第6話【魔術師】




「それで、分析した結果だけど」


 宮下の研究室を後にし、ノアの箱舟に帰ってきた郁達はラヴィがいる部屋に集まっていた。


「夕凪が言っていた通り彼の血液で間違いないね。

どうしてこれを彼女に渡したんだろうね……まぁ、今ここで考えてもしかたがないけれども」

「……」


 夕凪は言葉を発さず、ラヴィをじっと見ている。

 郁はふと研究室で夕凪が言っていたことを思い出した。


「……ノアの箱舟に敵対してる組織があるって夕凪ちゃんがさっき言ってたけど……その彼とデッドが何か関係してるってことなんですか?」

「勘が鋭いね、ワンコくん」


 ラヴィは郁に親指と人差し指を立てた指を向ける。


「だけど、その彼の血が混じったからって、あの化物が生まれるんですか?」


 郁はラヴィに問う。

 ラヴィは首を傾げると夕凪の方に顔を向けた。


「あれ、てっきり夕凪に聞いてると思ってた。

まぁ、一番は上司の立場である僕がワンコくんに話しとかなくちゃいけないんだけどね、ごめんね。

えぇとね、リビングデッドは生前吸血鬼に血を吸われて命を終えた人間が化けた化物なんだ」


 郁は瞬きを繰り返す。


「吸血鬼の主な栄養源は血液っていうのは分かるかな?

リビングデッドは吸血鬼に血を吸われて食糧として必要にならない者が血肉を求めて這いずる化物と化する。

同族を作る場合は対象外だけどね。

それが出来るのは純血の吸血鬼だけ。

そして純血の吸血鬼はこの世に二体しかいない。

ワンコくんの場合夕凪と契約して半分は吸血鬼になってるけど元は人間だったからね混血の吸血鬼に分類される。

混血はリビングデッドは作れない」

「はぁ」


 郁は両腕を組むと、首を傾げる。


「さて、ここで問題。

夕凪はリビングデッドは作らない。

それならリビングデッドは誰が作ったかわかるよね」


 郁は俯き、少し考える。

 そして顔を上げ、ラヴィの方を見た。


「……もう一人の吸血鬼がその敵対してる組織にいるってことですか」

「そうゆうこと。

目的は不明だけどデッドを大量繁殖させてる組織が(アルカラ)。

ノアの箱舟は古来からいるリビングデッドを狩ってたけど、アルカラのおかげで新種のデッドが最近増えてきたんだよ」

「……アルカラには私の兄貴がいる」


 さっきまで口をつぐんでいた夕凪がつぶやく。


「名前は世釋セト純血種の吸血鬼だ」




◇◇◇◇◇◇



 郁達はある部屋に向かっていた。

 ラヴィは会っておいて損はないし、そろそろ他の仲間も把握しておいた方がいいんじゃないかな、と郁に言い出したことにより、その仲間がいる場所へ郁は夕凪、リリィに案内されていた。


「あのさ、もう一人の仲間ってどんな人なの?」

「郁くん。気を付けた方がいいよ? なんと今から会いにいく人は変人なのです!」


 リリィはふふふっと意味深に笑う。


「え?」

「大きい声では言えないんだけど……女の子にね、興味がないの」


 リリィはこっそり呟くと、いたずらっぽく笑った。


「……はい?」


 郁は自分でも驚くくらいまぬけな声を出した。

 夕凪は顔だけ郁達の方へ振り向く、そして溜息交じりにリリィの頭をこつんと叩く。


「リリィ。郁に変なこと吹き込まないでよ?」


 リリィは口を尖らせると、夕凪に叩かれた箇所を手で擦る。


「でもでも、女の子に興味がないのはホントだよ? 

この前なんてせっかく男湯の暖簾と女湯の暖簾交換しておびき寄せてみたの。

でも私達の裸見ても無表情だったし。

夕凪ちゃんのパンチ食らうまでずっと棒立ちだったよね」

「っ?! リリィ、あれは偶然だって!!」

「あ、いけない。夕凪ちゃんには内緒だった……」


 夕凪は真っ赤な顔をして、口をパクパクしている。

 郁は思わず、ふっと笑ってしまった。


「なっ、郁、何がおかしいのよ……!」


 夕凪は腰に下げていた刀に触る。


「いや、ごめん。

その夕凪ちゃんも可愛いところあるんだなって。

顔真っ赤にして」

「……は、ば、馬鹿なんじゃないの! 馬鹿阿保ォ! な、泣き虫のくせに!!」

「ちょっ、泣き虫じゃないし!」


 そうこうしているうちに例の彼がいる部屋の前に付いた。


「ユヅルくーん中入るよん!」


 リリィは部屋の主人の返答も聞かぬまま、ドアを開いた。



 薄いレース状のカーテンが風になびき、少女の長い綺麗な黒髪が白いワンピースに触れ、キラキラとながれおちる。

 少女の右脚が美しい曲線を描きながら木製のフットスツールにのっている。

 青年は近くにしゃがむと彼女の右脚に触れ、口づけをした。

 その光景を見ていた郁は開いた口が塞がらず、ポカーンとしていた。


「……なに」


 青年は郁達に視線を向ける。


「ユヅルくん窓閉めてよー!

