですが、流石に解読に時間がかかりました。

ですが雨宮先輩の強い要望というか半分脅しですが……私含め我々研究員の睡眠時間を削り、七日ほど時間を頂ければ解毒剤を作ることができると思います。

私は別に普段から睡眠時間があれば研究したい派なので朝飯前なんですがね。

一応チーム戦ですから、個人戦ではないですからね。

いやー……でもやっぱりすごいですよね~!

これが何百年前に生きていたシキ・ヴァイスハイト博士の知識の集合体……あ、失礼しました」

「はぁー、敵に憧れるとは。

しっかりしてくれよ青柳」


 青柳は厚ぼったい眼鏡を直す仕草をすると、コホンと咳ばらいをした。


「ま、任せてくださいよ!

それと、私は生きていた頃のシキ・ヴァイスハイト博士の書籍を読んで憧れていただけでアルカラの強欲の悪魔に対してではありませんよ!」

「はいはい、じゃあ頼むよ青柳。

そんなにゆっくりとはしてられないからな」

「承知いたしました、雨宮先輩。

では、第弐支部のお二方も失礼します!」


 青柳は郁達に会釈すると、立ち去っていった。

 夕凪は青柳を見ながらボソッと呟いた。


「……あの人が本物のさんか」


 郁は頬を掻くと、ははっと笑った。


「うん。

でもなんか結構癖がありそうな人だったね……あの厚ぼったい眼鏡かけてる人はそんなに出会ったことがない」


 夕凪は同意見だと言わんばかりに何回か頷いた。


「……まあ、今回は隊服を着てるからって騙された私達も不用心すぎたってことだな」


 夕凪は深く溜息をついた。

 そんな夕凪に雨宮はぐしゃぐしゃと頭を撫でた。


「ちょっ、何するのっ雨宮さん……!」

「溜息つくと幸せ逃げてくぞって思って。

そういえばそっちの少年は会うの初めてだな、ラヴィの古くからの友人の雨宮アメミヤです。よろしく」


 雨宮は郁に手を差し伸べ、郁はその手を握り返した。


「はじめまして、狗塚郁です。

よろしくお願いします」

「この人一応第壱支部の所長。

第壱支部の中では唯一まともなほう。

話は通じる人だから」

「唯一まともってなんだよ。

あいかわらず生意気だな~」


 雨宮は夕凪のほっぺをつまんだ。

 夕凪も眉を寄せていたが嫌そうではなさそうだった。

 まるで親戚のお兄ちゃんにからかれている年頃の女の子のような感じだなっと郁は思った。


「郁……何ニヤニヤとしてるのよ」


 夕凪はムッとする。


「いや、ごめん」

「それにしてもまさか夕凪が種族創ったって聞いたときはびっくりしたけど、礼儀正しい少年で安心したわ」

「それユヅルさんにも言われました……そんなに珍しいことなんですか?」


 雨宮はぽかんとした顔をすると、夕凪の方を見る。


「まあ、自分の血液を分け与えて同じようにするわけだから血の絆は強いよな。

郁くんと夕凪は夫婦や家族よりも深い繋がりとしての存在が成立してるってことになる。

でも郁くんの場合は同族になっても半分は人間だから歳は取ることはできるかもしれないな。

こういうことは初めてだから下手に断言が出来ないが。

だから……何というか、俺的には夕凪は同族は造らないだろうと思ってた」


 そう言い、雨宮は夕凪に一瞥すると、また郁の方に視線を戻した。


「少しびっくりしただけなんだ。

だから深い意味はないから気にしないでくれよ」

「……?」


 郁は首を傾げる。


「……その話はもういいだろう。

郁もそろそろ行くぞ。

ラヴィさんに報告しないとだからな」


 夕凪はそう言うと、すたすたと歩いていってしまう。

 郁も雨宮に会釈すると夕凪を追う。


