第85話 お店の手伝い
荷物を置いたマルティナとロランが一階に下り、また古着屋の店舗部分に戻ると、そこでは母親が服を繕っていて、父親が在庫整理をしていた。
「部屋お借りしました。ありがとうございます」
ロランが声を掛けると母親が笑顔で頷いて、マルティナの父親は何故か眉間に皺を寄せた表情でロランの下へとずんずん歩いてくる。
そんな父親にマルティナは不思議そうに、ロランが顔を強張らせていると、父親はロランの肩に手を置いた。
そしてうぐぐぐぐ……と不思議な音を発しながらしばらく悩み、小さな声で告げる。
「…………マルティナのことを頼んだ」
「は、はい。それはもちろん」
構えた割には拍子抜けする内容だったのかロランが少し首を傾げて答えると、父親はさらに悩み、さらに小さな声を出す。
「…………結婚式には必ず呼んでくれ」
「…………はい?」
「必ずだぞ!」
「は、はいっ」
急な大声にロランが反射で頷くと、父親は満足した表情で今度はマルティナに笑顔を向けた。
マルティナは父親の言葉がほとんど聞こえていなく、いつもと違う父親の様子に首を傾げる。
「お父さん今日はどうしたの?」
「いや、大丈夫だ。なんでもない。そんなことよりマルティナ……父さんはマルティナが幸せなら、それが一番だからな」
「ありがとう?」
なぜ突然こんなことを言い出したのかと、マルティナは首を傾げるしかできない。
さすがに今日の父親は何かが変だ。病気がないか診てもらったほうが……そんなことを考えているうちに、満足げな笑みを浮かべた父親は仕事に戻ってしまった。
マルティナはこの違和感を誰かと共有したくて、ロランに顔を近づける。
「ロランさん、突然変な言動が増える病気ってあるのでしょうか。なんだかお父さんが変なんです」
「あぁ……うん、多分大丈夫だと思うぞ。お父さんはちょっと勘違いしてるんだろ」
「ロランさんは原因が分かるんですか?」
尊敬の眼差しを向けたマルティナに、ロランは困ったような笑みを浮かべた。
「いや、完全にってわけじゃないんだが……お父さんはマルティナが大好きだから、色々と心配なんだよ。でも元気そうな姿を見て安心したんじゃないか? だからもう大丈夫だろ」
「そっか……それなら良かったです。じゃあ私、少し仕事を手伝ってきますね。ロランさんはゆっくりしていてください」
マルティナがスッキリした笑みでそう伝えると、ロランは苦笑を浮かべつつ手を振る。マルティナはそんなロランに見送られながら、在庫整理をしている父親の下へ向かった。
「お父さん、久しぶりに手伝うよ」
マルティナが声を掛けると、父親はデレっと顔を笑み崩れさせた。
「ありがとな。マルティナがいると本当に助かるんだ」
「いつも通りやればいい?」
「ああ、よろしく頼む」
母親に呼ばれたロランがカウンターの中に座ってマルティナの様子を見守る中、マルティナは店内にたくさん並べられた中古服を端から見ていった。
「お父さん、これとこれ、それからこっちのシャツも、もう一年以上売れ残ってるよ」
「分かった。じゃあ値下げだな」
「うん。あっ、この服も。これお父さんが絶対に売れるって置いてるやつだけど、もう三年目になるんじゃない?」
マルティナが手に持ったのは花柄のワンピースで、生地がしっかりとしたものだ。とても質は良いのだが、その分価格が上がり、ずっと売れ残っていた。
「もっと値下げするか、リメイクしちゃったほうがいいと思う」
「でもマルティナ……これはかなりいい服なんだ。いつか誰かが買うかもしれないだろう?」
値下げやリメイクに難色を示した父親に、マルティナはさらに言葉を重ねる。
「でもずっとここに下げられてるだけの服は可哀想だよ。前にリンさんが緑色の高いワンピースを買っていったの覚えてる?」
「そんなことも……あったな」
「あのワンピースならまだ着てるだろうから、あれに合わせる布鞄に作り直したら売れるんじゃないのかな。リンさんは花柄を小物として使うのが好きだって言ってたよ。それからロックさんの奥さんも花柄が好きで、いつもスカートを奥さんのために買ってたでしょ? ワンピースだと高くても、スカートなら買えるんじゃないのかな」
常連の好みを考えた上での提案に、父親は少しだけ悩んでから頷いた。最終的には花柄のワンピースを手に取り、リメイクの箱に入れる。
「……分かった。さすがに三年も売れないんだ、マルティナの提案を採用しよう」
「ありがとう。リメイク案は適当だから、お母さんと考え直してね」
「もちろんだ」
「じゃあ次いくね。このシャツなんだけど――」
それからマルティナは持ち前の記憶力を武器にして、店舗に置かれた商品を選別していった。
その服がいつ入荷されたものなのか、誰がどのような服を購入しているのか、それらの情報を全て記憶しておけるマルティナは、在庫管理という仕事にとても適しているのだ。
マルティナの父親と母親もそのことは理解していて、昔からマルティナの力を借りていた。
商品の記録は紙にも残しているのだが、客の好みまで全てを記録に残すことは難しく、やはりマルティナの手伝いがあったほうが、売り上げが伸びることは実証済みだ。
「マルティナ、もうお昼の時間を過ぎたわ」
「あっ、本当だ」
久しぶりなのでつい夢中で中古服に向き合っていたマルティナは、母親の言葉でハッと顔を上げた。時間を確認すると、もう昼食を食べ終えていても良い時間だ。
「ロランさんは……」
マルティナが店舗の中をぐるっと見回すと、カウンターの中で何かを作るロランがいた。
「何をされてるのですか?」
「お母さんが裁縫を教えてくれてな……よしっ、どうだ?」
ロランはやり切った表情で、作っていた何かを持ち上げた。それは小さなトートバッグのようで、粗いところはあるがしっかりと形になっている。
「え、それロランさんが作ったのですか?」
「ああ、裁縫って楽しいんだな」
「可愛いですね……!」
ロランが作ったのは小さな子供が持っているような、可愛らしいトートバッグだ。それをロランが作り出したというギャップに、マルティナはかなり驚く。
「……確かに、俺はなんでこんなに可愛いのを作ったんだ?」
「ふふっ、裁縫は何を作っても自由なのよ」
「そうですそうです。ロランさんセンスありますよ!」
「そうよね。もっと色々なものを作ってみたら楽しいと思うわ」
「本当ですか?」
二人に褒められて満更でもない表情のロランに、さっそくマルティナが次に作りやすいものを提案している。そしてそんな三人を少し離れたところから――
父親が複雑そうな表情で見ていた。それに気づいた母親が、手を叩いて一区切りをつける。
「この話はまた後にして、お昼を食べたほうがいいわ。うちで作ることもできるけど、ロランさんにこの辺を案内したらどう?」
「あっ、そうだった。じゃあ……お昼ご飯を食べるついでに色々と案内してくるね。夜ご飯までには戻るよ。ロランさんもそれでいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ行きましょうか!」
久しぶりに忙しさやプレッシャーから解き放たれたマルティナは、とても楽しそうな笑みだ。そんなマルティナにロランは安心したような笑みを浮かべると、裁縫道具を片付けて立ち上がった。
「案内よろしくな」
「はい、任せてください。まずは図書館を案内しますね……!」
「いや、その前にどこかの食堂にしてくれ」
苦笑しつつそう言ったロランと共に、マルティナは両親に手を振って店を出た。
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