ノイ一族と金髪侯爵令息・後編
そして今期最後の王家主催の夜会。
ドレスを選びなおすとなればアクセサリーや髪型、化粧も変えねばと母親と姉たちはバタバタとしていたが、ベルントは比較的のんびりと準備をして過ごす。
そして当日は時間的にも余裕を持って会場入りしたのだが、父親であるゲルラッハ侯爵が心底驚いたように会場の一角に視線を送ったので釣られて彼もそちらに視線を向けた。 ノイ伯爵とその息子ロートス。友人であるマルクス。そして見覚えのない男二人。一人はノイ伯爵に似た若い男なので年齢的に嫡男であるフォイアーであろうとぼんやりとベルントは考える。こうやって眺めればロートスというのは完全に風切姫似なのだと思うわけなのだが、もう一人白髪を撫でつけた男には見覚えがなかった。
「本当に引きこもりの先代が出てきたのか」
「あぁ、先代のノイ伯爵なのですね」
言われてみれば目元はノイ伯爵に似ているだろうか。けれど全体的な雰囲気はどちらかと言えばロートスに似ていると感じてベルントは僅かに眉を寄せた。
引きこもりと言われているがそれでも最低限の仕事はしているし、今は当主代理としてフレムデ・ノイ伯爵の代わりに嫡男の教育も含めて引き受けている。ただ驚くほど領地から出てこないのだ。
魔具の開発に関しては息子であるフレムデ・ノイが圧倒的な才能を持っているのだが、魔術としてしては先代の方が多才であったという。
珍しい多重属性持ち。繊細な制御能力と膨大な魔力を持つ先代は何度も中央から軍属へと乞われたが愛する妻と離れたくないと一切引き受けることはなかった。
そんな事を考えていると、会場の空気が一気にざわついた。
釣られるようにベルントは視線を会場に巡らせたのだが、入り口付近に人が多く視界を遮られてしまう。仕方なくそちらに寄っていくと、丁度オスカーの姿を見つけたのでその隣に移動した。
「何?」
「あれ」
短いオスカーの返事であったが、視界に入ってきたモノを見れば納得できた。
鮮やかな赤。そして漆黒。
ざわめきは一気に会場内に伝播して行くのだが、その中心たる二人は気にする素振りも見せずに会場内へ入ってゆく。この辺りは流石だなと思わずベルントは感心した。元第二王子の婚約者であるイリスは注目を浴びることなど慣れているのだろうし、ミュラー商会嫡男であるヴァイスはこの程度のことでは動じない。
しかしながら母親の予想通りだなとベルントは不躾とわかっていながらしげしげとイリスのドレスに視線を送る。
今までは王族に連なるものとしてどちらかと言えば伝統を重視したドレスを身にまとう事が多かったイリスであるが、今日のドレスは今流行りのマーメードラインのドレス。オフショルダーで胸元や肩口は開いているが、薄いレースを胸元から背中までぐるりと縁取る様に重ねているのでどちらかと言えば愛らしい雰囲気を出している。
そして髪には白い花を模った髪飾り。生花で髪を飾ることがイリスは多かったのだが、その中でも白い花は風切姫の象徴とも言える花で、彼女も好んでつけていた。
その作られた花も花びらを模した薄い板を何重にも重ね、縁は金で彩られている。花から伸びる金の弦は彼女の黒髪を鮮やかに見せていた。
イリスの装飾品に関しては今までずっとミュラー商会が流行りのものを提供していたと聞いているが、あの花の髪飾りに関しては見たことがないので恐らくイリスのために作られたのだろう。
装飾品やドレスに婚約者の色を入れるのはよくある話なのだが、ここまでかとベルントは思わず瞳を細めた。
今までイリスのドレスに青系が多かったのは第二王子の瞳の色だからだ。
完全にヴァイスに合わせているその衣装は恐らくミュラー夫妻なりヴァイス自身なりがずっと前から準備していたのだろう。いつかイリスに着せるために。
愛情が重いと言われればノイ一族を誰もが思い浮かべるが、ミュラー伯爵家も大概だなとベルントは考えた。
「うぁ。すご……」
「ホント凄いね。完全にうちの嫁扱いだよね」