「郁くん」


 耳もとに雨宮の顔が近づく。

 郁は一瞬驚き動きが止まった。


「夕凪の側にいてあげてな。

あいつは強がりだけど本当は一番弱いから」

「えっ、どうゆう……」

「おーい、郁行くぞ!!」


 夕凪は遠くの方で振り向くと、郁を急かすように声を発する。


「じゃあね、郁くん。

今度一緒に仕事できたらいいね」

「はい、その時はよろしくお願いします」


 もう一度郁は雨宮に会釈すると、夕凪のもとに駆け寄っていった。

 ラヴィの部屋に行く途中、配膳を持って困ったように同じ場所うろうろしている女性がいた。


「あれって、食堂の人だよね?」 

「……」


 女性は郁達に気づくと、会釈する。


「それはリリィのですか……?」


 夕凪の問いに女性はこくりと頷く。


「こちらに帰られてから……お食事をまともに取っておられなくて、少しでも食べていただければと思い果物をお持ちしたのですが……」


 女性は眉を下げると、リリィの部屋のドアを見る。


「……ありがとうございます。

私が預かります」


 夕凪は女性から配膳を受け取ると、女性は会釈し、去っていった。

 夕凪はドアをノックする。


「リリィ……少しでも出て来れそうにないか?

せめて何か口にしてほしい、お願い」

「……夕凪ちゃん」


 ドアの向こうからか細いリリィの声がする。


「リリィ……!

あのときはごめん。

私がもう少し警戒していれば……」


 少し間が空いた後、ドアの向こうからリリィの声がする。


「……ううん、夕凪ちゃんは悪くないよ。

夕凪ちゃん傷つけちゃってごめんなさい……。

心配かけてごめんね、でも今は一人にして欲しいんだ……」

「……わかった。

ドアの近くに食堂の人が持ってきてくれた果物置いておくから。

少しでも食べて」

「……食堂のお姉さんにも悪いことしちゃったね。

ごめん、ありがとう」


 夕凪は配膳を扉の脇に置くと、歩き出した。

 郁も少し遅れて歩き出そうとしたが、服の裾をぎゅっと摘ままれる。

 振り向くとドアが少し開き、リリィの姿が見える。

 少しやつれており、目の下は先ほどまで泣いていたのか赤く腫れている。


「郁くんもごめんね……落ち着いたら今度は一緒に頑張るからね」

「……無理しなくていいから。

俺も夕凪ちゃんもゆっくり待ってるから」

「……うん、ありがとう郁くん」


 リリィは控えめにほほ笑むと、配膳を持ちドアを閉めた。

 ラヴィの部屋のドアを開けると、ラヴィと夕凪の姿があった。


「さてと、夕凪とワンコくんお疲れ様。

何か収穫あったかな?」 


 夕凪は座っているラヴィの前に立つ。


「あの施設でアルカラの少女に会いました。

自分の事を二重人格解離型性同一性障害だと。

……演技しているようには見えなかったので大丈夫だと判断しています。

その少女からアルカラに近付く手がかりになるんではないかと思う有力な情報を入手しました。

罠の可能性もあるので実際に調べてみないと分からないですけど。

ですので、許可を下さい」

「……アルカラに近付けるなら我々にとって有意義なことだろうってきっと上層部の人達も言うだろうし、いいよ行ってきても。

でも無茶しないでね?

まだ腕完全に治ってないでしょう?

平気な顔してても僕には分かっちゃうよ」

「……はい、治します」


 夕凪は苦い顔をすると、目線をラヴィから外した。

 ラヴィはパッと郁の方を向く。


「あ、そうだワンコくん佐藤奈々ちゃんもう大丈夫だよ。

さっき目覚めて少しずつだけどご飯食べてたよ」

「……本当ですか!

