第112話 聖女教

 異形の討伐から一日空けて二日後の午前中。突然の緊急事態で中断となっていた、各国の代表者たちが一堂に会す大陸会議が開かれていた。


 最初の議題はもちろん異形についてで、宰相であるロートレックが説明する。


「まず先の異形は魔法陣によって産み出されたものでした。それを実行したのは、リネ教と思われます。現場に落ちていた書物から――」


 ロートレックの話は理路整然と事実の報告が続き、最後に少しの推測が述べられた。


「実はナールディーン王国の王弟ジャミルト様と、その側近や護衛の方々が全員姿を消しています。その時期が異形の発生から約二日前ですので、今回の問題に関わっている可能性があると考えております」

「そういえば、ナールディーンって国教がリネ教だったな」

「そうでしたわ。しかし断定できる証拠がないとなると、犯人と決めつけるのは難しいかしら」


 一人の王女が告げた言葉を、ロートレックは肯定する。


「仰るとおりです。したがってナールディーン王国へは、事実のみを報告しようと思っております」


 その事実とは王弟とその側近が姿を消したこと、そして見たことがない異形が突然現れラクサリア王国が危機に陥ったこと、さらにその異形の発生場所には奇妙な魔法陣と共にリネ教の書物やブローチがあったこと。


 これらを全て突きつければ、王弟を疑っているというのは明白なのだが、実際に口に出さないというのは大切だ。


「異論はないわ」

「私もない」


 ラクサリア王国が決めた方針に反対意見が出なかったところで、異形に関する話し合いは終わりとなった。今は世界中で危機が頻発しているため、何よりも優先すべきはハルカの派遣なのだ。


「では聖女ハルカの今後のスケジュールについて……」


 そう言ってロートレックが話を進めようとした瞬間、ある国の代表者が口元に笑みを浮かべながら席を立った。


「一つ良いだろうか」

「どうぞ」


 ロートレックが了承すると、その代表者――パレンシア王国の王太子、アレハンドロが口を開く。


「最近は聖女を取り巻く環境が一気に変わっているのだが、皆さんはご存知だろうか。特に今回の聖女の活躍によって、この街では皆が聖女教の信者となっている」


 その事実は他の国でも認識していたのか、誰からも割り込みはなかった。そこでアレハンドロは気をよくしたのか、ニンマリと口端を持ち上げて続きを話す。


「そしてその聖女教は、本部がわが国パレンシアにあるようなのだ。国から送られてきたいくつもの証拠書類も存在している」


 意気揚々とアレハンドロが掲げた書類には、聖女教にまつわる事柄が多く書かれていた。その中でも特に重視する点は、本部の所在地だろう。


 他の国の者たちは、やられたとでも言うように、眉間に皺を寄せている。


「そこで一つ提案なのだが、聖女様には聖女教の本部がある我が国を拠点としてもらうのはどうだろうか。その方が居心地が良いだろうし、何よりも明確な所属がない聖女様の、社会的に明らかな所属となる。これは聖女様にとって良いことだろう。そして属する先が宗教ならば、どの国に向かっても問題はない。今後の浄化の旅への影響もないということだ」


 そこまで告げたアレハンドロは、もはや笑みを隠す気もないのか、ニヤニヤと会議室にいる他の国の代表者たちを見回している。


「また多くの民たちが、聖女様に聖女教のトップに立ってもらいたいと願っているだろう。この声を無視するのかいかがなものか」


 実際に多くの民たちが望んでいるとなると、反論するのが難しいのか、誰もアレハンドロに苦言を呈さない。誰もが裏で工作したと分かってはいるが、証拠がない以上、パレンシア王国に聖女教の本部があるというのが、嘘だとは言えないのだ。