思わずオスカーが小声で言葉を零したのに、苦笑しながらベルントは返事をする。ここまで見せつけられれば流石に横槍も入れにくいだろう。婚約破棄の憂き目に合ったが、それでもイリスは優良物件であったし、ヴァイスも侯爵家から伯爵家に家の格こそ落ちたが、三男坊から嫡男、その上巨大な商会持ちとなれば寧ろ値打ちは上がっていた。伴侶の地位を狙うものも多かったのだ。
とは言えイリスは婚約破棄をしたばかりだからと断りを入れていたし、ヴァイスも商会の跡取りとしてもう少し落ち着いてからとこちらもやはり門前払い状態であったらしい。それすらも今日のために秘密裏に話が両家で進んでいたのではないかと思うものも多いだろう。実際は聖女候補のやらかしのお陰で足踏みしていた両片想いが両思いになり怒涛の速さで着地しただけなのだが。
「ヴァイス様の服もイリス様の色だしな」
「黒い服は風切姫もよく着ていたみたいだし、地味といえば地味だけどありだよねぇ。っていうか、イリス様思ったよりスタイルいいね」
「お前……」
失礼なことをいうなと言うようにオスカーがベルントを睨んだが、彼は涼しげな顔で受け流す。今までは余り肌の出るようなドレスは着ていなかったのだが、こうやって見れば白い肌は黒髪に映えるし、体のラインがわかるデザインでもそつなく着こなしている。
そんなイリスの腰に手を回したヴァイスが何か彼女の耳元で囁いたようだった。それに対してイリスがふわりと目元を緩めると、ヴァイスはそれを見てとろりと甘い表情を彼女へ零す。
うわぁ、何アレ。鉄面皮どこ行っちゃったの?と思わず心の中でベルントは呟いたのだが、オスカーが小さく声を上げたので彼の方へ視線を送る。
「どうしたの?」
「いや、レア殿下が……」
そう言いながらチラチラとオスカーが王家の面々がいる方向に視線を送るのでベルントもそちらを見る。すると、淑女の仮面をどこかに忘れてしまった様にぽかんとした表情のレアが二人を眺めていた。
他はどうだろうかと会場内に視線を巡らせて見れば、同じ様に驚きの表情のモノが多い中、筆頭公爵令嬢であるローゼは扇を広げ表情は隠しているものの、僅かに目元が満足そうに緩んでいた。比較的イリスとは友好的な関係を築いていた彼女なので、友人の幸せを祝福しているのだろう。
結局注目を集めている二人はとりあえずノイ一族のいる場所まで移動するとそこで和やかな雰囲気で話を始める。いつの間にかミュラー伯爵夫妻も合流していたようで、その周りには話が途切れるのを今か今かと待つ面々が静かに様子を伺っていた。
元々社交は殆しないノイ伯爵家なので、恐らくミュラー伯爵家の関係者だろう。新しい嫡男の婚約者を紹介してもらおうと待っているようだ。
暫くすれば王家からの開会宣言がされ、王家代表として王太子夫婦がダンスを踊る。それに合わせて、夫婦、婚約者同士がダンスのために集まってくる。
残念なことにオスカーもベルントも婚約者や恋人はいない。なので適当に声をかけたり、かけられたりと言うことが多かったのだが、今回に関しては見物に回るモノが多いようだ。
そしてヴァイスにエスコートされてイリスが移動を始めた。もっと中央に行けばいいのにと一瞬ベルントは思ったが、王太子夫婦への配慮だろうか、遠慮がちに端の方で踊るようだ。けれど注目は一身に集めている。
「そう言えばヴァイス様とイリス様って踊ったことなかったか?オリヴァー様は何回か見ているが」
「……一回だけ僕見たことあるよ。殿下の婚約者になる前に、風切姫が報奨として第二王子殿下、宰相閣下のご子息、師団長のご子息に娘と踊ってくれって頼んだ時」
ずっと昔。黒髪の令嬢が珍しかったのでベルントはそれをよく覚えていた。その後第二王子の婚約者になったと言われれば、その為に踊ったのかと納得したのだが。
それ以降公式の場でヴァイスはイリスと踊ることはなかった。徹底して一線引いていたのだろう。