さっき微妙に力出したから普段より鼻が敏感なんだよー!

花粉の時期だし……!」


 リリィは頬を膨らませながら開いている窓を閉めにいく。


「完成したドールにいちいち口づけするのやめないか? 見ていて恥ずかしい」


 夕凪は手を額に当てると、ふぅーと息を吐く。


「僕の返事も聞かずに部屋に入ってきたからいけないんでしょう。

それに口づけは愛情を注いでるんだよ。

それより見ない顔だね。君、誰?」


 青年はそう言うと、郁の方へ歩みを進める。


「あ、はじめまして。

狗塚郁と言います」

「……はじめまして、ユヅルです。

君、何歳いくつ?」

「郁くんは二十六歳だよ。

夕凪ちゃんと契約してからは幼くなっちゃってるけどね」


 リリィが郁の代わりに答えた。


「夕凪と契約したのか。

驚いた夕凪が種族を創ったとはな……」


 ユヅルは郁をじっと見る。


「さっそくだけど、脱いでくれる?」

「……はい?」


 ユヅルはいきなり何を言い出すかと思えば、郁に服を脱げと言い放った。

 郁は理解が追い付かず、口をぱくぱくさせる。


「一度混血になった身体がどうな風になってるか興味があったんだ。

純血の吸血鬼と何が異なっているか。

身体が縮んだ影響とか能力とか色々調べて……」

「ひぃっ、や、やめてください!

服を脱がそうとしないでください! 近づかないでぇぇ!!」 


 ユヅルはぶつぶつ言いながら、郁との間を詰めていく。

 リリィに助けを求めるが可愛い笑顔を向けられるだけだった。


「ユヅル」


 りんとした声が部屋内に響く。


「郁は嫌がってるんだ。

これ以上ふざけるなら本気で怒るぞ」


 夕凪は腰に下げている日本刀に手をかける。


「……流石にここで夕凪に暴れられたら困るな。

僕も他の人に見られたくない秘密もあるさ」

「例えば、女性に興味がないとかね。

ドールは例外として」


 リリィは人差し指を立てると、ふふんと鼻を鳴らした。


「うーん、そうだね。

リリィにはあんまり興味は湧かないね」


 ユヅルはリリィにそう言うと、リリィは頬を膨らませた。


「もう! ユヅルくんの意地悪!」


 ぴりっとした空気がリリィのおかげで一瞬で変わり、郁はほっと胸をなでおろした。


「さて、郁くんだっけ?

君は魔女は今も実在していると思う?」

「そりゃ、まだ信じられませんが、吸血鬼や人狼が存在しているなら魔女もいるんじゃないかなって今は思いますけど……」


 ユヅルにそう返答すると、ユヅルは頷いた。


「魔女には女しか生まれないのは知っている?」

「魔女って言ったらイメージに近いのは女性です。

女性しか生まれないのは知りませんでした」

「僕は魔女の一族の中では忌み子みたいな存在だったんだよ。

自分で言うのは恥ずかしいけど魔女の中でも強力すぎるほど魔力を持ってる」

「すごいじゃないですか。

一族の中で最も力を持ってるってことですよね?」

「今はちょっと事情があって魔力は半分以上抑えてるけどね。

目キラキラしすぎだよ? あと近いね……」

「あ、すいません」


 無意識に今度は郁の方がユヅルに接近していたらしく、郁は後退した。


「そんなに近づいたら僕、郁くんのこと食べちゃうよ? 色んな意味で」

「リリィ。僕の声真似しないで?

