第14話 邪神、スラム街に到着する

「素晴らしい」


 開通した道を眺めながら私は感心した。山々を削ったのは私だが、見違えるほどの道として整備したのは他でもない人間どもだ。

 正確にはスケルトンやオークなどの労働力もあるが、テオール以外の人間は脆弱とばかり思っていた私を見事に驚かせたのだ。

 綺麗に埋め込まれた石畳のおかげで馬車が通行できるようになり、隣の領地との通行に何の不便もない。

 人間どもの話によれば、今までは隣の領地にいくのに一ヵ月以上かかっていたそうだ。

 現在はなんと十日ほどで行けるようになるということなのだから、感心しないわけにはいかない。

 労苦を労う為、町に戻ってから私は労働者どもに存分に報酬を与えた。


「こ、こんなにいただいてよろしいのですか!?」

「貴様らがそれを手にする資格を得たまでだ」

「ありがとうございます! これで家族に楽をさせてやれます!」

「わかったのならこれからも私のために励め」


 人間どもが私からの報酬に感動しているようだ。

 これはファムリアやエリシィが喜ぶ、抱っこやあーんの類とは違う。

 生活に必要な資金を得るために、人間は身を粉にして動くということだ。

 そうとわかれば私は人間どもに働きに応じて報酬を与えることを惜しまない。

 私など人の体となったとはいえ、邪神としての力が戻ってからは食事などほとんど必要としないのだ。

 その気になれば飲まず食わずでも生き続けられる。私が本来、人として生きる分の資金を人間どもへの報酬に還元できるというわけだ。

 ただし食事という行為は存外、心地良い。つまり私にとって食事とは一種の快楽を得る手段でしかない。

 屋敷に戻った後、私は私室で今後の方針を練っていた。


「邪神様、こちらの町はもうかなり安定しましたね。そろそろ他の町や村を見て回ってはいかがですか?」

「うむ。ファムリア、お前が調べたところによると南西の町が荒れ果てているそうだな」

「はい、そうなんですよ。確かズナラとかいう町で、町全体が盗賊だらけみたいになっているんです」

「では明日、さっそく向かうとしよう」


 明朝、私はファムリアとエリシィを連れてズナラへ向かった。

 このズナラ、その昔はまともな町であったが領地が腐るにつれて住む人間の質が下がったようだ。

 ファムリアの話ではそういった場所をスラムと呼ぶ。

 盗賊であれば駆逐してしまえばいい。そんな町など滅んでしかるべきだ。

 ズナラへ到着すると、なるほど。その様子は私が住んでいる町とはまったく違う。

 道端に座り込んで物乞いをする人間、路上に座り込んで談笑をする人間、殴り合いに興じる人間。

 町に一歩、入った私達を人間どもが一斉に見た。


「なんだ、あいつら?」

「綺麗な格好をしてやがるな。おい、お前がちょっといってこいよ」

「あの女ども、クッソかわいいな」


 下らん連中は眼中にない。用があるのは町長という人間だ。

 この町を管理している人間がいながら、この惨状を容認している人間がいる。

 支配者としてそれを良しとするのは勝手だ。しかしここは曲がりなりにも私の支配下である。

 自由に支配者を気取りたいのであれば、即刻この領地から出ていってもらう。

 とはいえ、邪神であった頃の私もまた似たようなものだったがな。

 私を崇拝して悪さをしている下等生物のことなど気にもかけなかったのだから。

 さて、まずは町長が住む場所を知る必要があるな。その辺にいるあのクズのような人間に聞くとしよう。

 集団で群れており、何が楽しいのかヘラヘラと笑っている。


「おい、町長はどこにいる」

「あ? なんだぁ、このガキ。この町の人間じゃねーな」

「いいから質問に答えろ」

「いいから質問に答えろ、だってよ」


 男が仲間に目配せをしてから一斉に笑い出した。

 なんだ、こいつらは? 何が面白いのだ?


「知りたいなら教えてやるよ。ただし、そこの女を好きにさせろ。それが条件だ」

「条件だと?」


 なるほど、こいつらは自らの現状をまったく理解していないと見える。


「邪神様ぁ、こんなのぶっ殺しちゃいましょうよ」

「テオ様に指の爪先でも触れたら私が輪切りにするわ」


 ファムリアとエレシィに気圧されて、人間どもは息をのんだ。

 やはりその程度か。ぶっ殺すのは簡単だが、まずは町長の居場所を知る必要がある。


「何か勘違いしているな」

「勘違いだぁ?」

「これは交渉ではない」

「あぁ? 意味がわかんねぇこと……ぐえぁあぁッ!」


 腹に一撃、痛みでかがんだ男の髪を掴んで壁に叩きつけた。

 背中に蹴りを入れると壁に張り付いたまま、ずるずると地面に落ちていく。


「ぐ、あぁ、ア、おげぇぇぇ……!」

「町長の居場所を言え」

「おうぇぇっ……」

「汚らわしい」


 口から何かを吐き出して、これでは話をつけようがない。

 死なない程度に加減してやったというのに、なんとも情けないことだ。

 痙攣したこの男とは話ができそうにないな。他の人間に近づくと逃げ腰になりながらも、ナイフを取り出した。


「こ、こいつ! それ以上、近づくんじゃねぇ!」

「そんなものを振り回して他者を蹂躙して奪って生きてきたのか? 呆れ果てるな」

「うるせぇ! お、お前、何なんだよ!」

「ではこういう場合、貴様らならどうする? 私からは何も奪えない。かといって逃げることもできない。さぁ、どうする?」


 こいつらも盗賊と変わらんかもしれん。

 これまでは運よく自分より弱い者としか関わらなくて済んだのだろう。

 ちょうどいい。そんな甘ったれた現状も今日で終わりだとわからせてやろう。

 この場にいる人間達を全員、地に伏すほど痛めつけると痛みと絶望ですすり泣く人間もいた。


「か、勘弁してくださぁい……ひっぐ……」

「その勘弁をしたところで貴様らのこれからは変わらん」

「え……」

「その弱さではいずれ死ぬ。私ほどではないにしろ、強者によって蹂躙された時にお前達はまたそうやって命乞いをするだろう」


 人間の一人が嗚咽を漏らした。己の無力さを嫌と言うほど味わっただろう。

 あの盗賊も同じだ。奪うだけで生きていくならば、この程度の実力ではいずれ死ぬ。


「お、俺達、まともに食うものがなくて……どうすれば、いいんですか……」

「生きたいのか?」

「え……?」

「生きたいのかと聞いている」


 人間どもが地に伏したまま涙を流した。泣くほど後悔するか。

 このまま見苦しい命乞いをするのであれば殺してしまおうかと思ったが、少しだけ様子を見るとしよう。


「生きたい……。腹いっぱい食べたい……」

「ならばついてこい。私はこの領地の領主テオ、立ち上がるというのならば私に従え」


 人間どもがふらつきながらも立ち上がった。咳き込みながらもまだ涙を流している。

 生きて食らいたい。こいつらにしろ盗賊にしろ、要するにそういうことなのだ。

 生きるために殺して奪う。それがいつしか目的になっているような愚か者どもは救いようがない。

 生きて腹を満たしたい。そうハッキリと告げたのであれば、まだ領民として扱ってやろう。

 生きたいのであれば間違っても助けてくれなどと、私に命令しないことだ。

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