五尾菜鳥(29)のひとり旅日記
どぜう丸
プロローグ 旅に出た。
―――自分はもうどこにも行けないんじゃないかという気がした。
―――だから旅に出た。
大学時代に上京して以降一人暮らし。彼氏ナシ。友達少なし。数少ない友人とは月に一度会えばいいほう。作家同士の付き合いなんてない。趣味はスマホでマンガを読むこと。デビュー作がそれなりに売れてくれたおかげでお金には困っていない。ただし、それ以外に発表した作品は低調か鳴かず飛ばずのどちらか。
(食べるのに困ってないからこそ、思い悩む時間も増えるんだよねぇ……)
1月上旬の寒い冬の日。部屋の作業机。目の前にはノートパソコン。画面上にはまだ一文字も打ち込まれていない文書作成ソフトの画面。おかしい。私は物書きのはずなのになにも物を書けていない。新年が始まってまだ数日程度しか経っていないというのに、去年からなんの変化も見られない。
もし貯金がなかったらきっとバイトなり就職なりして、思い悩む暇も無いくらいあくせく働くのだろう。だけどなまじ食べるのに困ってないからこそ、停滞しているいまの現状をウダウダと思い悩んでしまう。人によっては贅沢な悩みに聞こえるだろう。だけど、どうしようもならなそうな、どうにも変えられなさそうな現実を前にすると、どうしても陰鬱な気分になってしまうのだ。
(いっそ結婚でもすればなにか変わるのかもしれないけど……)
そういうマンガを最近読んだ。結婚やなにかの趣味を始めたりと行った身の回りのちょっとした変化で、世界の見方が変わっていくような物語。最近はそんなのばかり読んでいる気がする。
(でも結婚はなぁ……相手もいないし。じゃあなにか趣味でも始める?)
扱う趣味はなんだっていい。ふと始めた趣味が切っ掛けで、友達ができたり、恋人ができたり、結婚相手が見つかったりして新しい世界が開けるという感じの内容だ。キャンプでも、釣りでも、ガンプラでも、バイクでも……。
何かを切っ掛けにしていまが変わったらいいのに、という願いは誰しもが持ってたり、かつて持ったことがあるだろう。趣味を切っ掛けにしてなにかが変わったら……そんな期待をしてしまうのだ。なんでもいい。なんでもいいからなにか切っ掛けになるようなものと出会いたい。ロードバイクでも、茶道でも、旅でも、料理でも……。
(……その中だったら、旅……かな)
特別な知識、特別な技術がなくても、一緒に楽しむ仲間がいなくても、最悪お金とスマホのナビさえあればなんとなる気がする。それに旅の体験談をそのまま文章に書き起こしていけば、少なくともいまこの瞬間よりはちゃんと『物書き』と名乗って良くなるような気がする。
(……うん。旅に出よう)
少しだけ気持ちが前を向いた私は押し入れの奥にしまい込んでいたADIDASのバックパックを取り出した(修学旅行のときに買った物だ)。そこに二泊分の着替えを詰め込みながら、どこに行こうかと考える。
(旅って言ったら夜行列車のイメージだよね。上野発の……みたいな?)
【↑☆発想が貧困女子】
でも、いまも夜行列車ってあるんだろうか? 私は作業机に戻ると手つかずの文書作成ソフトを閉じて、検索エンジンを立ち上げる。そして【夜行列車】とキーワードを打ち込んでみると……。
(サンライズ……出雲……瀬戸?)
そんな夜行列車の名前が出てきた。へぇ……東京駅から出てるんだ。上野発ではなかった。どうやら出雲や香川に向かうらしい。夜に出発して、朝起きたら現地に着くという感じのようだ。
(いいね。まるで銀河鉄道999じゃん)
【↑☆宮沢賢治より松本零士が出てくるオタク女子】
(肝付さんボイスの車掌さんがいたりして……ふふふ)
【↑🔷旅に出るというテンションでちょっとハイになってきたみたい】
幸いにして物書きというマイノリティーな自営業。〆切りさえ迫ってなければ平日だって旅に行けてしまう。……まあ私は〆切りを抱えていたくなくて、だいぶ前に仕上げて編集部に送るようにしているけど(おかげで担当さんからの連絡も必要最低限しかこない)。私はテンションのまま、その寝台列車のBシングル禁煙席の二階(ちょっとサブ画面で調べたら景色が良いらしい)が空いている日に、早速Webから予約をいれたのだった。
どこに行くか決めていないのに列車だけとる。なんという無計画。でもなんか楽しい。とくに考えず瀬戸のほうに予約を入れたので、目的地は香川か。
(うどん県……うどんは絶対食べよう)
【↑☆香川だとうどんしか出てこない情弱女子】
見知らぬ土地で宿とか探したくないので、あらかじめ予約をいれとかないとね。宿でぐうたらもいいけど、そればっかりだと飽きるかも知れないから、ある程度行動やめぼしい観光スポットなんかは調べて行こうっと。夜行列車に予約を入れた日まで一週間もないし、モタモタしてられませんぞ~。
そして私はウキウキしながら旅の計画を練るのだった。
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