戦いのduet(終)~身の程知らずの想いを抱き
決闘後。
その健闘からか、もしくは無表情がデフォルトだと思われているファレリア・ガランドールから無邪気に喜ぶ姿を引き出した功績からか。
負けたにもかかわらず妙に周囲から褒められたフォートは、それに
「つか……れたぁ……!」
そうつぶやいた顔は少女を演じる彼とも斜に構えた普段の彼とも違い、純粋に年頃の少年のものだった。
フォートはしっかり部屋の鍵をかけると、ベッドに背中から倒れ込む。
どっと押し寄せてきた疲労感は、主に周囲への対応によるものだ。決闘に関しては体の疲労はともかく、心は充実している。
良い経験になったし、単純にファレリアとの決闘は楽しかった。
それに……。
『やったー!』
「……ふふ」
負けたものの、馬鹿みたいに喜んでいたファレリアを思い出すと笑ってしまう。
戦いの余熱なのか、ぽかぽか温かい感覚も心地よかった。
「あ……。……まあ、いいか。今日はもう、外出ないし……」
ぴりぴりと体を走る電流のような痛みにうっすら目を開くも、今はただただ体を休めたくて放置する。多少服がきつくなるも、破れるほどではないし良いだろう。
……鏡で今の自分を直視すればそれなりに嫌な気持ちになるが、それは見なければよいだけのことだ。
しかしフォートが完全に気を抜いていた時だ。それは来た。
「じゃじゃじゃじゃーーーーん! ファレリアちゃんのー! 突撃いきなりお部屋訪問ー!」
「!?」
鍵をかけたはずの扉が勢いよく開いたかと思うと、何かが入ってきてすぐに扉を閉めた。その間、約五秒。
そしてフォートが誰何する前に高らかな名乗り。気を抜いていた彼はベッドに倒れたまま、目を白黒させるしか出来なかった。
「ビックリしました? 驚きました? そうでしょう、そうでしょう! 鍵は預かってましたけど、訪問は初めてでしたものね!」
異様にテンションの高いファレリアはしっかり部屋へ防音の魔法を施すと、ずいっと近づいてきてフォートの隣に腰かけた。ベッドが軋む。
「え……何……ほんと何!?」
「ふふふ。君が純粋に驚いている顔、新鮮ですね。いやぁ~。勝者として、健闘した好敵手をたたえに来たっていうか~。ほら、あれですよ。褒めてくれていいんですよ!?」
「秒も目的を隠せないの? せめて建前を先に実行したらどうなんだよ。好敵手を称えに来たってやつをさ」
どうも勝ったから褒めろ! そういうことらしい。敗者に対する要求ではないが。
(犬……)
ファレリアの化身が犬の姿をしていたこともあって、今のファレリアは遠くに飛ばした枝をとってきて尻尾をブンブン振っている犬のようだ。褒めろ褒めろと全身で訴えている。
「……せっかく来てくれたところ悪いけど、さすがに疲れた。帰ってくれる?」
ともかく今はまずいと、心底うんざりとした声を出して冷たくあしらう。
するとファレリアは目に見えて落ち込んだ。
「そ、そうですか。すみません、そうですよね。ごめんなさい。ちょっと、こういうの初めてで……はしゃいでしまって。申し訳ありませんでした」
(三回も言葉を変えて謝るの、なに! これじゃ僕が悪者みたいじゃないか!)
