寝言の囁き

夜が静かに更け、月明かりが薄くカーテンの隙間から差し込んで、ユウとミナミの部屋を優しく照らしていた。ベッドの上で、二人は眠りにつこうとしていたが、その静かな時間の中には、特別な何かが流れていた。彼らは長い付き合いの友人だったが、最近になって二人の関係には変化が訪れていた。それは一風変わったもので、言葉では表現しにくいが、ある奇妙な出来事がきっかけだった。


ある夜、ユウが深い眠りの中で呟いた寝言、それが二人の関係を変えた。ミナミがその言葉を聞いたのは、ちょうど春の夜風が窓を揺らしていた時だった。


「ミナミ、愛してるよ…」


その瞬間、ミナミは驚きに目を開けた。何度もユウの寝顔を見つめ、確かめるように耳を澄ませた。彼が言った言葉は、間違いなく自分に向けたものだった。だが、その言葉を発したユウは、深い眠りの中にいた。寝言だったのだ。


驚きと共に胸に広がった喜び。ミナミはしばらくユウの穏やかな寝顔を見つめていた。自分が密かに抱いていた思いが、同じように彼の中にもあったのかもしれないという可能性に、彼女は心が弾んだ。


翌朝、彼女は興奮気味にそのことをユウに伝えた。「昨日、あなた寝言で『愛してる』って言ったのよ」と。


しかし、ユウは首を傾げた。「え?本当に?全然覚えてないけど…」と苦笑いを浮かべるだけだった。彼の反応にミナミは少し肩透かしを食らったように感じたが、どこか腑に落ちる部分もあった。ユウは普段からあまり感情を表に出さない性格で、いつも冷静で落ち着いていた。そんな彼が、眠りの中で素直な気持ちを口にしたのかもしれない。ミナミは彼の寝言が真実だと信じたい気持ちが強くなった。


それ以来、ミナミはユウの寝言を注意深く聞くようになった。彼が寝息を立て始める頃、彼女は隣でそっと耳を澄ませ、彼が再び何かを言うのを待ちわびた。毎晩ではなかったが、時折ユウは寝言でミナミに甘い言葉を投げかけた。時には、「一緒にいよう」と囁くような声で、時には優しい調子で彼女の名前を呼んでいた。


ミナミはその寝言を聞くたびに、彼が心の中では自分を大切に思っていることを感じ、次第にその寝言の言葉が彼女の心に安心感を与えるようになった。彼女にとって、ユウの寝言は彼の本心が漏れ出る瞬間のように思えた。


数週間が過ぎ、二人の距離は自然と縮まっていった。昼間のユウは相変わらず理性的で冷静だったが、寝言で彼が見せる甘い一面を知るミナミにとって、彼との時間はより特別なものとなっていった。


そして、ある晩のことだった。いつものように、二人は隣同士で眠りにつこうとしていた。月明かりがカーテンの間から差し込み、部屋に柔らかな光が広がっていた。ミナミがうつらうつらしながらユウの寝顔を眺めていると、再び彼の口から言葉が漏れた。


「ミナミ…結婚しよう…」


その言葉に、ミナミの心臓は大きく跳ね上がった。彼の寝言は、彼女の胸の奥深くに響き渡った。ミナミは驚きで目を覚まし、しばらくユウの顔をじっと見つめた。彼は相変わらず深い眠りの中で穏やかに息をしていた。その言葉が現実のものではなく、夢の中でのものだという事実が、ミナミにとっては少しだけ苦しかった。


翌朝、ミナミは再びユウにその寝言を伝えた。「昨日の夜、また寝言を言ってたわ。『結婚しよう』って…」


しかし、ユウはまたしても驚いたように笑った。「また寝言か…。僕、本当に覚えてないんだよ、全部。」


その瞬間、ミナミの心に悲しみが押し寄せた。彼の寝言を信じていたい気持ちは強かったが、現実のユウは何も覚えていない。彼の気持ちは本当にそうなのだろうか。ミナミはしばらく迷っていたが、その夜、ついに自分の気持ちをはっきり伝えることを決心した。


その晩も月明かりが部屋を包み、二人は再び隣同士でベッドに横たわっていた。ミナミは少し緊張しながらユウに向き直った。


「ユウ、私もあなたを愛してる。結婚しようって言ったよね。私、本気であなたと一緒にいたい。」


ユウは驚いたように目を見開き、しばらく言葉を失っていた。そして、彼の表情は徐々に温かな微笑みに変わっていった。「ミナミ、本当に…?」


ミナミは真剣に頷いた。「あなたの寝言をずっと聞いてた。それがあなたの本当の気持ちだと思ったから、私も同じ気持ちでいたいと思ったの。」


ユウはしばらく沈黙した後、ふわりと笑い、ミナミを優しく抱きしめた。「ミナミ、僕もずっと君を大切に思ってた。寝ている間に出てきた言葉たち…それは僕の心の奥底にある本当の気持ちだったんだ。だから、結婚しよう。君となら、一緒に幸せな未来を築ける気がする。」


ミナミはその言葉に涙を流し、彼の胸に顔を埋めた。喜びの涙が彼女の頬を伝い、彼らの間に流れる空気が一層温かくなった。


その夜、二人は長い時間をかけてお互いの気持ちを確認し合い、やがて一つの結論に至った。寝言という奇妙なきっかけで始まったこの恋は、ついに現実のものとなり、彼らは新たな一歩を踏み出したのだ。


そして、その夜もまた、ユウの寝言が響いた。「ミナミ、君と一緒にいると、本当に幸せだよ…」


ミナミはそっと微笑み、その寝言を聞きながら眠りについた。彼の言葉は、今度こそ彼女にとって、現実の愛の証だった。寝言から始まった恋が、現実の絆となり、二人はその愛を永遠に誓い合ったのだ。


月明かりが二人を静かに包み込み、その愛の瞬間を見守っていた。そして彼らの心は、これからもずっと一つであり続けることを、月の光がそっと祝福しているようだった。

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