ありがとうございますラヴィさん。

あ、俺会ってきていいですか?」

「うん、いいよ。

ただ、驚かないようにね」

「……?」

「彼女、記憶失ってるから」






 病室ドアを開けると、奈々はすやすやと寝息をたてていた。

 郁はチラッと奈々の寝顔を見ると病室を後にした。

 入口の側にはユヅルが壁にもたれかかっていた。


「ユヅルさん……」

「お疲れ様。

あの子のことだけど引き取ってくれる人が見つかったらしいよ。

ノアの箱舟の関係者だから安全な家族だよ。

よかったね」

「……奈々ちゃんは覚えてないんですか?

親御さんのことも恭哉くんのことも……」

「原因はまだ断定は出来ないけどデッドのこともそして郁くんや僕らのことも記憶から失ってる。

目がまた覚める前にノアの箱舟の管理下にある病院に移すらしいよ」

「……記憶を失っていて良かったのかもしれません。

奈々ちゃんにはこの先あの日の記憶を背負ったままで生きていって欲しくないと思っていたので。

でも幸せな日々の記憶は失って欲しくなかったな……」


 郁は唇を強く噛むと、俯く。

 ユヅルはそんな郁を見ると、ポツリと呟いた。


「……優しいね、郁くんは」

「郁さん、ユヅルさん」


 東雲は郁達に小走りで近付いてくる。

 探していたのか少し息が荒くなっている。


「もしかして探し回ってた……?」


 郁はそう尋ねると、東雲は首を横に振る。


「いえ、第伍支部より此処は広いので。

まだ場所をあまり覚えてないだけだったので大丈夫です。

この先のことで話合うそうで七瀬さんにお二人の事も呼びに行って欲しいと頼まれました」

「会議室でいいのかな。

それじゃあ、行こうか……?」


 東雲はこくりと頷くが、一歩も動かずじっとしている。


「あ、こっちが会議室だよ。

呼んできてくれてありがとう東雲くん」


 会議室に向かっていると途中で七瀬さんに会った。

 先ほどまで寝ていたのだろうか口の端に涎を垂らした跡があり、ユヅルがそれを指摘していた。


「とりあえず今の現状伝えられる情報を皆に共有しておくよ。

佐藤恭哉のようにデッドになりかけている人や佐藤奈々のような人は保護して今は監視の元隔離している。

雨宮の部下の青柳さんの解毒剤が完成して処方しないとどうなるか分からないけど、まだ間に合うかもしれない。

それと幹というデッド覚えているかな?

彼が女性を集めていた場所から救出した女性だけど自殺したそうだよ。

目を離した隙に窓から飛び降りたらしい。

それと枕の下にこんな紙切れが残ってた」


 ラヴィは一枚の紙切れのようなものを出すと、静かに口を開いた。


「……血は蘇生の為、ここしか読めないけどあとは黒く塗り潰してあったり、よく読めないんだ」


「血は蘇生の為……?

どういう意味なの?

誰かを蘇生することがアルカラの目的ってこと……?」


 夕凪は眉を寄せると、何か考えているように指を唇に添える。


「……これが何を意味しているか分からないけど、アルカラの行動に警戒をしていった方がいいね。

それと夕凪から報告で聞いたけどウォッカという村に行くことになった。

夕凪とワンコくんと東雲くんそして道が分からないと思うからその場所に行ったことがある七瀬に行ってほしいって考えてる……」


 ラヴィの言葉を遮るようにユヅルが口を開いた。


「それ七瀬さんの代わりに僕が行きますよ?

久しぶりに里帰りしてみようと思います。

あそこは意外に山奥だからね」

「……大丈夫なんだね?」


 ユヅルはラヴィに視線を向けると、ふっと笑う。


「珍しいですね、そんなに心配してくれるなんて。

無理なんかしてませんよ?

