環国華伝 〜古代中華風の国に転生しても平凡だった(ただしイージーモードでスタート)

灯璃

瑞の娘

第1話


 唐突ですが、私、ずい 珠香しゅかは、前世の記憶を持っている。それというのも、どうやら異世界転生なるものをしたらしいのだ。神様とかには遭わなかったし、特殊な能力も持ってない。

 ある日突然、母が死んだ日に、私はここではない世界で生まれ、事故で唐突に死んだ事を思い出した。

 現代日本、という区別になるのだろうその世界で、私は専門学校を卒業し就職先の会社で一般事務をしていた。異世界転生、というのも、その時暇つぶしに読んでいたラノベがそういう物語で、今の境遇と似てたから便宜上そう呼んでいる。


 そして、今いる世界は、古代中華風、とでもいうのだろうか。中国ではないのは、名称や歴史が私の知っているものと違うので、そう判断した。街の景観や服装は、まさに中華! という感じなのだが。不思議。

 ちなみにこの国の名は、国とも違うらしいがここは、かん、という。諸侯しょこうが治める土地らしい。戦国時代の日本と似てるのかな? で、ええと、諸侯というのは……うう、まだあんまり覚えられてない。勉強って大変。


珠香しゅかー、どうした。はぐれるぞ」


 人込みの中から、知った声がする。それは今の世界、今世の兄の声だった。

 そうだった。

 私は今、今世の母の墓参りが終わり、城下町で行われる新年の祭りで、屋台などが沢山出ている大通りに居るのだった。母の墓参りの後は、家族揃ってここを見物しながら帰るのが恒例なのだ。

 私がぼんやりしていたのを心配して、兄が戻ってきてくれた。

 兄は、22歳とは思えぬ迫力のある渋面じゅうめんを作れる、割と目鼻立ちの整った人だ。真面目で厳しいが、兄妹思いの良い兄だ。

惜しむらくは、前世の私がそれ以上の年まで生きていたので、兄だけど年上には思えない、という複雑な感情を抱いて生きている事だろうか。が、兄弟がいなかったので、兄というものに憧れがあり、妹、というのを喜んで演じている自分がいる。


「はい、兄上。すみません」

「全く。ほら行くぞ、あいつらが迷子になる前に家に帰らないと」

「そうだね」


 渋面を作りながらも、私の手を取って、連れて行ってくれる。今世の私は既に16歳なのだが、過保護な事だ。

苦笑しながら、前方を見た。前方には、身なりの良い服装をした大男と、その両脇を歩く高校生ぐらいの、背丈が全く一緒の男女。一方が右を向けばもう一方も右、さらに左を向けば、同じタイミングで左を向く。そして、バッと同じタイミングで後ろを、こちらを振り返った。


「あ、兄上! 珠香がまたはぐれそうだったの?」

「ちゃんといた?」


 声の高さまで、一緒。そして何より驚愕なのが、顔が男女で一緒である事だろう。

 そう、一卵性双生児、というやつである。だが、男女でここまで似ているのも珍しい。

 女の子は、女性にしては少し背が高くて顔が凛々しく、男の子は平均的な身長だが、可愛らしい顔をしている。それが、世にも珍しい双子の男女を似せている。この世界では、まさに世にも珍しい双子、なのだが。


「ああ、はぐれる所だった」

「大丈夫だよ。はぐれても家まで帰れるし」

「どーだかー。珠香はぼんやりしてるから、悪い人にさらわれそう」

「なんだと! そしたらそいつの家まで追っかけて潰さないと!」

「こらこら、をひけらかすなと言っているだろう」


 喋ったのは順番に、一番上の兄、伯景はくけい

 次が私、珠香しゅか

 そして、伯景の下で私の上、双子の男子の方、悠陽ゆうよう

 双子の女子の方、春陽しゅんよう。春陽の方が血の気が多くて、いつもビックリする。

 そして最後が今世の父、劉勇りゅうゆう。大柄な男性だが、目鼻立ちがハッキリしていて、美丈夫びじょうふ、らしい。私の感性で言うと、男らしいイケメン、か。


 そう。とにもかくにも、この家族は顔が良い。伯景も眉を寄せて渋面をしていなければインテリっぽいイケメンだし、悠陽もたれ目がちの可愛い顔をしたイケメン、春陽も凛々しい顔のイケメン(女)。そして極めつけが、


「あら、お帰りなさい。お父様、あにさま、あねさま」


 満面の笑みをこちらに向け出迎えてくれる、まさに百年に一度の美しい少女。この美少女こそわが妹にして瑞家ずいけの至宝、玉雲ぎょくうんである。眩しい! いつ見ても、わが妹ながら、眩しい笑顔!かわいい!