しょぼくれて肩を落としたファレリアはすごすごとベッドから立ち上がったが、思わずフォートは上体を起こしてその手首を掴む。
「……すごかったよ。正直、驚いた。特に最初の罠」
「でしょう!?」
しおれた花のようだった雰囲気が一気にぱああぁっと開花する。
ファレリアはすぐに座り直すと、フォートの背中をバンバン叩いた。なれなれしい。その強さに思わずむせ返るフォートである。
「渾身の一手でしたね! 完全にあれで流れをつかみ取りました! 決闘の風は私に吹いていましたよ! ふっふっふ。一度言ってみたかったんですよ、罠発動! まさかこんな所で夢が叶うなんて、人生ってわからないものですね~! ま、二回目なんですけど! ……ん?」
でへでへと怪しい笑い声をあげていたファレリアだったが、ふと違和感に気付く。
そしてそのままいつもの距離感でフォートの体をぺたぺたと触った。
「ちょ、やめ……っ」
「フォートくん、体固くありません?」
姿勢や所作の指導、女性としての服の着こなしをレクチャーする時、ファレリアはよくフォートの体を触る。
きめが細かくすべらかな肌に、柔らかい肉の感触。女性と遜色ないそれに「魔法アイテムすげぇな」と感心していた彼女であるが、どうも今日は様子が違った。
肌のすべらかさは変わらないが、肉は張りがありつつ少し硬い筋肉質。骨格もよくよく見れば少しがっちりしていて、肩幅もやや広く首も少々太い。女生徒用の制服が少しきつそうだ。
「……もしかして、魔法アイテムの効き目きれてます?」
「……そうだよ」
かっと頬が赤くなる。
いつもの姉の姿としてならともかく、今はフォートの元の姿が女性の服を着ている状態。
それを見られ、認識されたのがどうしようもなく恥ずかしかった。
「へぇ~。本当だ。顔もいつもとちょっと違う! へぇ~。はぁ~。ふ~ん。もとのフォートくんって、そんな感じなんですね。ちゃんと男の子の顔だ!」
「あのね……」
黙ってほしくて口を開くが、言葉は上手く出てこない。それがもどかしかった。
(こっちはそっちと違って思春期なんだよ馬鹿……ッ)
結局内心で悪態をつくしか出来なかったフォートは、黙らせることは諦めてその話題から逃げる別の話題を探す。
そして。
「そういえばさ。ファレリアはアラタの何処を好きになったの? よく褒めてるけど、対応とか雑だよね」
出てきたのは、何故かそんな話題。
だが効果はてきめんだった。
「え、なになに。恋バナですか~? ふっふっふ。フォートくんもお年頃ですね! 気になっちゃうんですか? 教えてあげてもいいような、ちょっと恥ずかしいような~」
「あ、面倒くさいからやっぱいい。遠慮する」
「ごめんなさい調子に乗りました聞いてくれると嬉しいです! 友達と恋バナするの初めてなの!! させて!!!!」
梯子を外されそうになるや否や、ファレリアは必死に食いついてきた。
どうやら察するに、友達と恋バナ……恋愛話をするのは彼女の中で憧れのシチュエーションの一つだったらしい。
(友達……)
その言葉にひっかかりを覚え首を傾げる。
この奇妙な関係にそんな普通の言葉を当てはめていいのかという疑問が原因かと思ったが、それも少し違う気がした。
(……まあ、いいか)
ともかく今は、自分の姿から意識をそらさせるのが先決だ。そのためならいくらでも聞いてやろうではないか。
「それで?」
促すとファレリアは赤い目を輝かせた。
「どこを好きになったか、でしたね。う~ん。まずは、顔?」
「……。アラタには悪いけど、一目惚れされるような顔だっけ」
「前世の私、ゲームとかでも攻略できないモブが一番好きになるタイプだったっぽいのですよね。それが私にも引き継がれてるらしくて。ああいう顔が一番好みです!」
「……ふぅん」
ああいうのがいいのか。
フォートは無意識に鏡を見る。自分は姉に似ており、男にしては細身だがそれなりに整った顔をしていると思う。
だがアラタと比べると、その系統は明らかに違った。
