第7話 桃源郷

「今日は随分と早く寝るんだな、夜斗よると

テスト前日、スミャホルからそんな問いが投げかけられる。

「人間は寝ないと実力を発揮できない生き物だからね」

「私たちの場合、睡眠はエネルギーを無駄に消費しないための行動だからな」

「人間もそう言う側面はあると思うよ」

テスト勉強は間時まどきさんのお陰で1週間前から終わっていたのでかなりできていたと思う。ちゃんと結果が出ると良いんだけど。間時さんと言うと先日のチーム戦が思い出された。あの必殺技、間時さんの信念が表れていた感じがして綺麗だったな。ふと、1つの疑問が浮かんできた。

「あのさ、この前は1発腕にもらっただけだったけど。仮に相手からダメージを受けまくったらどうなるの?」

「私もそこまで知識がある訳では無いが、私と夜斗は痛みも感じて傷も負っている」

右腕にはこの前の切り傷が付いていた。

「と、なるとだ。短時間にダメージを過度に受け続けたり、弱点にものすごい打撃を加えられたりした場合、死に至る可能性も否定はできないな」

改めて言われると少し怖いな。でもそりゃそうか。事実出会ったあの日は半分殺されかけている。

「なるほどね。ありがとう。寝るよ」

「うむ、ゆっくり休むと良い」

俺は眠りについた。


 睡眠し始めてから何時間経っただろう?俺は突如自分が知らない場所にいる事に気が付いた。これは、夢?だとすると疑問だ。あまりにも綺麗な場所すぎる。あたりにはどこまでも続く地平線。鏡の様に自分の姿を映す地面。さながら世界一綺麗な塩湖のようだ。実際に行ったことはないけど、こんな感じなんだろう。


 地面をもう一回見たところで違和感に気付いた。ナイトになっている。どうして?夢だから?でも今日は1回もコネクトしていない。夢は脳がその日の出来事をまとめている時に見るものだ。だとすると、この状況はおかしい。そんな事を思っていると前に人らしきものが立っているのに気が付く。

「誰だ?」

俺が声をかけると相手は無言でこちらを見つめ返している。冷静に考え直すと相手もリンカーなのか?フィクションで見るほどゴツくないが黄緑の様な蛍光色の様な色のパワードスーツを纏っていて頭にはスーツと同じ色のヘルメットがあり、素顔が隠れている。でも、なぜ黄緑?相手はただただ俺を見つめ続けた。


 そして相手はある言葉を放つ。

「いくぞ」

急に放たれたその言葉。単にそれだけの言葉だったが、これから何が起こるのかは想像に難くなかった。黄緑色の影とも言えるその存在はこちらに向かって襲ってきたのだ。俺は剣を抜いて戦闘体勢を取ったがその時にはもう遅かった。相手は俺の至近距離までせまり、手からスーツと同じ色のエネルギーを出し、俺にぶつけた。

「ぬあっ!」

痛い。現実で殴られたのとほぼ変わらない。下手したらそれ以上の痛みが襲った。どう考えてもコネクトしてる時の痛みじゃない。こいつ、俺とレベルが違いすぎる!そんな事を思っている余裕もなく2撃目が飛んでくる。今度は剣でギリギリ防いだが、あと何発防げる余裕があるか分からない。今度は後ろに回り込んで、エネルギーを拳に籠め直接殴ってきた。抑えようとしたが想像以上に相手の攻撃が早い。俺は2発中1発を防ぐのが限界だった。相手はどんどん俺を追い詰めていく。なにか策を考えないと本気で殺されるかもしれない。俺は剣に水を纏わせ、相手に向かって振る。相手はそれを腕で受け止めた。スーツが硬い!相手はそのまま殴り、流石にこっちも腕を出して防いだがそれでも十分に重い。左に気を取られたせいで剣がずれ、右の攻撃も当たった。鏡の様な地面に倒れ自分の行動を悔やんだ。


 クソッ、ここまでなのか、これで死ぬのか、俺...

恐怖、絶望、理不尽からくる苛立ち、怒り。気持ちが渋滞し、夢のはずなのにいつしか現実と夢の区別がつかなくなっていることに気付いていなかった。あいつを...あいつを...殺さなきゃ!あいつを、あいつを!


 取り敢えず目の前のあいつを何とかする事しか頭になかった。相手は何故か俺が立ち上がるまで待っていた。クソッ、これ以上考えても無駄だ!こうなったら徹底的に本能に頼るしかない。無駄に考えてこれ以上酷いことになるなら、本能のままに任せた方がマシだ。考えることは必要最低限にして、己に集中するんだ。黄緑の影はまたこちらを見つめていた。そして僅かだが口を動かし何かを言った

「哀れだな」


 俺にはもうその台詞は聞こえなかった。俺は全てを忘れてあいつに襲い掛かった。もちろん黄緑の影が何もしない訳がなく、こちらの攻撃を防ぐ。しかし、予想以上に俺の土壇場が強いのかあいつはさっきより余裕がないように見えた。分かる、分かるぞ...あいつが次どうしてくるのか大体の予想がつく。あいつもあまりにこちらの動きが変わったからか、対応できない様に見えた。


 1発斬りこむ、相手は人なのに躊躇がなくなっていた。こちらの剣があいつの攻撃を防ぎ、斬る。あとはその連続だった。あいつは全て対応しようとしたがそこまで上手く出来る事なんてない。俺はあいつに10回目の斬撃を入れた。やつは後ろに距離を取ろうとしたが、それすら読めていた。俺は力を籠め、あいつの首を狙った。なにもかも忘れそこに斬りを入れることしか頭になかった。


 そして、首にこちらの剣が刺さる。あいつは動かなくなり勝ったと確信した自分と今俺は何をしているんだ?という自分がいた。


あれ?俺、今...