いつから彼がイリスに焦がれていたのかベルントは知らない。けれどきっと長い間一歩下がってイリスを守り続けていたのだろう。そしてその一歩を漸く踏み出せた。もしかしたらお互いに半歩ずつだったのかもしれないが。
ふわりと揺れる赤いドレスの裾。
周りで踊る面々もチラチラと二人を気にしているようであったが、そんな事に気が付かないのか、気に留めていないのか、イリスはヴァイスに、ヴァイスはイリスに視線を送り続ける。
「うっわ。ヴァイス様あんな顔できるんだ」
「お前ホントさっきから割りと失礼だぞ」
「いやでも、ほら。これ絶対オリヴァー様が言ってたみたいに粘度高いって。もう絶対イリス様手放したくないって空気凄いし」
嗜める様な声色をオスカーは出したのだが、それでもベルントの言葉には納得できたのか小さく彼は頷く。
そんな事を囁き合っている間に曲が終わった。そのまま二曲目も踊るのかと思ったが、二人は家族の待つ場所へ移動するのだろう、ヴァイスがイリスの手を取る。
その時にヴァイスがイリスの掌に小さくくちづけを落とした。それにイリスは驚いたような顔をしたが、瞳を緩めて笑うと彼に身体を寄せる。
「……知ってる?」
「何を?」
「掌へのキスって自分を好きになって欲しいって言う懇願の意味あるんだって」
「そうなのか!?」
そんな事を気にしたこともなかったオスカーが驚いたように声を上げると、ベルントは胡乱な表情で言葉を続けた。
「もうあっという間にお腹いっぱいになっちゃったよ僕」
「それは……同意だが……」
ベルントの言葉には同意しかないのだが、どちらかと言えばオスカーは戸惑いのほうが大きいのだろう。ちらちらと二人の様子を伺っているようだ。
すると宰相であるアイゼン侯爵がヴァイスに声をかけたのに気が付きオスカーは僅かに眉を上げる。養子に出たとは言え元々ヴァイスはアイゼン侯爵令息である。親子として言葉をかけるのだろうかと思ったが、その予想に反して宰相はそのまま二人を国王の前へ連れていった。
その行動に会場内には緊張感が漂う。
元第二王子の婚約者。彼女に瑕疵はなく王家の都合で振り回された哀れな令嬢。そしてその役目から降ろされたが故に中央の魔具研究所は天才を手放すハメになり国庫は傾いた。
「よい。楽にせよ」
イリスとヴァイスだけではなくミュラー伯爵夫妻とノイ伯爵も国王の前へ呼ばれている。そして頭を垂れる面々に国王は声をかけた。
その言葉に一同は顔を上げる。
「ミュラー伯爵家とノイ伯爵家の婚約が整ったと聞いた」
「はい。良縁に恵まれました」
返答したのはミュラー伯爵で、その言葉に国王は小さく頷く。そして国王の視線が向かった先はイリス。
「長くノイ伯爵と共に国を支え続けてくれた事に感謝する」
「もったいなきお言葉です」
「……何か望みはあるか?」
会場がざわめいたのも仕方がないだろう。王たるもの安易に公式の場で謝罪はできない。その代わりに何か望みを叶えよう、そんな王家の姿勢が伺えたのだ。
そっとしておいて欲しいという望みと引き換えに賠償金の請求もせずに身を引いた令嬢。結局王家は長い間人柱として国を支え続けた彼女に謝罪も償いもする機会がなかった。
「ではどうか、祝福を」
「……祝福?」
ニコリと笑ったイリスは更に言葉を続ける。
「我が伴侶と共に歩く旅路が良きものであるよう、どうか陛下から祝福のお言葉を賜ればと思います」
第二王子の婚約者に据えた頃から彼女は何も望まなかった。否、望んだのは国の安定。民の幸福。その彼女が己の幸せを願った。それに国王は思わず目の奥が痛む。
「ヴァイス・ミュラー伯爵令息とイリス・ノイ伯爵令嬢が共に歩む旅路が良きものであるように。互いに支え合う未来に幸あれ」
国王の言葉にイリスとヴァイスは深々と頭を垂れる。
儀式めいたそのやり取りが終われば会場の空気はわずかに緩む。言ってしまえば公式的な和解に近い。ノイ伯爵家の天才は研究所に戻らないだろうし、イリスは軍属にはならない。けれど国を害する事はない。そんな暗黙のやり取り。
「ヴァイス・ミュラー伯爵令息」
