第022話
ルフト洞窟は3つの階層に分かれている。
1つは地上に近い初心者ゾーン。
2つは深い場所にある中級者・上級者ゾーン。
3つ目は、魔素の根源となる龍脈が通る場所。
魔素の根源を壊してしまうと、ダンジョンはもぬけの殻になってしまうから、3つ目の階層には近づちゃいけないことになっている。
生き物を食べることしか考えない魔物は、基本的に人間にとって外敵でしかないが、倒した時に貰える魔石や素材は、僕らの生活に役立つものばかり。
魔物の被害よりも、利益のほうが上回っている限り、ダンジョンを閉鎖させるのは国益にそぐわない。
もしも無断で龍脈を破壊されたら、他国のスパイが嫌がらせで破壊工作していることを疑うべきだろう。
洞窟に入って数分。
先週デスラッドに遭遇したところまで来た。
そろそろ剣を引き抜いておこうかな。
「待って、アウセル君。スキルの熟練度を上げるためにも、剣はいざという時にだけ使うようにしてみて」
「け、剣を使わずに戦うんですか……」
「大丈夫。危ないときはちゃんと守るから。そのために私がいる」
「……わかりました」
デスラッドが姿を現す。
目の前に魔物がいるのに、武器を持たないっていうのはかなり怖い。
でも、ラフィーリアが守ってくれると言ったんだ。
僕はただその言葉を信じて、やるべきことに集中するんだ。
「
泡の壁を作ると、デスラッドが思いっきり激突する。
デスラッドが怯んでる2つの泡で通路を塞いでデスラッドを閉じ込めて……内側にもう1つ泡を作って……押しつぶす。
圧死したデスラッドが灰になる。
よし。手数がかかるけど、これなら確実にデスラッドを倒せるな。
「確か、泡には他にも性質があるって」
「はい。『収縮』とか『張力』とか、泡で見られる性質がスキルにもあります」
「それぞれの性質で魔物を倒せるようになれば、それだけスキルの応用力がつくよ。例えば今度は、縮む力を利用してデスラッドを圧死させてみるとか」
「なるほど。やってみます」
泡の壁にデスラッドを閉じ込める。
デスラッドが入るように大きめの泡を作り、中の空気を抜くように、少しずつ小さくしていく。
そういえば、『収縮』の性質にはまだ名前を付けてなかったな。
草花が枯れる、萎れて小さくなるイメージだから、『
ちゃんと集中力を上げるために、しゃがんで縮こまるイメージをつけて発言する。
「
デスラッドは小さくなっていく泡から逃げ出すことができず、押し潰されて灰になる。
泡の中には、デスラッドが落とした魔石だけが残った。
『増殖』は増えるイメージで『
石鹸を泡立てるように、腕をぐるぐる回せば集中力があがる。
硬化させた小さな泡を大量に発生させれば、居場所を失った魔物はいずれ圧死する。
ただ増やしていくだけで倒せるから、圧死なら『
「次は『破裂』。やってみます」
「うん」
弾けるイメージだから『
手を叩いて音を鳴らすジェスチャーでいこう。
硬化させた泡を破裂させれば、飛び散った泡の破片が対象に突き刺さるはずだ。
泡を地面や壁に複数個くっつけておいて、デスラッドが通過する瞬間に発現させる。
「
破片が刺さったデスラッドは灰になった。
しかし、四方に飛ぶ破片は僕の方にまで襲いかかってきて、回避する余裕もなかった。
風のように眼前に現れたラフィーリアの背中。
複数のガラスが一斉に、違う場所で割れる音がした。
見ればラフィーリアの手には氷の剣が握られていた。
全く目では追えなかったけど、たぶん飛んできた破片を全部切り落としてる。
「便利な力けど、ちょっと危ないね」
「はい……」
『張力』は流石に攻撃には使えなさそうだ。
泡の表面張力は、どちらかというと『硬化』を助ける役割のほうが使いやすい。
「……ねぇアウセル君。君の泡って、半径5メートルくらいならどこからでも生み出せるんだよね?」
「はい」
「高低の範囲はどれくらい?」
「正確にはわからないですが、学園にいた頃は校舎の一番高い場所から、一階に泡を作れました」
「上下には幅があるんだね。1つ提案だけど、直接デスラッドの体内に泡を生成できないかな」
「……やってみます」
泡の中に閉じ込めたデスラッドに向け、腕を伸ばす。
泡の発生地点をデスラッドのいる場所に定めて、魔力を放出した。
苦しそうに藻掻き苦しむデスラッドが倒れると、口や鼻から泡を吹き出し始める。
ピクピクと動いていた体が完全に停止すると、デスラッドは灰になった。
圧迫とも『破裂』が作る裂傷とも違う。
これは窒息だ。
自分で発動させておきながら、見ていて少し恐ろしくなった。
呼吸する生き物に使えば、簡単に殺せてしまうことが容易に想像できるからだ。
それは人間に対してだって、例外じゃない。
「ラフィーリアさん……僕のスキルって……」
「君のスキルは間違いなく弱いスキルだよ。でも、君は努力でそれを補って、応用できるところまで成長してる。Cランク以上の冒険者より、よっぽど強くなってるともうよ」
「……」
その時、道の奥から生暖かい風が吹いてきた気がした。
薄気味悪い感触が頬を撫でる。
でもここは洞窟の中。風なんて吹いてるわけがない。
「気づいた?」
「……なんだか、奥から風が吹いてきたような感じが……」
「それが、魔物の気配だよ。よく覚えておいて」
言葉では表現し難いけど、壁の向こう側、直線上に何かを感じることができる。
これが気配……。
この感覚が掴めるようになったら、視覚や聴覚に頼らずとも魔物の居場所がわかるようになるのか。
これは確かに早く習得したほうがお得だし、安全だな。
気配が近づいてくるのがわかるのに、いつもの足音が聞こえないから不思議に思っていたら、ふわふわと飛んできたのは今までに出会ったことのない魔物だった。
「スモッグだね」
「スモッグ……」
教科書に載っていたのを思い出す。
洞窟内に充満したガスと魔素が結びついて生まれた魔物で、灰色の雨雲のような見た目をしている。
「気体系の魔物って、確か物理的な攻撃が当たらないんですよね?」
「うん。だから君があれを倒すのは少し難しいかも」
「ラフィーリアさんなら、倒せますか?」
「気体系の魔物は冷気で固体化させられる。けど……今ここでそれをしたら、だぶん洞窟内にいる冒険者が全員死ぬ」
「それは……やめたほうがいいですね」
「できればあのスモッグは早めに泡で囲ってほしい」
「え……あ、はい」
泡で囲うにはまだ少し距離があるから、僕はゆっくりと歩いて近づいた。
すると、こちらを警戒したスモッグは大きく頬を膨らませて、「フーーーーッ!」と大量の煙を吹きかけてきた。
視界が黒に染まる。
魔力ランプの灯りも遮ってしまって、真っ暗闇だ。
「うわっ!? なんだこれ!?」
「今のアウセル君の攻撃範囲じゃ間に合わないか……」
「ラフィーリアさん!?」
「大丈夫。ただの煙幕だから、落ち着いて。無闇に動くと、返って危険が増すよ」
「は、はい!」
洞窟内で発生した煙は、消えるのにかなりの時間が掛かった。
ラフィーリアがいなかったら、僕はパニックになっていたと思う。
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