第26話
花祭は二日間行われるのだが、夜には中央広場で楽団が演奏する曲に合わせて踊る催し物がある。家族、友達、性別問わず思い思いの面々と気軽にダンスを楽しむソレは夜半まで続く。貴族の夜会のように決まった型はなく、子どもからお年寄りまで好きに身体を動かすと言った方が正確であろう。
広場にある街頭魔具だけでは灯りが足りないと、追加で各軒下には昔ながらの洋燈が吊るされ光の道ができる。防犯面でその様な仕様にしたのだが、ロマンティックだと恋人同士が夜間の散歩を楽しむという事も多いのだ。
軽快な音楽を聞きながらマルクスはほくほく顔のイリスともりもりと屋台の食事をとるロートスに視線を送って苦笑する。あれこれと買い物をしたイリスは一旦荷物をミュラー商会に預け夜のイベントへの参加も希望したのだ。
街にあふれる花は流石に一日中陽の光にさらされ少々元気がなくなってきているが、明日までもたないだろうと思われる花は、花かごに花びらを詰められる。これから行われるダンスの時に撒かれるのだ。
飲み物を買いに行っていたヴァイスが戻ると、マルクスは中央広場を眺めながら口を開いた。
「ぼちぼちダンス曲が始まりますんでよかったら踊ってみてください」
「ちょっと見てみて、踊れそうなら踊るわ」
「そんな堅苦しいものじゃないですよ?夜会のダンス踊れるイリス様なら楽勝です」
ヴァイスから渡されたジュースを飲みながらイリスが返事をすると、マルクスはにこにこと笑いながらそう返事をする。アップテンポの曲から緩やかな円舞曲まで様々な楽曲が流れるので、自分でも踊れそうだと思えば踊る、そんな緩いものなのだ。そして一曲一曲も短い。
ドン!と大太鼓の音が響き渡れば薄暗くなりつつある中央広場の洋燈が一気に灯る。そしてそこから徐々に街の外側へ灯りが伝播するように広がっていくのを眺めイリスは表情を綻ばせた。
「きれい」
「そーだな」
後半刻もすれば日はとっぷりと落ちるだろうが、逆に中央広場は一気に明るく賑やかになってくるのが肌で感じられる。イリスの言葉にヴァイスは同意するように言葉を零して瞳を細めた。そんな中、広場中央に作られた舞台に集まる楽団の一部が演奏を始めたのでロートスは目を丸くする。
「全部が演奏するんじゃないんだ」
「小さい楽団が三つ。得意な音楽違うし夜中まで演奏しっぱなしだからな。因みに左端はうちの自警団の趣味楽団」
交代で演奏すると言われれば確かに時間も長いし道理だろうとロートスは頷いて曲に合わせて踊りだす面々に視線を送った。まだそんなに遅い時間でもないので子どもたちも楽しそうに踊っている。一人で踊るものもいれば、複数人で手をつないで円を作って踊っているものもいて、パートナーも次々と変わっていったりもする。無論恋人同士であろう二人組などもちらほら見えた。
「マルクス様!踊ろう!」
タタッと駆けてきたのは黄色い花を髪に飾った少年少女。領民にとって気安い領主一家なのだろうと言うのは昼間の様子でよくわかっていたので、ロートスは笑いながら行くように促した。
そして引きずられるように踊りの輪に加わるマルクスを眺めたあと、ロートスは立ち上がってイリスの手をとる。
「姉さんも行こう」
「え!?」
驚いたようにイリスは顔を上げたが、すぐに表情を緩ませる。普段は表情が余り変わらない弟がどこか楽しそうな雰囲気を出しているのが嬉しかったのだ。夜会などでは仏頂面で令嬢も声がかけづらいのか踊ることもなかった彼が自分相手とは言え踊る気になったのが珍しく、そしてどこかくすぐったい気持ちにイリスはなる。
恐る恐ると言うようにイリスがステップを踏むと、ロートスは周りにぶつからないように器用に移動しながらイリスをリードする。視界の端に入ったマルクスが、小さな子供の腰を抱きかかえてくるりと大きく回転したのを見て、ロートスはイリスの腰に手を伸ばした。
風魔法を使った飛翔とは違う浮遊感にイリスは目を丸くしたが、ぱぁっと楽しそうに笑った。
「力持ちね」
「姉さん割りと軽いほうなんじゃない?もうドレスのサイズ気にしなくて良いんだからもっと食べなよ」
社交シーズンになればお茶会や夜会にイリスは呼ばれていた。その度に中央がドレスを作ったりするのでできるだけ体型が変わらないように日々努力をしていたのを知っているロートスの言葉にイリスは思わず破顔する。
そして突然ロートスがイリスの手を放したかと思えば、トン、と彼は誰かと背中合わせになる。ぶつかってしまったのかとイリスが少し驚いたような顔をしたが、くるりとターンして目の前に現れたのはマルクス。
ふわりと笑ったイリスにマルクスは精一杯優雅な動作で手を差し出した。
「思い出一つ、お願いしますイリス様」
花が溢れるような笑顔を向けたイリスと、ピューっと鳴らされる口笛。子どもたちも今度はマルクスの代わりにロートスの方へよってゆき手を取る。それを確認したイリスは軽やかなステップを踏む。
先程までの曲よりアップテンポとなり、手を取ったり放したりしながら身体を動かすのは楽しいのかイリスも笑顔を浮かべてくるりと回った。
領主の息子という肩書はやはり伊達ではないのか、ぱぁっとマルクスたちの周りに黄色い花びらが舞う。洋燈の灯りに照らされてキラキラと舞う花びらを纏いながら、マルクスは突然イリスの背後に回ると彼女の肩をそっと抱いて押す。
曲と曲の間。ほんの僅かな無音。
「一曲よろしいですか、イリス嬢」
お互いに驚いたように見つめ合ったのは一瞬。目配せするマルクスに苦笑しながらヴァイスはそう言って目の前のイリスに手を差し出した。
先程までとは打って変わって流れるのは円舞曲。ゆったりとした三拍子が流れると飛んだり跳ねたりの動作は控えられ身体を寄せ合う恋人同士の姿が急に多くなる。
「やっぱイリス様もヴァイス様も上手いよなぁ」
「ヴァイスは円舞曲好きじゃないっていつも言うけど」
「好きじゃないかもしれないけど踊れるじゃん」
リードが上手いのだろう、のびのびと踊るイリスを眺めてマルクスは口を尖らせた。好きではない円舞曲でこれだけ踊れるのだから他はもっと踊れるのだろうと思ったのだ。
休憩というように二人が見える位置に移動したマルクスとロートスは配布されているジュースを飲みながらそんな会話をする。
ふわふわと揺れるスカートの裾すら綺麗に見えるのは訓練の賜だろうかと思いマルクスはイリスの表情を伺った。マルクスならばついステップの確認で足元に視線を落としがちなのだが、二人はそんな様子もなく周りに視線を滑らせながらぶつからないように踊っている。
ふわりと花びらが舞う。
先程は勢いよく撒かれた花びらであるが、曲の調子に合わせてゆるゆると撒かれているのを眺めロートスは瞳を細めた。
そして曲が終われば周りからは拍手が沸き起こったので、イリスは瞳を丸くする。狼狽えたように視線をヴァイスに彼女が向けると、彼は赤い瞳を細めてイリスの髪に絡まった花びらを落としその後優雅に礼をした。それに合わせるようにイリスも淑女の礼をとる。
更に拍手が大きくなったのでマルクスは苦笑しながら二人の前に行くと口を開いた。
「いい思い出になりましたか?」
そんな彼の言葉にイリスは瞳を細めて笑った。
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