むしろ行かせてもらいたいです。

お願いします」


 ユヅルはそう言ってにこりと笑うが、少し顔色が悪いことが郁には少し引っかかった。

 いつもなら何か発言するであろう七瀬もこの時は口を開くことはなく、最後に「気を付けていってきてね」と言って部屋を出ていった。


「夕凪、詳しくアルカラのあの少女のこと教えてくれないかな?」


 部屋を出ていこうとしていた夕凪をユヅルは引き留める。


「……私も行く前にユヅルに聞きたいことがある」


 夕凪はそういうと、ユヅルの方に向き直った。


「会った少女はアルカラのあの少女で間違いないんだよね?」 

「あぁ、自分の事を朱と名乗ってて、ユヅルが前に会ったのは藍っていう子は妹だって言ってた」

「その朱っていう少女の方かもな……」


 ユヅルはふぅと溜息をつくと、目を一瞬伏せた。


「あの日対峙したとき面白い魔術を使う子だなとは思ってた。

でも彼女自身からはあの魔術を扱える程の魔力を感じなかったんだ。

だから最初は他に裏で彼女にあのカードを使える魔力を与えてる奴がいるんじゃないかと思っていたんだけど、あの子の中にいるもう一つの朱という少女の方が魔力の保持者だったのかもしれないね。

……多分あの子僕と同じ魔女の一族の可能性が高いかもしれない」

「魔女の一族はユヅルだけじゃなかったってことか……?」


 夕凪は驚いた様に目を見開く。


「まだ魔女の可能性があるってだけだけど。

それに、あの少女の魔力知ってる人に似てる気がするんだ。

……まだ確証はないけれどね。

だからもし罠だったとしても、もう一度自分自身で確かめたいと思って」


 ユヅルはそこで一息置いた。

 そして夕凪の方を真剣な顔で見つめると断言した。


「あの少女は僕が拘束する」


 少しだが郁はユヅルのその言葉だけ重みを感じた。

 夕凪もそう感じたのか、ユヅルと視線を外さず見つめ合う。


「そうだな。

アルカラの一人でも捕まえることが出来れば世釋の場所もわかる。

今度こそあいつを捕まえる……」

 

 夕凪はそう言うと、自身の拳を強く握った。


「ここからウォッカまでは少し遠いよ。

最低丸五日はかかる。

あそこは昔にとっくに誰も住んでないからね、線路も撤去されてる。

途中で宿屋がある町があるからそこに行こう。

夕凪早い方がいいだろう?」

「ええ、明日には出発しましょう」

「そういえば、僕に聞きたいことって何?」


 ユヅルは夕凪にそう問うと、夕凪は首を横に振る。


「ううん、今はいい。

ウォッカに着いたら聞く」

「そう?

それじゃあ、僕はドールの調整に戻るよ。

あ、そうだ郁くん一緒に僕の部屋来てくれる?」


 ユヅルは郁の方を指さした。

 郁は瞬きすると、クエスチョンマークを浮かべながら首を傾げた。


「え、はい。

どうしてですか?」

「採寸したいんだ」

「……え?」


 毎回突然ユヅルはそんな突拍子もないことを言うので、郁は驚いてしまう。


「前に言ったでしょう?

今造ってるドールのコンセプトが男の子なんだ」


 そういえばそんなことを言っていたな。と郁は思い出した。

 郁はこくり、こくりと頷く。


「男の体だから普段よりは簡単に出来ると思ったんだけど、どうも郁くんをモデルにしてるから今のままだとしっくりこなくて……」

「そうなんですね。

俺で手伝えることなら……」


 いいですよ。と言葉を続ける間にぶつぶつとユヅルは呟きながら、郁に一歩一歩近づいていく。

 何故か郁は近付くユヅルに対して後ずさる。

 初めて会ったときも思ったがユヅルはドールのことになると普段より危険な雰囲気を漂わせる。

 ドールに対しての愛が強いのか分からないが郁は身の危険を感じた。


「っわ、」


 壁に背中があたり逃げ場がなくなる。

 ドンと耳元で音がするとユヅルの顔が目の前にあった。

 唇が降れるくらい近付く。

 忘れていたが、このときのユヅルは距離感もおかしい。

 掛けている眼鏡の奥の目も鋭くて綺麗、鼻筋も良い。

 とりあえず顔の造形が整っている。

 同じ性でも鼓動がうるさくなる位心臓に悪い。と郁は上手く回らない頭でそう思った。

 夕凪は真っ赤な顔をするとぱくぱくと口を開く。

 東雲は無表情で眺めている。

 郁は勢いよくそっぽを向くと、ユヅルの身体を両手で押し返す。


「わ、わかりました。

い、行きます!