「はい」
「長い間大役を担っていたイリス嬢を支え続けて来たお前ならきっと大丈夫だろう。イリス嬢を大事にしなさい」
「はい」
「イリス嬢も、ミュラー商会を背負うヴァイスを支えてやって欲しい」
「はい」
返事を聞けば満足そうに国王は頷く。まだ片付けるべきことは多いのだが、それでも心に中にのしかかっていたものは少しだけ軽くなった。そんな表情を国王は見せた。
「ミュラー伯爵」
待っていてはいつまで経っても順番は回ってきませんわよ旦那様。そんな言葉を妻にかけらてゲルラッハ侯爵は国王との会見を終えたミュラー伯爵を捕まえる。
社交界の妖精姫が通れば自然と道は開くので苦労なくベルントも一緒に彼らの所へ辿り着けたのだ。
「やぁゲルラッハ侯爵。少し痩せたか?狸のあだ名は返上かな?」
「狸を返上して狐をのさばらせる訳にはいかんよ。ともかくおめでとう。良縁に恵まれたようだな」
ミュラー伯爵の隣にいる嫡男達に視線を送りゲルラッハ侯爵が言葉を放てば、ヴァイスとイリスは小さく頭を下げる。
それに満足そうにゲルラッハ侯爵は頷くと、小声でミュラー伯爵に言葉を放った。
「よくやった」
「私ではなくヴァイスが頑張りましたよ。これで私も安心して隠居できる」
「お前だけさっさと楽をさせる訳にはいかん。せいぜいこれからも外貨をせっせと稼いでこい」
「財務の長は厳しいな」
咽喉で笑うとミュラー伯爵はベルントの方へ視線を送った。それに彼は少しだけ驚いたような表情を作ったが、ニコリと微笑む。
「あぁ、妖精姫に似た容姿に君に似た能力の跡取りとは先が楽しみだね」
「まだまだですよ。卒業後には財務の方へ入れて鍛えますがね」
既にミュラー商会の後継者として仕事を引き継ぎつつあるヴァイスに比べればまだまだだろう。それはベルントも自覚していたので確かに、と親たちの話をぼんやりと聞いている。そんな夫たちをよそに妻たちは別に会話で盛り上がっていた。
「おめでとうミュラー伯爵夫人!可愛らしいお嫁さんで羨ましいわ!」
「ありがとうございます。ええ、本当に待った甲斐がありましたわ」
「それに素敵なドレス。来年は大流行ね。髪飾りも特注かしら?」
「ええ。髪飾りはヴァイスが作らせていたの。お披露目の機会がズレてしまったのだけど……ハレの日に相応しい華やかな出来でしょう?」
恐らく婚約破棄がなければ今期の夜会のどこかでお披露目されていたのかもしれないと思いながらベルントはイリスの髪飾りに視線を送る。
それに気がついたのかヴァイスが口を開いた。
「気に入ったのか?」
「いえ。そこまで薄く石を削る技術が素晴らしいなと」
「あぁ。加工はし易い石なんだけどよ。強度が足んねぇから縁作って保たせてるんだ」
金の縁は飾りだけではなく補強の意味もあったのだろう。納得したようにベルントが頷けばヴァイスは口元を少しだけ緩めた。
「今職人増やしてんだ。ある程度職人が纏まれば領地の特産として税収も上がんだろ」
「……涙が出るぐらいありがたい話ですね。父が泣いて喜びますよ。他の特産も是非探して盛り立てて下さい」
国庫が心許ない中、地方の特産品での税収はとにかく引き上げたいものであった。技術等を持っていても外へ売り込む方法がなく細々とやっている所も多い。そんな所をミュラー商会は発掘しているのだろう。
「これからも魔物討伐ついでに各地回るし、面白いものたくさん見つけられると良いわね」
ニコニコと笑いながらイリスが言葉を放てば、ヴァイスは淡く笑う。その様子を眺めながらベルントは、この二人は収まるべきところに収まったのだろうとぼんやりと考えた。
国王が言うようにお互いを支え合うと言うことを自然にできる。お互いにお互いも思い合って、長くすれ違っていたのかもしれない。けれどきっとこれからは二人で幸せな旅路を歩いていくのだろう。そう考えて、ベルントは瞳を細めて笑った。
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