「まあ、恋のきっかけなんて結構単純なものですよ。特別な何かが無くたって、「ああ良いな」となってしまったらもう負けというか? 恋は落ちるものだと言いますからね。足を踏み外したら、あとは転げ落ちるだけです」
「……怖いね」
「おほ~! もしかして、フォートくんは初恋まだですか? 気になる子はいないんです? お姉さんが聞いてあげますよ! どのクラスの子です? 先輩? 同級生?」
「あのさ。そんな暇ないし、第一僕は庶民。全部終わったらここから去るんだ。そんな相手作れるわけないだろ。こんな格好だし」
自分で言いながら、胸のあたりがズクリと痛む。
「……?」
「えっと……まあ、そうでしたね。君にとってここに居ることは、本来不本意な事。軽率なことを言いました」
「あ、別に。気にしてはいない」
「そうですか? では続きを!」
(こいつ……)
切り替えの早さが好ましくも憎らしい。
「あ~……。でも、恋か。さっきの例をもとに考えると、私のはちょっと違うのかしら。私は「愛せる人」を求めているから」
「愛と恋。それって違うもの?」
「ええ。似ているけど、違うものです。共存することはあっても、同一の感情ではないわ」
断言するそこには妙な説得力。
いつもまったく年上に見えないファレリアだったが、確かにそこにあったのはフォートより長い年月を生きた女性の顔だった。
「私はね。安心して一緒に過ごせる関係が欲しい。恋だけでは疲れてしまうもの」
疲れてしまうほどの恋を、以前したことでもあるのだろうか。
それがフォートの考えが及ばない"前世"という遠い異世界のことであったとしても。少しその話も聞いてみたい気がした。
「でもどうしたって、本当の意味で心を許せる相手に出会うのは無理だと思っていたし諦めていたのですよね。だから私、アルメラルダ様に近づいたの。アルメラルダ様悪役令嬢で性格悪いから適度に嫌われるように留めてもらって、行き遅れたら私も便乗しようって。どうせこの先誰かと結婚して、価値観の違う相手と我慢して生きていかなきゃいけないなら。……せめて実家でぬくぬく過ごせる期間を増やしたかったですからね」
「今、さらっととんでもないこと言った?」
「お~っとっと。これ、オフレコね」
「オフレコってなに」
思わぬところでファレリアがアルメラルダに近づいた理由が転がり出てきたことに驚愕しつつ、フォートは黙る。いちいち突っ込んでいたら話が進まない。
さっさと全部話させて満足したら帰ってもらおう。
「……まあ、そんなガバガバ計画、私だけでは早期から破綻していましたけどね。今のところ婚約者とか決められていないし、半分は達成できたと言ってもいいのかな? でも見ての通り、実家でぬくぬくどころか魔法学校で過酷な日々ですよ。まいっちゃうわよね」
そう言いつつ、ファレリアの様子はどこか楽しげだった。きっとこの生活も悪くないと思っているのだろう。
本人にそれを言えば「拷問まがいの事されてるこの現状を!?」と全力で否定されるのは想像に難くないが。
「でも! 出会っちゃったのよね~!」
華やぐ雰囲気に思わず後ずさった。
「アラタさん、結婚相手としてかなりパーフェクトなのよ! いいな~と感じたきっかけは見た目なんだけど、ノリ良いし価値観近いし、私の特殊な事情も知ってるし同じ境遇だし、一緒に居て楽! 楽しい! すっごくしっかりしてそうな半面で、意外とメンタル弱いのも可愛いわ。更には背景! バックグラウンド!! ご実家が伯爵家ですもの! お父様お母様も納得するお家柄だし、その上で五男坊! 私は一人娘だからどこかに嫁ぐ必要は無くてどうあっても婿を迎え入れなきゃいけない立場なんだけど、アラタさんのポジションってなにもかもが都合良いの!」
「…………」
意気揚々と語っているファレリアだったが、対してフォートは石でも飲み込んだような胸のつっかえを覚えた。
いつもならば「思った以上に打算まみれじゃん!」などと突っ込んだはずだが……今はそれが出てこない。
婿に相応しい身分。
それはどうあってもフォートが手に入れられないもの。
(あれ?)