ちなみにあの、すいませんユヅルさん採寸ってどうするんですか?」


 郁は夕凪達に聞こえないように小さな声でユヅルに尋ねる。


「……とりあえず、全身を採寸したいから服は脱いでもらいたいかな?

あとは手作業で作るから少し郁くんの体は触ると思うから長時間拘束してしまうかもしれない……」

「……っ、わかりました。

覚悟決めましょう……!」


 夕凪は相変わらず頬を真っ赤にして郁たちの方を見ないようにか視線を外している。

 ユヅルのドールは無事に完成し、郁が寝床に着いたのは出発の一時間前だった。




◇◇◇◇◇◇



「夕凪さん、郁さん、ユヅルさん見てください!

温泉饅頭に似た一回り大きいもの売ってますよ!

すいませーん、六つください」

「ちょっ、東雲。

六つは多いだろう?

そんなに食べれないぞ私達は……」


 東雲は屋台を指指すと、駆けだして行った。

 夕凪も東雲の後を追う様に歩いていく。


「……なんであんなに急に東雲くん元気なんだろう。

なんか、すごいニコニコしてる。

あ、転んだ!

でもすぐ立ち上がった!

って、本当にどうしたの東雲くん?!

ノアの箱舟に居たときと全然違う……。

普段何事も動じないクールっぽい子だと勝手に思いこんでいたけど、もしかしてこれが東雲くんの素の姿なのか?

すごい……俺がもし女性だったらそのギャップは好きになりそうだわ」


 郁は東雲の様子を一喜一憂しながら、見守っていた。

 

「郁くんも相当テンションが高いね。

なんか七瀬さんに持たされた飲み物にお酒が混ざっていたらしい。

彼、お酒弱いんだね」


 東雲は夕凪と手を繋いでおり、ニコニコと笑っている。


「なるほど。

酔うと甘えるタイプになるのか。

あれ? でも東雲くんもうお酒飲める歳でしたっけ?」

「甘酒らしい」

「甘酒。

少量でも酔う人居るんだな。

……って七瀬さん絶対常習犯でしょう?!」 

 

 七瀬がこの場に居たら、今の東雲の姿にさぞ喜んでいる顔が郁は容易に想像が出来た。


「僕も昔何回かされたことあるよ。

僕の場合ちゃんとした度数の酒だけどね。

酔わなくてつまらないって言われたけど」


 ユヅルはふうと溜息をつくと、肩をおとした。

 夕凪は最初は東雲の行動に戸惑っていたが面倒見がいい性格なのか今は大人しく手を繋いであげていた。

 ウォッカまでの道のりは郁が想像してたよりもきつかったの一言に尽きた。

 船に乗る時なんて途中で何回船酔いしただろうと、郁は思い出していた。


「さて、僕らは今日泊まる宿を探しに行こうか。

もう横になって寝たい顔してるよ郁くん」

「すいません……

俺やっぱり体力落ちたのかな……」

「そういえばあれからちゃんと食事取ってるの?」


 ユヅルはそう言うと、郁は頷いた。


「前よりは食欲が増えたのか倍は食べてます。

ただ、血を飲むのは慣れてなくてそっちは時々しか……」

「そうか、まぁ抵抗感はあるよね。

きっと」

「はは、そうかもしれません。

一応摂取しやすいように紙パックにしてもらったりしたんですけど」

「あ、そこのお兄さん達、見ない顔だね。

旅の人かい?」


 割烹着を来た少し小太りな女性が話かけてきた。

 ほのかにおでんのような優しい出汁の香りがする。


「はい、今日泊まる宿を探してまして……」


 郁がそう答えると、女性は親指を立てる。


「それならうちに泊まるといいよ。

さっき急に部屋の空きができちまって困ってたのよ!