あいつは感情の整理なんてつけさせてくれなかった。あいつの目が黄緑色に燃えたかと思うとあいつの右腕が黄緑色の炎に燃え、そこから綺麗な金属剣が現れた。

「認めてやろう、俺に剣を出させるほどの実力だと言う事を。ただ、そのままではいつか自分までを斬ることになるぞ」

「は?何言ってるんだ!お前はここで死ぬんだよ!」

「そうか」

あいつが本気で剣を構えて向かってくる。俺は自分の溢れる本能で対処した。あいつの攻撃が右から来たらそちらに、左からきたら左に剣を合わせた。力は俺の方が強かったがあいつは俺より剣筋が速かった。しかし、依然俺の優勢という状況は変わらなかった。俺はあいつの剣を喰らいながらあいつを斬り刻むことに快感を覚えていた。あいつは確かに強いが今の俺の方が数十倍も強い気がした。


 その時だった。あいつから感じる気が明らかに変わった。俺が反応できない速さで攻撃し、一瞬できた隙の間に衝撃が放たれる。鏡の様な地面が水面のように大きな波紋を出している。俺は吹っ飛ばされた。チッ!こうなったら本気で斬ってやる。俺は右手から水を出し、剣に纏わせる。そして相手に向かって行った瞬間だった。

大地の影動クローバーシャドウ!」

あいつの周りを無数のエネルギー弾が囲み、それが一斉に俺に向かって放たれる。俺は走りながら相手のエネルギー弾を斬っていく。しかし、近づくとあいつが球を追加してきた。

「無駄なんだよ!とっとと斬られろ!」

あと8m。5m。1m!

「消えろ!青の剣!」

俺が振りかざした剣にあいつはタイミングを合わせてきた。派手な金属音が鳴り、小競り合いになる。

「属性剣か」

あいつはそれだけ言うと力を急に強めてくる。次の瞬間、相手の剣が命中し俺は再び吹っ飛ばされた。俺は立ち上がり、またすぐに飛び出す。奇襲が上手く決まり相手の身体を剣が薄く抉った。そのまま剣であいつの武器を狙い姿勢を崩す。今なら殺せる!俺はこの前より速く、剣を持っている右手から水を出し、剣に纏わせる。そしてあいつの胴体目掛けて1発、でも、まだだ!もっと、早く!

「死ねえ!ブルークロス!」

水の2連撃が相手にヒットした。あいつは大きくよろけ、今度こそ再起不能になったかと俺は喜んだ。


 あいつの目には狂気の笑みを浮かべた俺が移っていたしかし、あいつが黄緑に輝き始め、傷が癒えていく。

「なるほど、こういうことか。でも、これで終わりだ」

あいつがそう宣言した。俺には何を言っているのか理解できなかった。突如、意識が飛ぶ。俺は黄緑の影に剣を刺されていることに気が付いた。反撃しようとしたが、今の攻撃を認識する前に次の攻撃が飛んできていた。何が起こっているか分からないまま視界が上がる。首を刎ねられた事を理解するのに2秒かかった。あいつが何か口を動かしている?俺には聞き取れなかった。



「救えなかったか...」

1人になってしまった水面を見ながら、電霊に連絡する。

「どうですか?ご調子の方は」

「もう全て終わった」

「して、どうでしたか。推測は当たっていましたか」

「ああ。しかし、皇子の方は確認できなかった。恐らくまだのだろう。リンカーの方は推測通りだ。最初は別人かと思ったが途中からは完全に当時のままだった。彼もまた事情持ちなんだろう」

「では、戻られますか?」

「そうだな。もう少ししたら。今の発言も記録しておいてくれ」

調査しながら考える。よく考えればここは水面ではなく地面かもしれない。人による感性の違いが良く出るところだろう。にしても、最初の印象はリンカーになってまだ1ヶ月も経ってないような動きだった。恐らく出会った時期はGW付近だろう。


 しかし後半、狂気に満ちてからは俺でも苦戦を強いられかねない強さだった。あの強さからもリンカー、パートナーの電霊ともに間違いはないだろう。それにしてもこの純粋な景色からあの狂気が出てくるのは異常だ。少なくともは1ヶ月のリンカーが出して良いものじゃない。属性剣だけなら才能で済む話だ。しかしそれの必殺技となると才能があるやつでも半年、一般的なら1年はかかる。こんなに早い段階で使えるのは文字通りだ。

「帰還する。準備してくれ」


「夜斗、夜斗!大丈夫か!」

あれ...?俺って死んだんじゃ?何があったかはよく覚えてないけれど、それだけは現実のように鮮明に覚えている。動悸が止まらない。どんどん早くなっているように感じる。

「とても激しくうなされていた。何があったんだ...それに物凄く怖い顔をしている」

思い出そうとしたが、なにがあったかは微塵も思い出せなかった。時計を見ると6時と表示されている。予定より30分早いけど器用に30分だけ寝ることはできないし、なによりうまくもう一度寝れる気がしなかったので起きることにした。


 最悪な寝起きで俺のテストは幕を開けた。

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