何故自分は今、必要もないそれを手に入れられないものとして嘆いたのだろう。
(嫌だ。気づきたくない)
そう考えながらも思考は止まらない。
ファレリアとアラタ。この二人に関しては、アラタが受け入れたらおそらくその関係は確立する。
先ほどの試合でアラタが間抜けなことを口走っていたが、それは誤解が解ければいいだけのこと。
今回の決闘で、アラタはアルメラルダにも認められた。
しかし自分はいくら望んでもその可能性はない。
(その可能性ってなんだよ)
頭を掻きむしりたくなる。
あんな馬鹿に、あんな阿保に。あんな間抜けに!!!!
――――恋は落ちるものだと言いますからね。足を踏み外したら、あとは転げ落ちるだけです。
リフレインするその声に、苛立ちに似た感情が体を満たす。
きっと誰よりもあの少女のことを分かっているのは自分だ。
過ごした時間はアルメラルダに遠く及ばず、異世界の知識でアラタに劣ろうとも。
特異な魂から成る生い立ちも、本質も、好きなものも嫌いなものも目的も知っている。
一番本当の彼女と話してきたのは自分だ。それがまだ一年に満たない関係であったとしても。
…………なのに!
届かない。
身分も心も、なにもかもが。
……だからきっと、これは忘れた方がいいものだ。
「……ファレリアはさ」
「はい?」
「なんで、僕たちを手伝おうと思ったの。ハンカチのお礼とか言ってさ。わざわざ、こんな面倒なこと」
「……ええと?」
突然切り替わった話題に困惑する様子。
「やっぱり、アラタのため? 近くに居て、役に立って。好きになってもらうため?」
「ああ、そういう」
フォートの言葉に納得がいったのか理解の色を示すが、ファレリアは首を横に振った。
「それに関してだけでいえば、フォートくんのためですかね。もちろんアラタさんに会える! て気持ちが無かったわけではないけれど。きっかけは君ですよ」
「僕?」
「ええ。だって、すごいことですよ。いくら国の危機も関わってるとか壮大な話を聞いたからって。いえ、だからこそってのもあるんでしょうが。それでも。お姉さんの代わりにスカートはいて、学校通って、面倒な人間関係築いて。それを十五歳の君がやっている。しかも君はだ~れも「おかしい!」って言わずに放置してた私への仕打ちに怒ってくれた、とっても優しい子」
照れ隠しのように、額を小突かれた。
「そんな子、手伝いたくなっちゃうじゃないですか」
(ああ)
駄目だ。
転げ落ちる。
「ま、まあ。大した役には立てていませんけど」
「……別に、そんな期待してないよ」
「本当の事だとしても直に言われるとちょっと傷付きますよ!?」
乗り出すようにして不満を申し立ててくるファレリアを押し返すと、フォートはうつむいたまま彼女を立たせ扉へと追いやる。
「もう恋バナとやらも満足した? 本当に疲れたから、そろそろ帰ってよ。あと緊急用に渡してはあるけど、部屋の鍵は軽率に使わないで。見られたらどうするのさ」
「そ、それは反省しています。はい」
「じゃあね。また」
「あぴゃっ!?」
最後は突き飛ばすように部屋の外に追い出して(もちろん人が居ないことは確認した)、扉を閉める。
そのまま扉に背中を預け……ずるずると座り込んだ。
「馬鹿。馬鹿。馬鹿。ファレリアも、僕も馬鹿。なんだって、こんな……!」
本来ここに自分は居ない。
いくら魔法の才能があれど、姉のように「星啓の魔女」などという特別な資質があるわけではない。
だからこの気持ちには一生気づかないふりをするべきだった。
なのに。
「なんで……僕は……」
恨み言のように呟いてから、その気持ちに重石をつけて心の奥底へと沈めていく。
いくら望もうと、それが手に入ることはないのだから。
少年が初めて自覚した身を焦がす感情は、彼にとってあまりに残酷だった。
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