雨に濡れた再会

あの日、雨が降っていた。 美紀は、重い心を抱えながら駅へと急いでいた。彼女の手には濡れた傘が握られており、冷たい雨がその心の内をさらに冷やしているように感じられた。彼女は、彼氏の誠との別れを決意していた。もう後戻りはできないという覚悟が胸の奥にあったが、それでも心は揺れ動いていた。


誠と美紀は高校時代からの付き合いだった。初めて会った日、彼女はすぐに彼の穏やかで優しい笑顔に心を奪われた。彼はクラスの中心的な存在ではなかったが、誰に対しても公平で思いやりのある性格で、彼女は自然と彼に惹かれていった。二人は友達から恋人へと関係を進め、高校時代の甘く輝く日々を共に過ごした。初めてのデート、手を繋いで歩いた帰り道、そして初めてキスを交わしたあの日――すべてが彼女の心に鮮明に刻まれていた。


だが、時が経つにつれ、二人の間には少しずつ距離が生まれていた。高校を卒業し、社会人になった彼らは、それぞれの生活に追われるようになった。誠は仕事に没頭し始め、彼の笑顔は次第に少なくなり、代わりに疲れ切った表情が増えていった。美紀もまた、新しい環境での生活に慣れるのに必死で、二人が一緒に過ごす時間は減っていった。


そんなある日、雨の降る夕方、美紀は偶然にも誠が他の女性とデートしている姿を目撃してしまう。二人が仲良く笑い合い、まるでかつての自分と誠を見ているような光景に、美紀は動くことすらできなかった。彼女の胸は張り裂けそうになり、言葉では表せないほどのショックが彼女を襲った。その瞬間、彼女の中で何かが壊れたように感じた。


その出来事がきっかけで、美紀は誠との関係を見直さざるを得なかった。これまで築いてきた信頼や思い出が、一瞬で崩れ去るような感覚が彼女を苛んだ。数日間、彼女は何度も考え直そうとしたが、結局、彼との別れを決意するに至った。その決意は、彼女の胸の奥底に重く響いたが、裏切りを受け入れることはどうしてもできなかった。


駅へ向かう道すがら、美紀の心には過去の思い出が次々と蘇ってきた。あの懐かしい高校時代の記憶が、まるで映画のように彼女の目の前を流れていく。雨宿りをした公園のベンチ、そこで交わした初めてのキス、その時の緊張と喜びが今でも鮮明に思い出された。雨の音が二人を包み込んでいたあの瞬間、彼女は本当に幸せだった。


美紀は自問自答しながら歩いていた。別れることが本当に正しいのか、このまま関係を続けるべきか、心の中で何度も問いかけた。しかし、誠の裏切りの光景が頭から離れず、最終的に彼との別れを選ぶことにした。それが彼女にとっては最も難しい決断だった。


駅に到着した美紀は、待っている誠の姿を見つけた。彼もまた、緊張した表情で彼女を待っていた。美紀が近づくと、誠は小さく微笑んだが、その笑顔はどこか儚げだった。彼女は一瞬言葉を失ったが、心を強く持ち直し、誠に向かって別れを告げた。


「私たち、もう終わりにしよう。」


誠は驚いたように彼女を見つめた。彼は美紀の手を握りしめ、何かを言おうとしたが、彼女の瞳の奥にある決意を感じ取ると、その手を離した。彼の表情には後悔と悲しみが滲んでいたが、美紀はそのまま彼に背を向けて歩き出した。振り返ることなく、彼女はその場を去った。


後になって、誠は自分の過ちを深く悔いた。彼は美紀に何度も謝罪しようとしたが、彼女は心を閉ざし、彼に再び会うことを拒んだ。誠は自分が失ったものの大きさを痛感し、美紀への愛がどれほど深かったかを遅まきながら理解した。


時は過ぎ、季節が巡り、再び雨の日が訪れた。美紀は誠との思い出を心の中で蘇らせながら、かつての場所を歩いていた。雨音が、まるで過去の記憶を呼び覚ますかのように静かに響いていた。彼女はあの日、二人で雨宿りをした公園のベンチにたどり着いた。そこに座り、彼と過ごした日々を思い返した。


その時、ふと背後から誰かの気配を感じた。振り返ると、そこには誠が立っていた。彼もまた、彼女との思い出に導かれるように、ここへ来ていたのだった。二人は無言で見つめ合い、過ぎ去った日々の重みが二人の間に漂っていた。


誠は静かに言った。「美紀、僕は君を裏切ってしまったことを本当に後悔している。君を傷つけた自分が許せない。でも、もう一度だけ、君とやり直したいんだ。」


美紀は彼の言葉を聞き、心が揺れた。彼女の中にはまだ誠への愛が残っていることを否定できなかった。彼の謝罪は真剣で、彼がどれほど悔いているかが伝わってきた。


しばらくの沈黙の後、美紀は小さく息をつき、誠に向かって静かに言った。「もう、二度と私を裏切らないで。」


誠はその言葉を聞いて、涙を流しながら必死に頷いた。彼は美紀をしっかりと抱きしめ、再び彼女を失わないことを心に誓った。


雨の中、二人は再びキスを交わした。その瞬間、彼らは過去の痛みと悲しみを乗り越え、新たなスタートを切ることを誓った。雨音は二人を包み込み、まるで祝福するかのように静かに響き続けていた。


彼らの物語は、裏切りと和解、そして再び芽生えた愛によって彩られていた。これからの道は決して平坦ではないかもしれないが、二人はこの雨の日に交わした誓いを胸に、共に歩んでいくのだった。

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