第31話 邪神、騎士見習いの少年を鍛える

「ゴドム、最近はやけにおとなしいじゃないか。初日はあんなに威勢がよかったのにな」

「おぉ……」


 エイクシル騎士団が結成されてから二週間が経過した。

 ゴドムが宿舎のベッドに腰をかけていると、同部屋の男がドリンクを持って現れる。

 男はゴドムと同年齢ということで気が合い、何かとつるむ機会が増えていた。


「あっさりあのお子さま領主の言いなりなんだもんな」

「俺だって最初は子どもだと思って舐めてたさ。だけどあの領主が現れた途端に無意識のうちに敬語を使っている自分がいた」


 男がゴドムの様子を見ると、腕が震えていた。

 ドリンクを手にとろうとせず、ゴドムは床に視線を落としている。

 男はゴドムが冗談を言っているようには見えず、からかうような発言は控えた。


「二週間前に『私の考えが知りたいか』とか言って近づいてきた時にな、マ、マジで、殺されるかと思ったんだよ」

「……まさか」

「あの目をまともに見ることすらできなかった。うまく言えないけどよ……。見た目は子どもだけど、そうじゃねえっていうか……」

「確かにちょっと普通じゃなさそうな雰囲気があるよなぁ」


 ゴドムがドリンクを一気に飲んだ。

 ふぅ、と一息ついてから男を怯えたような目で見る。


「考えてみたらあの歳で領主って時点で普通じゃねぇ。親が死んでから、たった一人で死にかけていた領地を復活させたんだぜ?」

「いわゆる天才ってやつなんだろうな。歴史を紐解いても、そういうのがたまにいるらしいぞ」

「だからさ、あまり逆らわないことにしたんだ。楽な仕事をさせてもらうつもりだったが、とんでもねぇ」

「あの領主も不思議だけどさ。一番気になってるのがファムリアとかいう翼が生えた女の子とエリシィって子だよ」


 二人の間に沈黙の時間が訪れた。ゴドムもわかってはいたが、追及する余裕がなかっただけだ。


「ゴドム。あの翼、何なんだ? 人間じゃないのか?」

「さぁ……俺に聞くなよ」

「あのエリシィは確かクラフォート家のご令嬢だよ。王都で見たことがある。なんでこんなところにいるのかさっぱりわからんがな」

「マジかよ。どうなってんだ? 誰もつっこまないのか?」

「お前、つっこめるのか?」


 ゴドムにその勇気はない。そういうことだと二人は納得した。

 突っ込まないのではなく、突っ込めないのだ。そうさせない雰囲気がある。それをゴドムと男は理解していた。


「……仲良くしようぜ、相棒」

「あぁ」


 こうして二人の親睦と夜は深まっていく。


                * * *


 リク、年齢は十三。両親がいない身でありながら、日雇いの仕事とやらで食いつないできたそうだ。

 朝から晩まで働きづめの毎日だが、金を貯めていつか騎士になるのが夢と語った。

 聞く限りでは戦いなど無縁の人生だ。しかしリクは初めて武器を持ったにも関わらず、筋がいい。


「小僧、朝食の用意が遅いぞ」

「は、はい!」

「小僧、それが終わったら次は部屋の掃除だ」

「はい!」


 リクには我が屋敷で住み込みで働いてもらっている。

 家事のやり方ならまったく心配ない。ウテナがついている上に、日雇いの仕事とやらでこき使われた経験がある。

 一通りの家事は少し教えればこなせるようになり、食事と休憩の時以外は常に動いていた。


「邪神様、さすがです。訓練をするという名目で都合がいい手駒が手に入りましたね」

「ファムリア、貴様は何を勘違いしている? これも狙いのうちだ」

「へ? どーいうことですか?」

「まぁ見ていろ」


 窓拭きを終えたリクがウテナから次の仕事をもらっている。

 あいつらは仲良くやっているようで、リクはウテナを慕っているようだ。


「リク君。よく働くわね」

「へへ、ウテナさんが優しいから……」


 リクに疲れが溜まっているのか、顔を赤くしている。

 ウテナも労働力が手に入ってさぞかし都合がいいだろう。それならば機嫌の一つもよくなるものだ。

 手が空いた時にはクッキーを焼いて食わせるなど、餌付けも徹底している。

 それだけではなく、肩を揉むなどのケアも抜かりがない。さすがは我がエイクシル家のメイドだ。

 しかしウテナの思惑とは違い、私はリクをただの労働力で終わらせるつもりはない。

 

「小僧、午後から訓練をしてやる」

「りょ、領主様。領主様って十二歳ですよね? オレ、十三……」

「だからどうした?」

「……なんでもないっす」


 訳のわからんことを気にしている場合ではない。

 庭にてリクに剣を持たせて、私と対峙してもらう。ファムリアとエリシィ、ウテナが観戦して成り行きを見守っていた。

 リクは午前中の労働による疲労が溜まっており、ふらついている。

 しかし闘志は十分、リクにはこの状態で私に挑んでもらう。リクの猛撃が私を襲った。


「いいぞ、なかなか精錬されておる」

「はぁ、はぁ……! オレ、動けている?」


 訓練を始めて二週間、リクに剣術などまったく教えていない。午前中は労働で体力を消耗させて、無駄を削ぎ落したのだ。

 リクのようなろくに戦ったこともない人間は、体力が有り余っているとすぐに無駄に消耗しようとする。

 それ故に無駄な動きが生じて、勝利から遠ざかるのだ。

 ところが予め体力を削っていると、体は無意識のうちに最善の動きをしようとする。

 今、こいつの動きはほとんど無駄がない。


「うむ、中断だ」

「うわっ!」


 足を引っかけてリクを転ばせると、なんと片手をついて態勢を立て直した。

 なかなか面白い反応を見せてくれる。


「まずはその動きを体に覚え込ませろ。お前達、人間はこうでもしなければまともな動きなどできないのだからな」

「まるで領主様が人間じゃないような言い方だなぁ」

「それがどうした?」

「……なんでもないっす」


 こいつに下らんことを気にしている暇はない。この訓練は日が落ちるまで続く。

 その後はたっぷりと栄養を補給して睡眠をとる。これこそが人間が強くなる最良の方法なのだ。

 エリシィの知識も相まって、リクを強化する計画は実に順調だ。

 私が鍛えるからには絶対に強くなってもらう。何せこの小僧はエイクシル騎士団の中でもっともいい波動を出しているのだからな。

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