僕を変態キャラに仕立てあげようとしないでくれないかな」


 ユヅルはリリィの頬をつねると横に何回も引っ張る。


「……僕がノアの箱舟にいるのはある人物を見つける為に協力してるんだ。

あとついでに一族の敵討ちも」

「敵討ちはついでなんですか……」


 郁がそう言うと、ユヅルはふぅと軽く溜息をついた。


「僕、魔女の一族全員に嫌われてたからね。

それくらい男が魔女の魔力を持って生まれるのは異例だったんだよ」

「……そう、なんですか」


 どこか悲しそうな表情で話すユヅルに郁は言葉を濁す。


「さて、これからどうぞよろしく。

僕はまだあの子の調整が終わってないんだ」


 ユヅルはドールの少女に視線を移す。


「今回はどんなドールを作ったの? ユヅルくん」


 そうリリィが聞くと、ユヅルは唇に人差し指を当てた。

 そして目を少し細め、笑った。


「うーん、お楽しみ」


 ユヅルはそう言うと郁達を部屋の外へ案内する。

 扉を閉める前に、にこっと笑い「今度はノックしてから入ってね」と言って扉を閉めた。


「……ユヅルは普段はドールに少量の魔力を入れて動かしてるの。

魔力を最大まで出したところは私たちも一度しか見たことない」


 ユヅルの部屋を後にし、歩き出すと夕凪がそう口にした。


「ユヅルくんはあんまり戦闘には参戦しないからね。ぶっちゃけ待機組なの」


 続いてリリィが言葉を続ける。

 郁は納得したように頷く。


「そうなんだ……。

なんかつかめそうでつかめない人だね。

ユヅルさん」

「ユヅルは創設時からいるメンバーだからな…昔からあんな感じよ。あの人はね」


 夕凪はそう言うと、目を少し伏せた。



◇◇◇◇◇◇



「やだやだ、上層部めんどくさいよー 」


 ラヴィの部屋に戻るとラヴィは床に寝転がっていた。

 夕凪は呆れたようにラヴィに近付き、起き上がらせた。


「ラヴィさん、子供じゃないんですから床に転がらないでくださいよ」

「んー、ワンコくん。

ユヅルに会ってきたんでしょ? どうだったうまくやってけそう?」

「はい。その、ここにいるのは夕凪ちゃんとリリィとユヅルさんだけなんですか?

もっと大人数だと思ってました」

「他にも何人かいるけど、大体は上層部の人達かな。

ノアの箱舟の第弐支部はこの五人だけだよ。」

「第弐支部って他にもあるってことですか?」

「一応は伍支部はあったんだけど、その中の二つの支部は壊滅。

今残ってるのはこの第弐支部。

上層部がいる第壱支部。

で、西には第伍支部がある」

「私、第壱支部は嫌いー。

ただ座って偉そうにしてるだけじゃん……」


 リリィはそっぽを向きながら、つぶやく。


「リリィ。そんなこと言ったらうちの支部のお金減らされちゃうから上層部の前では言わないでね。

まぁ、僕も上層部嫌いだけども。

あー上層部めんどくさーい!」


 ラヴィはそういうとまた床を寝転び始め、夕凪は諦めたようにため息をつく。


「……それで、ラヴィさん。

上層部に行ってなに言われたんですか」


 ラヴィは動きを止めると、ぽつりぽつりと話はじめた。


「上層部の備品庫から一つ備品がなくなったので、そっちの泥棒狼をしっかりしつけなさい、と」

「う、んん~、何のことかな~?」


 リリィは口笛を吹きながら、目をきょろきょろさせる。


「無断で一般人と契約を結び、報告もなしとはどうゆうことだ、と」

「それって、ラヴィさんが伝え忘れただけですよね」


 夕凪はズバリと言い返すと、ラヴィは夕凪に向かってパチンと指を鳴らした。


「うん。すっかり忘れてた。速攻謝った」

「……アルカラについては? 何か言ってましたか」


 夕凪がそう言うと、ラヴィは身体を起き上がらせる。


「早急にデッドを殲滅し、アルカラの息の根を止めろってさ。

早速だけど三人にはある人物と接触する為に長期で潜伏してほしい。

デッドの目撃情報が入った」

「場所は? デッドの特徴は」


 夕凪の言葉に続く様にラヴィは口を開く。


「場所は某大学。それが変わったデッドらしい」

「変わったデッド? 」


 夕凪は眉を顰(ひそ)める。


「喰べないんだよ。ターゲットが決まっているのに」

「は……?」


 ラヴィの言葉に郁は反応した。


「ターゲットになっている人間もまたそいつがデッドだと知っている」


 郁は身を乗り出し、声を張る。


「ちょっと待ってくださいよ。

どうゆうことですか?

その人はデッドを恐れてないってことですか?」

「とりあえずその人間の安全を第一に考えて場合によってはそのデッドをその人間の前で殺せってことらしい」


 ラヴィはそう言うと、肩を竦めた。


「……そんなのわかってる。

その人間の記憶は上層部の方で塗り変えてくれるんですよねラヴィさん?」

「現場には上層部の下っ端もいるらしいから、その人達が対処するよ。

頼んだよ三人とも」


 郁は理解ができなかった。

 郁にとってはデッドは恐怖の対象倒すべき相手であり、どんな事情があってもデッドはただの人食いの化物である。

 だからきっとその人はデッドに怯えていて本当は助けを求めているのだろうと郁はそう考えた。


「場合によっては、その人間を盾にする可能性もある。

接近戦を得意としてる私やリリィには不利だ。だから郁に頼むことが多いかもしれない……」


 夕凪はそう言うと、郁の方に顔を向けた。


「……俺のことは心配しなくても大丈夫だよ。

デッドからその人を絶対に助けるよ」


 郁は夕凪に笑顔を向けると、夕凪は少し不安そうな顔をするが郁の方に手を置いた。


「……あぁ、頼んだ」

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