第16話 新しい部員はトイレの花子さん!?
そこには、トイレの便器に腰かけた女の子がいた。
おかっぱ頭、赤いサスペンダー、赤いスカート……。
まさに、イメージ通りの、トイレの花子さんだ。
後ろで、ドタン、と音がした。
マキが尻もちをついている。
アヤノとカリンも、あぜんと立ち尽くしている。
その少女は、じろっとこちらを向いた。
イロハは、少女と目が合ってしまった。
しばらく沈黙が続く……目を逸らせない……。
しばらくすると、慣れてくるものだ。少女がスマホを持っているのが分かった。
「なにをしているの?」
イロハは自然と声をかけてしまった。
アヤノもカリンも、驚いてイロハと少女を見比べる。
「ああ、ふざけんなよ!」
少女が大声で言ったので、みんなびっくりした。
「キサマたちが大声をあげるから、間違えてドル円ショートうってしまったわい!」
少女なのに、老人のような話し方だ。
「ああ、ドル円が~どんどん上がってゆく~どうするんじゃ~、ううう~」
少女はうめき声を発する。
「あの、もしかして、投資をしてるの?」
イロハが問いかける。
アヤノとカリンが、あたふたしているが、気になって仕方がない。
少女は、カチっとスマホの電源ボタンを一度押した。
「そうじゃよ! 今はお金がないと、何もできぬからの」
「えーと、あなたは、トイレの花子さんなの?」
「うむ。そう呼ばれているかの。もう何十年もここにおるわい」
「お化けも、お金が必要なの?」
花子は、一同を睨んだ。
アヤノとカリンは、何も言えずに立っている。
マキは、ヒーっと声をあげている。
「当たり前じゃ! おぬしら資本主義って知っているかの? 日本は資本主義の国なんじゃぞ! お化けだろうと宇宙人だろうと、日本にいればお金が必要なんじゃ!」
みんなは、顔を見回した。
「あの、スマホだけでいいの? パソコンの方が、チャート分かりやすいよ?」
ちょっと、イロハ、とカリンが声をかけるが、イロハは続けた。
「うーむ、たしかにパソコンの方が分かりやすいようじゃが、わしは呪縛霊の類じゃからの。トイレ同士を結んでしか移動できんのじゃよ」
「す、すごい、超常現象ってやつ……」
カリンが言った。
「うん?」
花子がカリンを見ると、カリンは、
「ううっ」
と言って怖がった。
「はぁ、これだから人間は分かっておらんのう。もう解明されているじゃろ。量子もつれを利用して、量子テレポーテーションして移動しているんじゃよ。もっと物理学の勉強をせんか」
まさか、花子さんから物理の話が出るとは思わなかった。
イロハは、フフっ、と笑ってしまった。
「もっとも、昔は、学校の中でや外にも移動できたぞ。とは言っても、シンクロするには、とても貧しかったり、不幸だったりする人に、取り憑くしかなかったのだがの。最近はみんな平和ボケしておるからのう……トイレ同士しか移動できんのじゃ。うん?」
花子は、イロハを見た。
「うーむ、おぬしとなら……」
イロハは、少し後ずさった。
「おお、おぬしが近くにいれば、移動できそうじゃ! 久々じゃの、こんなに不幸な者は」
みんなはイロハを見る。
「うん、おぬしら、こやつをいじめておるいじめっ子かの? いじめはよくないぞ?」
花子は周りを見回す。
「ううん、この人たちはみんなとってもいい先輩。わたしが不幸なのは……」
そこまで言って、イロハは黙ってしまった。
「ふん、まあよいわ。とにかく、そなたとなら移動できそうじゃ。パソコンのある部屋ならあるじゃろ。どれ、連れていってみよ」
みんなは、顔を見回す。
「まあ、連れていくだけなら……」
花子はニコニコしながら、みんなの後を連いてくる。
正確には、イロハに取り憑いたと言った方がよいのだろうか。
アヤノとカリンは、まだ怖がっているし、マキなどは、ガタガタ震えながら、後ろからついてくる。
「ところで、おぬしたちは何かの部活の仲間かの?」
花子が聞く。
「うん、投資部の」
「なんと、投資! これは僥倖じゃ!」
投資部の部室の前まで来た。
「おお!」