 そんな独壇場の中、アレハンドロは満を持してハルカに視線を向ける。


「聖女ハルカ、どうか我が国を拠点としてほしい。これは多くの民たちの願いなのだ。この厳しい世界で必死に生き抜く民たちの願いを、叶えてほしい」


 ハルカの弱点はお人よしなところだと考えているアレハンドロは、もう内心では勝利に酔いしれていた。何もかもが自分の思い通りに進み、内心では高笑いをしている。


 しかしそんなアレハンドロは、ハルカの言葉で固まった。


「お断りさせていただきます」


 アレハンドロはその言葉の意味が分からなかったのか、間抜けな声を出す。


「……は? ど、どういうことだ。民たちの願いを裏切るのか!?」

「いえ、そうではありませんよ。そもそも何かを勘違いしているようなのですが――皆さんが信仰しているのは星女教です。信仰対象はわたしではなく、空に浮かぶ無数の星々ですよ」


 にっこりと綺麗な笑みを浮かべてハルカが告げると、マルティナが星女教に関する書類をいくつも提示した。

 まずは同じ読みだが違う意味を持つ言葉を見て、アレハンドロは愕然と「星女教」の文字を凝視する。さらに本部の場所や信仰対象、どの程度の割合で星女教信者がいるのかという調査結果などにも、順に視線を動かした。


 そして、さっきまでの笑顔は完全に消し去り、必死の形相で叫ぶ。


「なっ、ど、どういうことだ!? そんなの嘘だろう!」

「真実ですが……街に下りて皆さんに聞けば分かると思います」


 そう言ってまた微笑んだハルカに、アレハンドロは力なく椅子に腰掛けてしまった。そんなアレハンドロに、マルティナが説明を引き継ぐ。


「星女教は無数に浮かぶ星々の中にハルカの元いた世界があり、ハルカを遣わしてくださったその星に、感謝を捧げるという宗教です。本部はこの街に存在し、すでにハルカも星女教の一員となっています。したがって……ハルカが拠点とするならば、ラクサリア王国が妥当ではないでしょうか」


 今度はマルティナがにっこりと綺麗な笑みを浮かべて宣言し、アレハンドロだけでなく、他の国々もやられたと苦々しげな表情を浮かべる。


 しかし今となってはもはや、どうにもできないことだ。多くの国は早々にハルカを取り込むことは諦め、友好関係を築く方向に方針を変えた。


「私の国でも星女教を広めますわ」

「こちらもだ。いつか聖女ハルカにも訪れてもらいたいな」

「それなら私の国も」


 そうしてアレハンドロの企みは失敗に終わり、ハルカとマルティナは密かに笑みを向けあった。


 聖女教の異常な広がりに気づいたラクサリア王国は詳細な調査をし、ハルカを他国に取られないようにするため、星女教という対抗策をとったのだ。


 同じ音の名前にすることでアレハンドロたちに気づかれないようにし、密かに星女教を広めていた。ハルカ本人が積極的に広めたことや、星を模ったネックレスという星女教信者の証なども作ったことで、一気に星女教が優勢となったのだ。


「では皆様、話を本筋に戻しても良いでしょうか」


 ロートレックのその言葉で、会議は先に進む。


「聖女ハルカが次に向かうのは、ハーディ王国です。ラクサリア王国を出立する日程や、ハーディ王国内での行程、さらにその後のハルカの動きについても決めなければいけません。まずは出立日から――」


 それからも会議は長く続いた。まだ瘴気溜まりの脅威から逃れることができたのは、ラクサリア王国だけだ。さらに帰還の魔法陣は成功の兆しすら見えず、浄化石と還元石についても、未だに有力な情報は集まっていない。


 問題は山積みではあるが、ハルカがこの世界で確かな地位と力を得て、浄化の旅が前に進んでいることは事実だ。

 

 真っ暗闇だった世界には、僅かな光が差し込んでいた。


「ハルカ、これからもよろしくね。そして……絶対にハルカを元の世界に帰すよ」

「ありがとう。信じてるよ」


 真剣な眼差しを浮かべていたマルティナの手を取ったのは、柔らかい笑みを浮かべたハルカだった。







〜あとがき〜

いつも読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

本日の更新で第6章完結となり、webの更新はしばらくお休みさせていただきます。ただそう遠くないうちに再開する予定ですので、再開をお待ちください!

(現在続きを執筆中です!)


webの更新がない期間は、書籍などで『図書館の天才少女』を楽しんでいただけたら嬉しいです。

コミカライズも始まっておりますので、そちらもぜひ!


皆様、いつもありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします!


蒼井美紗

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