3章
昼下がりのbetray(1)~でこぼこトライアングルで藪蛇った
うららかな陽光がステンドグラスを通して差し込む教会の通路。
私は今日の密会場所へ向かうべく、そこを通過しながら祭壇に祭られた女神像を見上げた。
数多の星を従えて柔らかく笑む彼女は、今日も変わらずそこに在る。
なんとなく会釈し(こういう時に自分の魂って日本人だなと感じる)その前を通ろうとして、ふと立ち止まって下を見た。
「この国の下に、ねぇ」
こんこんっと、靴のつま先で堅い大理石の床を叩く。
この国のどこに冥界門などという物騒な門があるのか。
具体的には知らないが、得体の知れない脅威がすぐ身近に存在するというのは気持ち悪いものだ。
どうかお願いしますぜ女神様。
少なくとも私やアルメラルダ様が長生きして幸せなまま寿命で死ぬまでは、この国の安寧が続きますように。
そしてそのためにも、まず無事に今代の星啓の魔女が決まりますように。
(ま、アルメラルダ様優秀だしな。よほど変な事でも無ければ安泰でしょ)
それは豊穣を司る星の女神ホルティアと契約し、国に豊かさと安寧をもたらす存在である。
補佐官と呼ばれる星啓の魔女を支え、守護を担う男性と共に非常に重要な役割だ。その地位は王族に並ぶほど。
むしろ血ではなく資質で継承されていくその希少性から、唯一無二の価値があると言っても良い。
加えてアラタさんに聞いた話によれば、その発祥はこの国の地下にある冥界門とやらを封印する役目からだという。
……というより、今もそちらがメインの役割なんだろうな。
多分本来は国の上層部とか、役割を継承する者にしか伝えられていない秘匿された事実なのだと思う。そんな危険なものが自分たちの足元にあるなんて分かったら国中パニックだ。
豊かさと安寧は副産物、もしくは本当の役目を隠すためのカモフラージュだろうか。
今代、星啓の魔女になるべく選ばれた二人の少女。
しかしそのうちの一人……マリーデル・アリスティは少女でなく少年だ。つまり偽物であるため、星啓の魔女となるのは必然的にアルメラルダ様。本人は知らないが、すでに出来レースの様相である。
他に資質を持つ者も居ないので、万が一アルメラルダ様が攻略対象の怒りを買って処刑ルートに進んでしまっても最悪は免れることが可能だろう。
そんなルートに進ませる気は無いし、すでにそれをけしてさせまいとして早くから動いている心強い味方……アラタさんも居る。
彼の原作前からの働きにより、アルメラルダ様の命は大団円エンドへ進まずとも保証されたようなものだ。
アラタさん様様である。
自分に余裕が無かったからとはいえ、その場その場のケースバイケース、柔軟な発想で臨機応変にギリギリ現場対応しようと考えていた私などとはわけが違うな。
そしてその『アルメラルダ様を救おうの会、会長(私命名)』であるアラタ・クランケリッツ氏なのだが……。
「…………」
「アラタさん。アラタさーん。そろそろ木からもどってくださーい」
そう呼んでつついてみるが、反応は無い。
現在のアラタさんは木立の中、完全に自分を一本の木……自然の一部と思い込み、世界へと一体化している。
追い詰められていたようだったから、リラックスできたらいいなとヨガの「木のポーズ」を教えたのだが……かれこれ一時間ほどこのままだ。
動かねぇ。さすがの持久力と筋力と体幹だよ。
「もう。フォートくん、私はそろそろ行くので、アラタさんのことよろしくお願いしますね」
「…………」
「フォートくん?」
「! あ、うん。……わかった」
(ここまでぼーっとしてるの珍しいな……)
フォートくんも決闘の後くらいから少々様子がおかしい。
今も心ここにあらずといった様子で、どうしたものかと腕を組む。
先日、多くの生徒の前でアルメラルダ様に愛の告白をしてしまったアラタさん。
すぐ誤解を解こうとしたらしいのだけど、アルメラルダ様が避けまくっているので現状会うに会えず、その間に噂だけが独り歩きしてしまった。
ほぼ全校生徒が見ていたし、年頃だからね。あんなのピラニアの池に肉放り込んだようなものよ。まあ~食いつくこと食いつくこと。
今や私とアルメラルダ様、アラタさんの三角関係が学園のトレンドである。
