第27話 成長報告②
前言撤回。やはり自分の弟子は可愛い。
スマートな割り込み方、さっと地図を書いて渡す仕草、相手を馬鹿にせずあきらめさせる重めの台詞。苦手にしていたはずの大人の男性に対しても、堂々した振る舞いができるようになった姿は立派な紳士に見えた。
だから褒めてみたものの、こう初心な反応を見せられたら可愛い以外の感想がでない。
オフェリアは小さく肩を揺らしながら正面の席をすすめた。
ユーグは少し拗ねた様子で腰を下ろす。
「お師匠様はもっと警戒心をもって行動なさってください。軽薄な人に絡まれている姿を見て、僕は肝が冷えましたよ。旅では危ない目にあいませんでしたか?」
「大丈夫よ。普段はフードを被っているから」
「なら、どうして今日は被っていないのですか? ここは住んでいた以前の街ほど平和じゃないんですから」
「だって一年ぶりの再会なのよ。ユーグが私を見つけやすいようにと思って」
「僕のため……」
拗ねていて不機嫌だったユーグの表情がじわじわと緩んでいく。オフェリアがユーグのために何かを用意すると嬉しそうにする仕草は、以前と変わらないようだ。
それを微笑ましく見ていると一変、ユーグは眉を下げ、不安げに揺れる眼差しをオフェリアに向けた。
「フードを被っていても、たとえ見慣れない新しいローブ姿でも、僕はすぐにお師匠様を見つけられる自信があります。だから僕への気遣いをするのなら、変な人に絡まれないよう気を付けることに重点を置いてください。心配で、心配で、落ち着いて学業に専念できなくなります」
それは大変だ。弟子が集中できる環境を整えるのが師匠というものなのに、応援するどころか足を引っ張るようなことはいただけない。
本格的に絡まれたとしても、魔術師のオフェリアならそこら辺のナンパ男なんて赤子の手をひねるように簡単に倒せる……が、そういうことじゃないのだろう。
ユーグが若干心配性すぎるような気もするが、気にかけてもらえるのは悪くない。くすぐったさを感じながら、ユーグを見つめ返す。
「分かったわ。気を付けるね」
オフェリアが頷いたことで安心したのか、ようやくユーグは幸せそうな笑みを浮かべた。金色の瞳にはうっすら涙の幕が張っているようにさえ見える。
「そうしてください。その……お師匠様に会えて、とても嬉しいです。お久しぶりです。お元気でしたか?」
「えぇ、もちろん。ユーグはどう? 学園の生活には慣れた?」
「はい。前期と後期の試験で学年首位を獲りましたよ」
テーブルに成績表が載せられる。ほぼ満点の数字が並ぶそれを前に、オフェリアも驚きを隠せない。
ユーグは賢いと思っていたが、想像以上の成績だ。星付きの特権を使って、基本的にはひとつ上の学年の授業を選択しているらしい。つまり定期テストの該当範囲の授業にまったく出席していないのに……首位をキープしているというのだから恐ろしい。
さらに話を聞けば、放課後は学年主任のクラークに誘われ、彼のもとで個人授業も受けているという。
(クラークさんは魔法陣のエキスパートでありながら、弟子をとらないことで有名な魔術師。十年前に会った時も、研究を極めるために弟子を気にかける余裕がないと言っていたのに……ユーグったら、クラークさんを動かすなんて凄いわね)
クラークの魔法陣への研究への執念は凄まじく、邪魔をしてしまいそうで、オフェリアさえも「解呪のヒントを探すのを手伝ってほしい」と彼に言い出せずにいた。
そんな大物に認められた弟子が誇らしい。
「やっぱりユーグは自慢の弟子よ」
「お師匠様の教えのお陰です。学園に入って、改めてお師匠様の教えてくれたことが、どれだけ凄いことだったのか改めて感じる日々です」
「付いてきたユーグが凄いのよ」
可愛い弟子に、素晴らしい話。コーヒーが実に美味しい。オフェリアは上機嫌で、ユーグの学園生活の話に耳を傾けた。
そうして約束通り、カフェや公園をはしごしながらオフェリアはユーグと一週間過ごした。
あっという間に最終日を迎え、見送りにきたユーグはそわそわした様子である物をふたつポケットから取り出した。そのひとつをオフェリアに差し出す。
「お師匠様、手を出してください」
「これは、羅針盤?」
オフェリアの手に載ったのは、文字盤に複雑な魔法陣が刻まれた羅針盤だった。針は迷子のようにせわしなく回り続けている。
「魔力を込めてみてください」
そう言われて魔力を流すと、針はピタッとユーグを向いて止まった。
一方でユーグの手に載っている羅針盤の針はオフェリアを指していた。
「お互いの場所が分かる羅針盤です。魔法陣の課題で初めて魔道具を作ったのですが、上手くいったので受け取ってくれませんか?」
「ありがとう。大切にするわ」
オフェリアは鞄ではなく、肌身離さず身に着けているポーチの方に羅針盤を入れた。
ユーグはそれを見て、口元を緩めている。
初めての魔道具をくれる師匠思いの弟子がいじらしい。
「健康が一番よ。頑張っても、無理はしないこと。また一年後に会いに来るわ」
「はい。お師匠様、いってらっしゃい」
「いってきます」
以前より高くなってしまったユーグの頭に手を伸ばし、オフェリアは軽く撫でてからダレッタの街を発った。
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