投資部と書かれた表札を見て、花子の目が輝いた。
「うんうん、よいのう。レッツゴーじゃ!」
花子が真っ先に部室に入っていく。
「おお、パソコン! いいのう。最近、いじる機会がまったくなかったからのう」
花子がパチパチとパソコンのキーボードをたたく。
「うん? デモトレード。こんなので勝っても、本当のお金を動かさないと意味がないぞ。どーれ」
どこかの証券会社のホームページにアクセスしている。ユーザーIDとパスワードを入力していく。
「うんうん。やっぱりキーボードの方がいいのう」
花子はニコニコしながら、作業を進める。
「おお、出たぞ出たぞ。いいのう、大きな画面でチャートが見られる。月足も、こんなにたくさん表示させることができるわ」
花子は、周りの人などお構いなしで、トレードに打ち込んでいる。
「えーと……」
カリンがつぶやいた。
「トイレの花子さんが、投資しているけど、いいの、これ?」
みんな、うれしそうに取引している花子を見つめる。
「まあ、悪意はないようですし、いいんじゃないでしょうか……」
たしかに、花子からは、怖い、といった印象はない。
むしろ、無邪気にトレードしている投資家だ。
「ああ、やっぱり、だめじゃー!」
カチカチとマウスを動かしている。
「ふう、今日は儲からんのう……」
花子が、ふう、と息を吐く。
「どうしたんじゃ。おぬしらも投資部なら、トレードせぬのか?」
みんなは、顔を見回す。
「ま、まあ、そうだよね。投資、しようか」
「ですね。やりましょう。イロハちゃんも、頑張ろうね」
「はい」
みんなは、パソコンの前にすわって、トレードする。
「って、マキ、剣道部には戻らないのかよ?」
「この状況で、戻れるわけねーだろ」
マキは、青ざめながら、チャートを表示させている。
しばらく、時間がたった。
「うーむ。円は弱いのう。何の通貨がいいかのう」
花子の独り言以外、誰も口を開かない。
イロハは、そんな花子が気になっていた。
(お化けっていっても、やっぱり相場の行方は分からないんだ)
花子の真剣な表情を見ていると、いつしか怖さは感じなくなっていた。
「あの、花子……さん? 花子さんは、いつから投資をはじめているの?」
みんな一斉に、質問したイロハを見た。
それはそうだ。自分からお化けにすすんで話していく人など、あまりいないだろう。
「うーむ、リーマンショックの前くらいからじゃのう。その時はガラケーで取引していたのう。通信速度が遅かったから、たいへんじゃったぞ」
イロハは、リーマンショックという単語は、聞いたことがあった。
自分が生まれた年くらいの話だ。
「あの時はひどかったのう。ついに世界恐慌の再来かと思ったわい。もっとショートを打っておけばよかったのう」
周りをみると、先輩たちが、ソワソワしている。
「スマホができてからは、取引がやりやすくなったのう。昔とは大違いじゃ。しかし、最近は世知辛いのう。新型コロナにウクライナに……」
バン! と机をたたいて、カリンが立ち上がった。
「もう、我慢できない! 花子さん、これまでの経験教えてよ!」
「うん、わたしも、聞きたいです」
「えー、おまえら、マジかよ……。でも、うちも聞きたいぞ!」
みんなは花子を取り囲む。
花子は、きょとんとしたが、すぐにニコリとして、
「おうおう、よいぞよいぞ。まずはサブプライムローンの話からじゃの」
世界経済について語っていった。
日が傾いた頃、ようやく新型コロナウイルスのパンデミックにともなう、サーキットブレーカー発動まで話が終わった。
みんなは花子を囲んで、じっくりと聞いていた。目が輝いている。
イロハも、これまで生きてきた中で、なんとなくニュースで耳にしていた話題が、これほど経済と関係していたのだと知ることができて、驚いていた。
「いやあ、これほど語ったのは久しぶりだったわ。楽しかったぞ」
花子も、満足そうだ。
「よし! 決めたぞ!」
突然花子が大声をあげた。
「わしも上下じょうげ高校の生徒になってみようかの」
みんなは、花子の思いつきにポカンとした。