……あら、ごめんなさいね。

お兄さん達がよかったら安くするわよ」

「ありがとうございます。

あと僕らの他にもう二人。

一人は女性でして、大丈夫でしょうか?」 

「大歓迎だよ!

他の宿よりは少し古いかもしれないが料理だけは一級品だから期待しておいてよ。

仕込みが途中だから私はもう行くけど、宿の場所は……」


 こんなに早く宿が見つかるなんて運がいいなっと郁は思いながら、頬にいっぱい饅頭を詰め込み両手にも饅頭が入った袋を持ち、嬉しそうに駆け寄ってくる東雲に郁はふっと笑った。



「お部屋にもお風呂は備え付けられていますが、離れの方に大きめの露天風呂もあります。

是非お入り下さいね。

疲労回復に良い薬草を漬けたお湯なので旅の疲れが取れると思いますよ」


 宿の仲居の女性は郁達に丁寧に説明する。


「夕凪さん……すいませんでした。

酔ってたとはいえ無礼を……」


 東雲は酔いが冷めたのか夕凪に謝っていた。

 夕凪は首を横に振るう。


「気にしないで。

今日は本当に歩き疲れたし、早く疲れを取るためにも風呂に入って早く寝ましょう。ね?」


 此処の宿は古くからある有名な宿らしく和食をメインにした食事は今まで食べてきたものと比べ物にならないほど美味しく、本当にこの値段で良いのか心配になって仲居さんや先ほど宿を紹介してくれた女将さんに聞いてしまったほどだった。

 食事を終えたお膳を手慣れた手つきで仲居さん達が片付けてくれている。


「皆さんはどちらに向かっていらっしゃるんですか?

ここはどこに行くにも中間あたりなのでよく泊ってかれる方がいらっしゃるんですよ」


 一人の女性の仲居さんが声をかけてきた。


「ウォッカという村に少し用事がありまして、昼頃に着くように明日は早めに出る予定なんです」


 仲居の女性は驚いた声を出した。


「ええ、ウォッカですか?!

珍しい場所に行かれるんですね……

昔は魔女が住んでいる村っと言われていたので、そういったオカルト的なものに興味ある方には何人かお会いしたことはありますが皆さんもそういった目的で行かれるんですか?」

「いえ、私達は少し違った目的で。

ウォッカに行ったのはこの町の方ではいらっしゃらないんですか?

何か見つけたとか……」


 夕凪は探るように女性の瞳を見つめる。

 女性はははっと軽く笑うと、周りでお膳を片付けている他の仲居に聞こえないように口を開いた。


「この町の人はあそこにはあまり近付く人はいらっしゃらないです。

私も祖母に小さい頃に聞いた昔話なんですが、昔は何個か町があって今は統合してこの町になったんですが。

町の青年と一人の女性が出会って恋に落ちたそうです。

ですけど女性が魔女ということが分かり、その女性がウォッカに住んでいたのでそこでウォッカが魔女の巣窟だと判明したそうです……。

その女性は火炙りになり、魔女達を殲滅する為に何人ものエクソシスト様がいらっしゃったらしいです。

ですので、もう魔女はいないと思いますが町の方は怖くてあまり近付かないんです。それにウォッカに行った方はあまり戻って来ないっていう噂ですし。

……あ、でも多分帰りに此処に寄られる方が居ないから皆さんそんな噂をしているだけだと思いますけど。

すいません、こんなお話してしまって……皆さんのお部屋のお布団の用意してきますので、ごゆっくり疲れを取ってくださいね」


 ぺこりと会釈すると女性は部屋を出ていった。


「……そうか、そういうことになってるんだ」


 ユヅルはぽつりとつぶやくと、立ち上がった。


「ユヅル」


 夕凪はユヅルを引き留めるように声をかける。

 数秒ほど無言で見つめ合うと、ユヅルはふっと笑った。


「心配しなくても大丈夫だよ。

先に部屋で休んでるね、郁くん」

「あ、はい。

おやすみなさい……」



◇◇◇◇◇◇


 郁ははぁーと溜息をつくと、火照った顔を手でパタパタと仰いだ。

 疲れが溜まっていたのか露天風呂に浸かったまま少し眠ってしまい、なかなか体中の火照りがおさまらない。

 頭もクラクラしてきた郁は廊下に置かれた長椅子に腰かけた。


「うー……頭クラクラする。

少し休んでこう。

まさか寝るとは……」

「大丈夫?