私→アラタさん→アルメラルダ様→私なので綺麗に三角関係で合ってるっちゃ合ってるんだけど。
でもアルメラルダ様が私に向ける感情は当然友愛であるし、アラタさんがアルメラルダ様にむけている気持ちはキャラ愛。
この中でまっとうに恋愛的な意味で矢印向けてるのは私だけなんですよね……。
その矢印向けている相手は現在、現実逃避に木になっているわけだけど。
(あ、これは気になる相手が木になっているってやつですかね? あはは……ぐっ)
あまりにも自然に親父ギャグみたいな思考してしまって自分でダメージ受けた。くそっ、前世め……! 私はまだうら若き乙女だというのに。
そして様子がおかしいのはもう一人。
密会会場からアルメラルダ様の所へ戻ると、彼女は部屋の中央をぐるぐる熊のように周っていた。他の取り巻きは現在席を外している様子。
変わらない自分がおかしいのか? と首を傾げつつ、アルメラルダ様に声をかけてみる。
「アルメラルダ様」
「! ファレリア。もどっていたの。……その。今日も、クランケリッツの所へ?」
「はい」
頷いて肯定すればアルメラルダ様はうろうろと視線を彷徨わせる。
「……まったく。いくらわたくしが魅力的だからといって、公衆の面前であんなことを言うだなんて。とんだ無作法者ですわ。ええ。そんな相手、なんっとも思っていませんわよ。………………………………まあ? ファレリアが付き合う相手としては、丁度良いのでなくて? 無作法者同士、お似合いだわ」
つんっとすまして言っているけど、挙動不審のため締まらない。
要するにアルメラルダ様は「告白されたけど自分はアラタの事をなんとも思っていないし、貴女の恋を応援している」と言いたいのだろう。
アルメラルダ様の暴力が愛情表現だと分かってからこの辺も理解できるようになってきた。
ちなみにこのセリフ、内容は微妙に変わっているが決闘後からすでに五回目である。
「お心遣いありがとうございます」
「べ、別に貴女のことを気遣ってなんかいないのですからね!」
(お手本のようなツンデレありがとうございます!)
いかん、ニヤニヤしてしまう。可愛い。
相変わらずの暴力は勘弁してもらいたいが、彼女の本心が分かった事で最近どうもアルメラルダ様の一挙手一投足が可愛くてしゃーないんだよな。
私としてはアラタさんのアルメラルダ様への気持ちがどんなものか分かっているため、本当に気にしていない。
それにもとよりフラれている身だ。これからも好きになってもらえるよう、やることも変わらないし……。
うん、特に気にならないですね! やっぱり。
私の事が大好きらしいアルメラルダ様は、私が好きな相手から告白されたことで大変に気まずい思いを味わっているようなのだけど。
(あ、でも気になることが無いわけではないか)
アルメラルダ様、告白に返事をしていないのよね。
私に対して気まずいと思うなら、まずアラタさんの告白を断ればいいだけなのに。
告白された時もあたふたしてその場を去ってしまったし、今もずっとアラタさんを避けている。
(お? もしかして……照れてる?)
もにょっと口の端が緩んだ。
え、なになになに? アルメラルダ様、照れてるの!?
そうよね。これまで好意を向けられるにしても、あんな真正面ドストレートなこと無かっただろうし! 貴族ってその辺やたらと遠回しにする傾向にあるからな。
え~、なにそれ。か~わ~い~い~! きゃーっ!
「……ファレリア。貴女、その気持ち悪い笑いはなに?」
「え?」
どうやら内心が表情に漏れていたらしい。
アルメラルダ様の前では昔から媚売り笑顔で表情筋ゆるっゆるなので、そういうのはすぐばれる。
「いえ。なんだか初々しいなって」
扇で脳天をかち割られた。
「ぁだっ!?」
「貴女は好きな相手が他の女に告白してなんとも思っていませんの!? 人をおちょくる暇があったら、相手の心を射止められるよう自分を磨いてはどう! さあ今日の特訓ですわよ! 準備はよろしくて!?」
「よろしくないです!」
「お黙り」
や、藪蛇ったぁぁぁぁぁ!!
その後数時間。
私はいつもの特訓が三日分凝縮されたような地獄を味わう事になった。
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