イロハも、学校に通うための手続きを自分でした経験から、それが難しいことをよく知っている。
お化けである花子に、住民票などあるのだろうか。
「えーと、そんなこと、できるの?」
花子はイロハの方を向く。
「うーむ、少し面倒じゃが、できなくはないのう。ちょっくら役所のサーバーに忍び込めば、なんとかなるんじゃよ」
みんなは、顔を見回す。
「しかし、問題もあるんじゃよ。名字はどうしようかのう。なにかいい考えはないかの?」
みんなは、腕組みして考えた。
カリンが、ぽんと手を叩いた。
「おう、何かひらめいたかの?」
「うん、トイレの花子さんだから、便所ってのはどう?」
「おい、呪ってやるぞ……」
次にアヤノが手を挙げて、
「今のトイレはさわやかなので、涼風なんてのは……」
「うーむ、ちょっとキラキラネームすぎるの……」
マキが手をあげて、
「三番目は?」
「安直すぎじゃ。滑稽役者か」
みんな、頭をひねる。
「えーと、こんなのは、どうでしょう」
イロハが言う。
「投資の元手を種銭っていいますよね。種をたくさん増やすって意味で、千種ちぐさというのはどうでしょう。千種花子」
みんなは花子を見る。
「千種花子……。おお、なんか、いいではないか! 気に入ったぞ。これから、人の世界では千種花子と名乗ろうぞ!」
花子は、うんうんとうなずいた。
「よし、それじゃあ、これからわしも投資部の一員じゃ」
「ええ! 学校に通うだけじゃなくて、投資部に入ってくれるの!?」
みんなは、顔を見回した。
「うむ、それは、そうじゃろ。上下高校に通うことイコール、投資部に所属するということじゃ」
カリンが、
「やったー! これで、大会に出られるぞ!」
と叫んだ。
アヤノも、少し困った表情をしながらも、うなずいている。
後ろで、マキは、感動したようで目をウルウルさせている。
「大会? うん、なにかよく分からぬが、よかったのう」
花子もうれしそうだ。
「どーれ、それじゃあ、受け入れてくれたおぬしらに、一つ今後の為替相場の占いをプレゼントするとするかの。これも一興じゃ」
花子は、近くにあった紙に、何か書いていく。
みんなは、紙をのぞく。
「あ、えっと、これって……」
カリンが、青ざめていく。
アヤノもマキも、同様だ。
花子は、中心に鳥居の絵を書いて、その下に、「L」と「S」と文字を書いた。
「よーし、これからのドル円について占ってみようぞ」
「ちょ、ちょっと花子さん、これってもしかして、コックリさんをやるの?」
カリンがおそるおそる聞く。
「うむ。あやつと会うのも久しぶりじゃのう」
みんなの顔が青ざめているのに、花子は嬉しそうだ。
「いや、それは、やめておいたほうが、いんじゃ……」
「何を言う。やつに効けば百発百中じゃ」
花子はポケットから10円玉を取り出して、鳥居の前に置いた。
「ほれ、何をしておる。みんな指を10円玉に乗せんか」
みんなは、おそるおそる10円玉に手を乗せる。
「よしよし、では、コックリ~コックリ~、ドル円は今後どうなるかの~?」
10円玉はピクリとも動かない。
「うん? どうしたのかの? お~いコックリ~どうなっとるんじゃ~? ドル円は今後どうなるんじゃ~」
沈黙が流れる。
「お~いコックリよ~、何をしておる、ストライキか、さっさと教えんか!」
花子が言った時、みんなが指を乗せていた10円玉が、ありもしないようにあちこちに動き出す。
「え、なにこれ!」
「うわ!」
みんなは、10円玉の動きが速すぎて、10円玉から指を話してしまった。
その時、紙の中から声が聞こえた。
「ふざけるな!!」
なんとも不思議な声で、しかも怒っている。
「そんなもん岸田と黒田に聞けやボケ! 色恋沙汰を教える比じゃねーんだぞ! そんなの分かれば苦労しねーわ!」
10円玉が床に落ちて、花子の足元に転がっていった。
「だ、そうじゃ……」
みんなは、その場に立ち尽くした。
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