よかったら、お水飲むと少しは楽になりますよ」


 そう声がすると、目の前に冷えたペットボトルが差し出される。


「え……、ありがとうございます……」


 郁はそれを受け取ると、視線を声の主に向ける。


「君とは一度ゆっくりと話がしてみたいと思ってたんだ」


 先ほどウォッカについて話をしてくれた女性だが少し雰囲気に違和感を感じた。

 その違和感に郁は気づくのに少し時間がかかったが、バッと立ち上がる。

 まだ頭がクラクラしている為、少しふらつく。


「そんなに警戒するような顔しなくても……大丈夫だよ。

少し彼女の体を借りているだけだから少し移動して話せそうかな?」


 にこりと笑い、宿の庭を指さす。

 郁は彼女の後を追うように外の庭に出た。


「アルカラのシキか?」

「はは、違うよ。

シキだったら借りてるなんて言わないよ。

そんな回りくどく探るように問い詰めないでよ。

分かっているくせに」


 女性は目を細めると、笑った。


「……その人は関係ないですよね?

コソコソ姿隠さないで出てきたらどうなんだ。

アルカラの世釋だろう?」

「うーん、そうしたいんだけどさ僕ここには本当に居ないんだよね。

彼女の体を借りて違う場所で君とお話してるだけだから。

……そうだな、操ってる感じでいいのかな?」


 やたら疑問形で、よそよそしい。

 郁は落ち着いてきたのかふうと息を吐いた。

 距離は少し離れた場所に留まる。


「……俺も、君と話したいことがある」

「エンマのこと?」

「……猿間さんを巻き込んでるなら、解放しろ」


 彼女は腕組みすると、うーんと考える素振りをする。


「約束の日まで彼には協力してもらうからね、それまでは無理だね」

「約束の日?」


 彼女はにこりとほほ笑むと、人さし指をたてた。


「僕は今日君にとって有意義になるだろうことを提案しに来たんだ。

君が気になってるだろうエンマは少しずつだけど以前より様子が変わってきたんだ。君が知ってるを取り戻してる」

「……っ!」

「君に前に会ったときからかな……?

もしかしたらもう一度君に会えば戻るかもしれないね。

でも、そのかわりに君には一つだけお願いしたいことがあるんだ。

ラヴィ・アンダーグレイを僕のところに連れてきてほしいんだ。

彼さ、僕の前になかなか現れてくれないからさ」

「……どうして、何が目的なんだ」

「君はただラヴィ・アンダーグレイを連れ出してくれるだけでいい。

そうしたら君の望みが叶うかもしれないよ。

良い提案だと思わない?」

「……」

「まあ、考えておいて「断る」……ははっ、即答だなぁー」


 郁は遮るように声を発すると、彼女は呆れたように乾いた笑い方をした。


「何を企んでいようと、アルカラの提案には乗らない。

それに、お前らの方にいるのが猿間さんだと再確認できた。

それならアルカラ《そこ》から俺が猿間さんを救ってみせる」

「ははっ、カッコイイね。

……君は少し勘違いしているようだね、ノアの箱舟は恐ろしい組織だよ僕らよりね。君はノアの箱舟をラヴィ・アンダーグレイを過剰評価しすぎている」

「は……?」

「郁くん、不用心すぎるよ」


 ぽんと、ユヅルは郁の肩に手を置くと、じっと女性を見つめた。


「久しぶりだね、引きこもりな魔術師さん。

それとももう魔女と呼んでもいいのかな?

