取引29件目 テーマパーク で お泊まりデート
***
「夢都、唄子。ご飯よー」
没頭して何時間が経過しただろう、母さんが飯の完成を告げている気がする。だとすれば軽く七時は好きていることになるな。
「嘘だろ……残業してしまった……」
基本的に残業はしない主義の俺が、特に急ぎの案件でもない作業で残業をしてしまった。
百鬼さんは多分重要な作業をしていただろうから妥当だが……まじかよ、時間無駄にした感がすごく惜しい。晩飯抜きでいいから時間を巻き戻してほしい。
「いや、やっぱ飯は食べたいな」
脳内での葛藤を断ち切り部屋を出ようとしたら、ちょうど唄子の部屋のドアも開いた。
百鬼さんも空腹に耐えかねたんだな。
「お疲れ、作業は捗ったか?」
「捗りすぎて残業っすわ」
「……君が自ら残業!?」
言いたいことはわかるけどそこまで驚かれるって、今までどんな印象持たれてたんだよ。
「今までは緊急時しか残業しなかった君が……自ら……」
「いやそこまで驚くことじゃないでしょ」
首を横に振り、「驚くべき事態だ」なんて深刻無表情で言ってる。これ揶揄ってるやつだな。
「明日は槍でも降るんだろうな」
「怒るっすよ?」
「ふふ、すまない。あまりにも珍しくてついな。仕事に対する熱意があるのはいいことだが、こんは詰めすぎないようにな?」
和やかに微笑む百鬼さんは、リビングへと向かって行った。
熱意が湧き出てきたわけじゃないんだよなぁ。
「二人ともお疲れ様、ご飯できてるわよ」
「ありがとうお母さん。手伝えなくてごめん」
「いいのよ、手伝いなんてたまにで。いつも働きすぎ、ちゃんと自分の時間も大切にね?」
「そうだそうだ、唄子は働きすぎだ」
手伝えなかったことを申し訳なさそうにしている百鬼さんに、母さんが優しい言葉をかける。
俺はそれに便乗して、百鬼さんにもっと休むように提言してみる。
「夢都はもっとちゃんとしなさい? なんの目標もなくのらりくらり人生を生きるのは死ぬより辛いわよ」
「そうそう、唄子みたいに夢を持っていきた方が絶対楽しいぞ」
「なんで俺には当たりが強いんだよ、反抗期入るぞ」
ちょっと便乗しただけなのに、すごく説教された気分だ。
俺は唄子みたいに、世界で通用するスキルが欲しい。みたいな明確な夢なんて持てないし、そもそもそこまで追いかけたいほどの夢はこの世にはないだろうな。
給料が上がると言われても資格を取る気はないし、確実に勉強が嫌いな体質の人間はのらりくらり生きるしか選択肢がないと思う。
「まぁまぁ、そのうち見つかるさ目標なんて」
「見つかるといいわね」
「だね」
なぜか両親と百鬼さんが俺に憐れみの視線を向けている気がしてならない。
目標や夢なんて結局叶えれるのはごくわずかな選ばれた人間のみ。
選ばれた人間は膨大な努力をしただろうけど、結局は運も絡んでくる。
比較的不運な俺には望み薄だ。
「あ、そういえば二人とも!」
飯を食べる手を止め、母さんが何かを思い出したように手を叩いた。
「明日予定空いてるよね?」
「明日? 私は空いている。お兄ちゃんは?」
明日に何かあるんだろうか、母さんが予定を聞いてくるのは珍しい気がする。
「俺も別に予定ない」
「そう! よかった、はいこれ」
……?
パーっと笑う母さんは、エプロンのポケットから横長の封筒を取り出して俺に手渡してきた。
その封筒には、ジャパンランドと記載されていた。
「ジャパンランドって確かテーマパークか?」
「うん、中身はそこのチケットだな」
覗き込むように封筒を見る百鬼さんは、不思議そうに眺めていた。
「母さん、急にどうしたんだ?」
「昨日友達の結婚式の二次会でビンゴして、ペアチケット当たったのよ」
二次会のビンゴでペアチケットなんてすごい豪勢な会だったんだな。
「それならお母さんたちが行けばいいんじゃないか?」
「ううん、母さんたちはもうそんな歳じゃないからね。二人で行っといで」
「父さんたちはその日高級フレンチ食べに行くしね」
あ、これまた家を留守にするのが申し訳ないから、俺たちにも外出するよう促してるんだな。
「じゃぁ俺らで行くか唄子」
「そ、そうだな」
少し身構えるような態度の百鬼さん。
そんな百鬼さんは、明日の準備をすると言って先に部屋に戻った。
にしてもテーマパークか。久しぶりに行くな。
しみじみとチケットを見ていると何かに引っ掛かる。違和感を覚える文がチケットに記載されている。
「なぁ母さん? このチケット、一泊二日ってかいてるんだけど?」
「そうよ。パークが提供しているホテルのスイートルームに泊まって、翌日も遊べるペアチケットよ」
まじかよ。一泊二日? 百鬼さんと? しかもスイート一室だろ? なんの拷問だよ。
今すぐ百鬼さんに説明して、予定を中止しよう。
皿を洗って、一応親にお礼を言って、俺は自室ではなく、百鬼さんがいる唄子の部屋をノックした。
「どうした? 焦ったような表情だが」
「焦ってんすよ!」
チケットを百鬼さんの顔の前に出して、説明する。
「スイートルームに一泊っすよ!? 俺と百鬼さんで」
「ああ、そう書いてあるな」
「……あれ、動揺しないんすね」
俺の予想では、百鬼さんは相当テンパると思っていた。
だが実際はとことん落ち着いていた。それどころか、すでに百鬼さんは程よいサイズのキャリーケースに荷物を詰めていた。
「知ってたんすか?」
「ああ、チケットに書いてあったからな。最初は動揺したが、お母さんたちの前だったからなんとか耐えたぞ」
百鬼さんは飄々とした様子で言葉を続けた。
「今の私たちは兄妹だ、それくらい問題ないだろ」
「……それもそうすね」
確かに、素の百鬼さんと同じ部屋に泊まるとなると理性が保つかわからないが、姿形が唄子なら全然問題はない。
百鬼さんが許容しているなら、俺も楽しむようにしよう。
「百鬼さんなに持って行くんすか」
「服と下着くらいだな。あとさっき調べたら動きやすい靴を予備で持って行くといいらしいぞ」
ウキウキとしている百鬼さんを見ていると、俺もなんだか楽しみになってきた。
「実は初めて行くのでな、とても楽しみだ」
「行ったことなかったんすね」
「ああ。それより見てくれ! パーク内にはこんなカチューシャやシャツも販売しているらしいぞ」
「ワクワクさんじゃん、超楽しそう」
五歳児レベルでテンションの上がる百鬼さんだが姿は唄子なので、昔遊園地に行く前のハイテンション唄子を思い出して微笑ましくなってしまった。
「幻中くん、明日は朝早くから行って並ぶ必要があるらしい。ちゃんと寝るんだぞ」
「うす、寝坊しないように注意します」
自室に戻り、俺も小さめのキャリーケースに必要なものを詰めていく。家からの距離は割と近いため、リュックでもいい気がするけど、百鬼さんに合わせてキャリーにする。
そして早々に眠りについた。
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