 どうやら、私がまたぼんやり考え事をしている間に、自宅に帰りついていたようだった。自宅と言っても、屋敷だ。マジででかい。

 この家族は環では貴族の地位にあり、父はこの国の軍のトップに立っている。

 私、前世でそんなに徳を積んだのか、と思うぐらいイージーモードで始まった事だけは、本当に感謝している。感謝している、が、


「ただいま。なんだ、環姫かんきさまの新年の行事は終わったのか?」

「ええ。でも急に、たいのお客様がいらしたの。そちらの対応に行かれたので、お暇をもらって帰ってきました」

「なんで戴の使者が急に?」

「さあ?」


 絶世の美少女と、イケメンとイケメン(女)が、顔を突き合わせて、首をかしげている。そんな中で、私だけ、私だけが! 平凡な顔をしている。何故、ここだけ前世基準なのか、本当にわからない。前世の私は、クラスに一人はいる地味子だった。平凡というか下位グループにいて、目立たず、騒がず、目を付けられないようにびくびく暮らしていた。


 今世の環境が良すぎたから、顔まで言うのは贅沢だとわかっているけれど、この美男美女家族にいて一人だけこうも平凡な顔だと、悪目立ちしてしまう。平凡で悪目立ちって相当居心地悪いけど、環境が良すぎるので陰口は慣れるしかない。

 ちなみに、父方の祖母も、絶世の美女だったそうだ。今でもシャンとしたお婆様で素敵だけど、若い頃はそれはそれは凄まじかったらしい。玉雲が百年に一度なら、祖母も百年に一度の美女。インフレ起こしすぎだろうこの家系。遺伝とは凄い、いろんな意味で。


「とりあえず、姉さんもぎょくも、今日はここで食べていくでしょう? 準備するね」

「わぁい。私、珠香姉さまのご飯だいすき」

「ああ、珠香の飯はうまいよな。後宮の料理ってさあ、割と味付け濃いよな。うちのご飯が食べたくなるんだよ」

「あれは、冷めても美味しく食べれらるようにしているのですわ」

「環姫さまにも、暖かい料理食べさせてあげたいな」

「そうですねぇ」


 この国は、私の認識では古代に近い。

 電気などはもちろん無いし、蛇口から水も出てこない。火もいちからおこさなければならい。

 そして何より使用人、という人達がいる。奴隷とは違う。その家に雇われて、こういった人力が必要な家事や仕事をしてくれている。だから、雇っている側の家の住人は、何もしなくていい。しなくていいいのだが、現代日本にいた私は、どうにもその習慣に慣れる事が難しかった。

 独りで暮らし、何でもやってきたから、手を出すなと言われるのは小さな憤りだった。だから小さな頃は色々手出しをして、失敗した。こういった人の仕事をとる事はいけない事だと注意されてからは、何とか自分の中で折り合いをつけてやっている。

 料理も、そのうちの一つだ。

 大半は専属の料理人にしてもらうが、一品だけ、私が作らせてもらう。大したものは作れないが、日本で自炊していた時のものに近い料理を作ったら、ことのほか喜ばれたので、続けている。

 やっぱり、家族に喜んでもらうのって、嬉しい。前世ではほぼ無かったから、余計にそう思うのだろうか。


 ちなみに、今世の姉と妹は、後宮こうきゅうで働いている。後宮といっても、現在の環では女王? 女侯主? が即位しているので、その人の居住区じたく、という意味でしか機能していないそうだ。姉である春陽は、その人の護衛のような立場で、妹である玉雲は、見習いだが女官というその人の身の回りのあれこれを世話する立場にある。

 だから、彼女たちがこの家に二人揃うのは、なかなかレアな事なのだ。これは、腕をふるって喜んでもらわないと、私の沽券にかかわる。


「珠香、うれしいのはわかるが、ほどほどにな」


 父が、苦笑しながら私の頭を撫でる。(精新年齢26歳で)16歳の私でも、こういったのはうれしい。へへっと、つい笑みが漏れる。


「そーそー、昔みたいに火傷なんてしないでよ」


 兄である悠陽が肩をすくめる。

 何年か前に、重い鍋を動かそうとしてひっくり返し、腕に火傷を負った事を言っているのだろう。あの頃はまだ、小さい自分の身体と知覚が追いついてなくて、失敗ばかりしていた。でも、確かに食べ物を無駄にしたのはよくない事だ。


「ごめんなさい」


 失敗を思い出してしゅんとしていると、何故か慌てたような悠陽。


「別に謝る事はないけど、気を付けてよね。前は腕だけで済んだけど、顔にでもかかったら取返しつかなくなる所だったんだから」


 そういえば、この時代では家と家の結びつきを強化するために、婚姻が利用される事も多々あるそうだ。

 私も、こんなに良くしてもらっているので、いつかは家のために結婚する事に異論はない。できたら、性格悪い人とかおじいさんじゃなければいいな、とは思うが。その時に顔に火傷なんてあったら、確かに利用価値は下がる。私は、顔だけでなく能力も平凡に生まれてきてしまった。だからそれぐらいしか、恩が返せない。せいぜいこの顔でも大切にしなければと思ってはいる。


「まぁた、なにか考え込んでる?」

「あ、ううん。とりあえず、準備するね」

 

 あきれた顔の、可愛らしい兄を後目に、私は厨房だいどころへ向かった。

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