さてと、もう少し話したいところだけどそろそろ不安定になってきたからやめようかな。

あ、そうそう良い夢を……」


 そう言うと、女性は崩れるように倒れ込んだ。

 郁は女性に近付くと抱き起こした。

 すやすやと寝息をたてている。


「……はあ、夕凪に報告したら怒られるかもしれないね。

僕が彼女運ぶよ」


 ユヅルは郁から女性を受け取る。


「ありがとうございます。

あの、ずっと聞いてたんですか?」

「いや、途中から。

郁くんが勧誘されそうになってるところから。

まあ、ちょっと心配したけど僕も救ってみせるってあたりはかっこいいなって思ったよ」

「結構初めの方からいらっしゃったんですね……。

すいません、でも少し迷ってしまったんです。

猿間さんは俺の恩人だから助けられるならって……最低ですよね、俺」

「ラヴィさんがもし居たら、その考えをしてしまった郁くんを責めないと思うよ?

きっと」

「……ありがとうございます」


 先ほどまでの緊張感がスッと抜けると、郁は前を向いた。


「ごめん郁くん、やっぱり手伝ってくれない……?

意外に彼女重いかもしれない……」

「……それ、結構失礼ですよユヅルさん」



◇◇◇◇◇◇




「ふう……、やっぱりそんなに簡単に上手くいかないかー……予想はしてたけどね」


 世釋は軽く背伸びをすると、少し遠くの方に歩く藍の姿を見つけた。

 藍も世釋に気づいた様子で、世釋の方へ向かってきた。


「……やあ、気分がどうだい?

元気かい?」


 藍はくすくす笑うと、首を傾げた。


「気分は悪くないですよ?

世釋様」

「此処の探検でもしてたのかな?

それとも自分の部屋が分からなくなっているなら案内するよ朱」

「お気遣いいただきありがとうございます。

でも部屋の場所くらいわかりますよ。

……私、一度世釋様に聞きたいことがあったんです。

世釋様にとっては私は計画の支障になり得る存在ですかね?」


 世釋はにこりとほほ笑む。

 朱は覗き込むような視線を外さない。


「いいや、範囲内だよ。

イヴが君を連れて来たときから判っていたからね」


 朱は少し驚いた顔をしたが、すぐに口角を上げる。


「それに気づいたのは世釋様?

それとも……」

「世釋様~!

こちらにいらっしゃったんですねぇ! 」


 コツコツとヒールの音が近づいてくると、イヴが嬉しそうに世釋に抱き着いた。

 いつの間にかニアも近くに来ていたのかぎゅっと朱の服を握った。


「そうですわ、また駒が増えたんですの!

今度はもっと世釋様の役にたつはずですわ……!

あの幹というデッドがおこなっていたことを私の駒によって補足することが出来たんですの!

あとは世釋様のご判断次第ですわ」

「そっかー、偉いねイヴ。

ありがとう」

「勿体無いお言葉ですわ……!」


 イヴは頬を赤くすると、くねくねと身をよじった。

 朱はその姿を見るとイヴには分からないようにくすっと笑った。

 ニアはぐいぐいと服を引っ張ると、朱はニアの方に少ししゃがんだ。

 耳元にニアの口が近づくと、ぽつりとつぶやく。


「朱ちゃんさ、最近頻繁に会うよね」


 ニアの方を見ると、眉間に皺が寄っていて少し不機嫌そうだった。


「……藍が不安定なときが多くなったから出やすくなったのかもしれないね」


 ニアはもっと不機嫌そうに口を尖らせると、はぁーと深い溜息をついた。


「……じゃあ、藍お姉ちゃんが不安定にならなければもう出てこない? 」

「さぁ?

その可能性はあるんじゃないかしら」


 朱は挑発するような顔をニアに向けた。


「それなら藍お姉ちゃんを不安にさせる要素を僕がなくしてあげるね」


 ニアはそう言うと、にこりと不気味に笑った。

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