第2話 あやしき法師たち

 二人はばくばくと飯を食らった。突如来た、それも貴人でもない相手には豪勢すぎる食事であるが、臆することなく箸をつけて旨そうに呑み込んでいく。

 白鬼しらきに至っては面を被ったままでどう食べているのかとも思うのだが、気がつけば皿を空けているのである。なんとか素顔を見ようと凝視するのだが、ほんの一瞬目を逸らした隙に食っているのか、じっと見ているはずなのに気がつけば目をそらしてしまう。

「いやいや、酒までいただけるとは僥倖ぎょうこう、僥倖」

 白鬼そう言いながらもう何度目になるかも分からない杯をも空にする。そんな機嫌のよい白鬼をじとりと眺める破丸やれまるがいる。因みに、彼はとうの昔に食い終わっていた。


 ここにいるのは、当主である分下兼時わけのかねときとあやしき二人組、鴇姫の乳母と鴇姫の五人だった。乳母に寄り添うようにして、御簾越しにじろりとこの二人を眺めていた。

 流石に姫の寝所に現れたとなれば外聞が悪いということで、二人はたちまち消えて、改めて屋敷の戸を叩いた。

 今度はちゃんと、どちらも烏帽子を被って、立派な狩衣に身を包んでいた。

 二人は噂を聞きつけた旅の法師であることを話し、三日のうちにこれを収めると約束すれば分下の当主は、存外快く二人を受け入れたのである。

「藁にも縋りたい」

 兼時としてもそんな気持ちが強かったのかもしれない。二人が立派な身なりをしていたこともあるのだろう。

 そうは言っても、怪しいものは怪しい。

 そういうことなので二人はじっくりと検められて、二人は佩いていた太刀を下人に預け、身一つになってから食事の席に上げられた。

 二人は特段抵抗も見せなかった。


 食事が終わると自然に本題へと移る。

「時に、、其方は法師と聞いたが」

 問うたのは、当主の分下兼時かねときである。

「左様にございます」

 先ほどまでの軽薄さはどこへやら、白鬼は畏まって頭を下げた。面だけは「お見苦しいものでございますれば、お目汚しをするわけにも参りませぬ」と言い張ってそのままではあるが、所作は見事なものである。何処ぞの殿上人が、身分を隠しているのではないか──そう思わせる雰囲気を纏っていた。

 兼時はじっとその面妖な男を観察した。


「此度の騒動を収められると申すか」

「左様にございます」

「如何にして解くつもりじゃ」

「呪いなど、解くまでもございません。返してしまえばよろしいのです」

 白鬼は、す、と傍らの破丸を示した。

「この破丸は、怨念を返すこと、すなわち怨返しの法に長けておりますれば」

「ほう、其の童がか」

「此れで優れた法師で御座います。きっと三日のうちに解いてご覧に入れましょう」

「うむ。その言葉を守れば、其方らに褒美をとらせよう。姫、乳母も何かあるか。問うておくとよい」


 鴇姫は、勝手に話を進められて破丸がまた文句の一つ二つ言うのではないかと様子を窺っていたのだが、これには文句がないらしい。口を尖らせたまま、首だけ伏している。

 口を開いたのは乳母だった。

「其の方らは、呪いを返すと申すか」

「左様に御座います」

「返せるものか。返せたとて、今の今まで誰一人成し得なかったことを、主らができると申すか」

「そうは言ってもこの呪い、元を辿れば御許様のものでもございませぬゆえ。同じ怨、或いは同等の怨を返すが我らが法力。要らぬものなど受け取らずに突き返せばよろしいのでございます」

「汝等にそれが出来ると申すか」

「左様に」

「どうやってじゃ」

「そちらについては見ていただくのが早いかと……」

「ふん、どうせ汝らが呪ったのではないか。自ら騒ぎを起こし、それを解いて褒美を掠め取ろうなどと邪悪な──」

「まさか、まさか」

 白鬼が笑った──ように見えて、姫は目を疑った。その表情は相変わらずつるりとした面に隠れている。

 白鬼はわざとらしいくらいに深く平伏した。

「人を呪うは常に人に御座います──吾らはそれを返すのみ。更なる褒美など望んではおりませぬ。今し方いただきましたもので十分に御座います」

 確かに十分な量を平らげていた。

 しかし兼時の目には謙虚に、好印象に映ったらしい。

「これ、客人を困らせるでない。金も求めぬとは殊勝じゃ、強欲は身を滅ぼすでの」

 兼時はくつくつと笑った。当主からそう言われては乳母も口を噤むほかない。

「法師よ、ほかに望みがあれば申すがよい」

「それでは邸内を一目確認させていただきたく」

「構わぬ。しかし人を幾人かつけさせてもらうぞ」

「ありがとう存じます」

「其の方らは泊まる場を求めておったな、離れに用意しよう」

 兼時の言葉に、乳母が抗議の声をあげたが、これも嗜められた。

「しかし、そう悠長にもしておられぬ。この乳母の言うことも一理あるのでな。ゆえに、三日目の晩に騒ぎが収まらねば、貴殿らは即刻出て行ってもらう。事と次第によっては謀ったとして相応の対応は覚悟してもらうこともあるが」

