本編裏側こぼれ話⑤【演者たちと茶会場の裏側で】
【演者たちの裏側で】(青髪童顔、演劇部ナルシスト視点)
愛してほしかった。見てほしかった。
だから人から愛を向けられるよう演じ続けて、いつかそれは本当になった。
そうしたら自分の事も大好きになって、もっと愛されるようになった。
その時彼は自分を愛すれば人から愛され、人を愛すれば自分も愛せるのだと知ったのだ。
愛の永久機関。
それを胸に抱く彼は今日も他者に愛を振りまく。
自分を愛するために。他人を愛するために。
それはちっぽけな人間のほんのわずかな歴史に刻まれた、確固たる信念。
「なんだってマリーデルは、あんな女ばかりを気にかけて……。もっと僕との時間を大切にしてほしいんだよねまったく……」
「…………」
誰も居ないと思っているのか、普段は甘い仮面の下に隠された本音を親指の爪を噛みながらぶちぶちと呟いている少年。
それを眺めながら「おやおや、髪だけでなく君は中身も青いなぁ」と艶やかな茶髪を指に絡めつつ笑った彼に、少年はビクッと跳ね上がった。
「え、あ、先輩!?」
「そんなに驚かなくても。ここは僕の領域、劇場だよ? それより爪を噛むのはやめたまえ。せっかく綺麗に整えているのに」
素直な驚きっぷりにくすくす笑えばバツの悪そうな顔をされる。
誰も居ないだろうと普段使われない劇場裏の小道具置き場で愚痴を吐き出していた少年だが、演劇部の部長であるこの先輩が居るのは本人が言う通りまったくおかしい事ではない。
「で? なにか悩みかな。それならこの僕に相談するといい! スターたる僕が……そう、この僕が! 君の導き手となってあげようじゃあないか!」
「結構です」
「ううんっ、冷たいねぇ! クールで青いのは髪色とお尻だけにしておきたまえ」
「誰のケツが青いってんですか!」
「おっと、ケツとはお上品じゃないな。貴族たるもの常に高貴でなければ」
「く……っ」
とはいえこの少年は見目に反して育ちはなかなか野性味あふれるものだったことは知っている。
彼の父はこの国の将軍なのだが、よく幼いころから演習について回っていたのだとか。そこで培われた強かさは肉体的にも性格的にもかなりのもので、幼げで愛らしい顔立ちに騙され痛い目を見た者も多い。
しかしそんな彼も年頃らしく、現在春真っ盛りらしい。
「マリーデルくんに構ってもらえず寂しいのは分かるが、ファレリアくんは悪くない。無垢でいとけない少女への嫉妬はよろしくないなぁ。よろしくないとも」
「まだ何も言ってないんですけど!」
「言わずともわかるさ! それで? 君は彼女のどんなところに嫉妬する。話せば気が楽になるかもしれないよ」
「~~~~。別に、僕は……」
「ふむ。では僕が当ててさしあげよう! そうだなぁ……。もしかして、先日君がマリーデルくんにもらって喜んでいた焼き菓子のこととか?」
「なんっ」
「ファレリアくんにマリーデルくんと共に作ったと聞いたからね。ちなみに僕ももらったよ」
余談であるが、この場合の「もらった」は、たまたま焼き菓子を手に劇場近くを歩いていたファレリアに「とても美味しそうだね!」と笑顔の圧でせびったことを指す。本人にその自覚は無いが。
「あー! もう、そうですよ! 女性同士の友情に口を出すのがみみっちいことだとは分かってますけど! ここ一年、マリーデルはあの無表情女につきっきりじゃないですか! なんだってあんな女! 僕と居た方が絶対楽しいのに!」
いっそ清々しいほどにまっすぐな「愛してほしい」を叫ぶ少年を見て懐かしさに目を細める。
幼い頃、自分にもこんな時があったな、と。
「なら君からもっとたくさんの愛をマリーデルくんに伝える事だね」
「やれるものならやってるよ! だけどいつもいつもファレリア・ガランドールの近くにべったりで……ああ、もう!」
「ははっ、難儀だねぇ! では伝える愛をもっと広げよう。マリーデルくんだけでなく、ファレリアくんにも愛を持つのさ。もちろんマリーデルくんへ向ける恋心とは別の、友愛……というね。それが出来れば君は男としてもっと立派になれるだろう! 度量の広さは魅力だからね!」
「ええ……? ッ、というか、こここここ恋心って」
「そこは今さら隠すところではないだろう?」
「ぐ……っ」
腹の底が黒い割にまだまだ経験が浅いんだよなぁと微笑ましく眺めながら、ぴっと指を立ててみせる。
「これは僕の持論でね。自分を愛し他者を愛すれば愛は必ず返ってくる!」
「そんな綺麗ごと……」
「体現者である僕を目の前に、それを言うのかい?」
胸を張って学園内で向けられる羨望の一角を成すその姿を主張して見せれば、青髪の少年はぐっと言葉に詰まる。
よくナルシストと称される演劇部の部長だが、そんな蔑称ともとれる言葉の内にも……口にする者からの友愛が込められているのだ。それを少年も良く知っている。
……勢いに呑まれたからとはいえ、こんな話をしてしまう程度の信頼は置いている相手なのだから。
それを確認し少し誇らし気にした後、自称スターはくるりと回って髪をかきあげる。