「心得ております」

 平伏する白鬼に機嫌良く、兼時は二人の下人を呼んだ。

「ならば、よい。──犬丸、猫丸、此れへ」

 二人の下人は離れへの案内と、邸内での調査時の補佐を言いつけられた。



          ◼︎




 屋敷は美しい季節の草花に彩られていた。というのに、屋敷の空気は重くくぐもっている。

 ひそひそと、下人たちも口さがなく噂話を囁きあうのだ。人がくればピタリと止むそれも、耳が良ければ全て拾ってしまうもので、白鬼は度々足を止めていた。

 案内されながら邸内を歩き、時折床下を覗きながら白鬼は振り返った。

「時に犬丸殿──」

「はい、法師様」

「吾らは単なる旅人ですよ。気軽に白鬼とお呼びくだされば」

 柔らかな声でそう言うと、白鬼はゆるりと首を傾げた。

「ひとつ姫様の周りについてお聞かせ願えますか。乳母や、分下様、御前様、そのほかに何かありましたら」

「むむう」

「思わぬところに真実の欠片は散らされていたりするもので御座いましょう。瑣末なことでも、当たり前のことでも、なんなりとお教えくださらぬか」

 もっともらしく言うと、犬丸は少しだけ思案して口を開いた。


「これは言うまでもないことでは御座いますが。此度の件であの方々をお疑いになる必要はないでしょう、法師様」

「何故に?」

「大層姫様を可愛がられております。なにぶん、遅くに恵まれた御子でございますから……目に入れても痛くないほどでございます」

「乳母殿も?」

「ええ、他に人をつけると言っても嫌がるほど」

「鴇姫様には夫となるお方がいると聞きましたが……」

「ええ…………しかし、ここだけの話、斯様なことがあると言うのに、大夫殿は姫様に文をあまりお寄越しにならないのでございます。さっぱり」

「おお! なんと薄情なお方であられるか────しまったしまった、口が滑った。犬丸殿、これはご内密に」

 白鬼は、しー、と人差し指を口元に当てる。顔は見えずとも、何故だか悪戯めいた笑みを相手に想像させる仕草だった。いささかわざとらしくはあったが、犬丸は容易く警戒心を解く。

 渦巻く警戒心がなくなれば、あとはほんの少しだけきっかけを与えればいい。


 気がつけば犬丸は聞いてもないことをつらつらと語りだしていた。

 最後に大夫殿が来たのはひと月も前のこと、分下兼時からも問いかけているがまともな回答がないこと、普段の姫と乳母はどう過ごしているか、親子間の雰囲気は穏やかであるとか、呪いがあってからの変化がどんなものかなど。

「おい」

 少し経って、我に返った猫丸がそれを諌めた。

「己の口に戸はないのか、犬丸」

「しまった、つい」

 犬丸はおでこをぺちりと叩いてから、今更のように白鬼と破丸に頭を下げた。

「法師様、法師様、この犬丸めが口にしたこと、どうかご内密にお頼み申します」

「失礼、失礼、この白鬼が尋ねすぎたゆえのこと。お気になさらず、吾らも姫を助けたい思いは同じでございますれば」

 からりと笑い声をあげて、黙っていることを約束すれば容易く犬丸は胸を撫で下ろした。


 白鬼はそれきり黙って、邸内を歩き回ることに専念した。

 西の離れ、東の離れのそば、庭、母屋と見て回り、時には床下を覗き込む。それを繰り返して破丸に何かを囁く。破丸がきょろきょろと忙しなく目線を動かす。

 それまで黙り込んでいた破丸がようやく「こっちだ」とぶっきらぼうな声をあげた。そのままずかずかと庭を横切って、土に手を当てる。そのまま目を閉じて手探りで場所を定め、おもむろに素手で掘り始めた。

「あったぞ」

 すぐにそのように声を上げた。

「見ろ」

 なんだなんだと犬丸と猫丸が寄るその鼻先に、拾い上げたものを突きつける。





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