「……まっ、恋敵にアドバイスするのはこの辺にしておこうかな? 僕とて望む愛を手に入れるため地道に友好を深めているところだからね」
「……は?」
「あれだけ魅力的な少女を好いているのが君だけだとでも? ふふっ。マリーデルくんの愛を手に入れるためなら、僕は恋敵たちにも愛を送るのさ。……ああ、でも。アルメラルダくんの新たな魅力も知ってしまったしねぇ。う~ん、愛を送りたい魅力的な女性が多すぎるよ」
「そんなフラフラした気持ちならマリーデルにはちょっかいかけないでくれません!?」
「蝶とは芳しい花々に惹かれてしまうものさ。あははっ」
バチっとウインクをきめながら、噛みついてくる子犬をいなす。
これはとある日の、劇場裏の騒がしい一幕。
【茶会場の裏側で】(第一王子、第二王子視点)
『今日からこの男がお前の護衛を務める魔法騎士だ』
『アラタ・クランケリッツと申します』
そう紹介された青年が自身の前で跪いて数年。
現在護衛の任務を務めているのは別の人間である。
「アラタはうまくやっているようだな。……ふふっ、始めのうちは心配だったが」
「ははっ、そうですね」
赤髪が特徴的なこの国の王子達。彼らが笑い合い眺める視線の先には大小四人の人影がこちらに気付かぬまま歩いている。
それもそのはず。まず距離が遠いのだ。
ここは学園の二階テラスに設けられた茶会場であり、現在は王族兄弟の貸し切りとなっていた。
「融通の利かない堅物のアラタが女生徒とやっていけるのかと案じましたが……」
「なんだかんだ優秀だな、彼は。適度に気配を消して馴染みつつ護衛の眼を光らせている」
「あの距離でそれが出来るのは逆に凄いけれどね」
四人の中でもっとも背が高くガタイが違う男は生徒ではない。女生徒の護衛を務める魔法騎士である。
王都から遠く離れた国境近くの辺境伯の五男であり、身を立てるために単身王都へとやってきた彼は数年で多くの功績をあげ第一王子の目に留まるまでとなった。
…………そんな優秀な人物であるが、一年前何者かに操られ事件の渦中となった男でもある。
現在はその贖罪をするため、本来の護衛対象から離れ二人の少女の護衛を命じられていた。
そんなわけで少女らと行動を共にしているのだが……。
「距離……うむ。確かに、近いな」
遠目にも分かる。本来護衛対象の斜め後ろで距離を取り警戒をするはずなのだが、見た所四人はほぼ横並びだ。
「正確に言うとファレリア嬢、かな」
第二王子が述べた通り、真ん中にいる一番小さな人間……遠目でも日に照らされた白金の髪の毛は良く目立ち、それが誰だかよくわかる。
ファレリア・ガランドール伯爵令嬢。その彼女が距離を取り後ろに下がろうとするアラタを捕まえては前に戻すため、アラタは望む距離感を保てない様子だ。
「なんというか……彼女は思っていたより図太……豪胆なのだな。操られていたとはいえ自分を殺そうとした相手に、ああも近づくことができるとは」
感心したように述べるのは第一王子。
……アラタに護衛を命じた時、正直初めは護衛対象に断られるものだと思っていた。
アルメラルダはともかく、マリーデルが渡した魔法護符が無ければ死んでいたはずのファレリアが怯えて断ると予想していたのだ。
だがファレリアは襲われた事実をあっさり許したうえで、その人間がすぐそばに……それも毎日居ることを受け入れた。
さらには自ら積極的に近づいていく有様である。
「…………。ふむ、そうですね。彼女はアラタの事が以前から好きだったらしいので、だからでは?」
「そういえば例の決闘はアルメラルダが彼女にアラタが相応しいか試すために仕掛けたのだったか」
決闘。それも事件と同じく一年前のこと。
アルメラルダが生徒以外の人間に決闘を挑み、更にはファレリアとマリーデルの決闘まで組んで前代未聞の同時開催決闘となったのである。
「しかし好意を寄せていた相手ならばなおさらだろう。頭で理解しても心が深い傷を負い、拒絶反応を見せるのが普通に思えるが。深層の令嬢である彼女ならなおさらな」
深層の令嬢。
もし彼女をよく知る者が聞けば「合っている。合っているんだけど違う……!」という評価を出したかもしれない。
「ああ……。過剰に反応していたのはアラタの方でしたね」
「しばらくファレリア嬢に触れられると、腰を抜かしたり怯えて後ずさったりしていたからな。今では慣れたようだが……いや、慣れさせられたと言うべきか。豪胆で……なかなか食えないご令嬢だ」
目を細めて思案する様子の第一王子に、第二王子は朗らかに笑いかける。
「ともかく、私たちは引き続き犯人を捜しましょう! 今の護衛に不満があるわけではないのですが、やはりアラタがそばに居ないとものたりない。解決をして、早く戻ってきてもらいたいものです」
「……そうだな。彼女達にも早く心からの平穏を与えてやろう」
頷きあうと二人の王子は優雅に紅茶を嗜んだ。
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