重版御礼SS「楽しいお買い物」

 ある休日の昼頃。マルティナはナディアと共に王宮を出て、昼食も兼ねた買い物に出掛けていた。

 先ほどまで王宮図書館で本を読みふけっていたマルティナは、晴れ渡った空を見上げながら、清々しい空気を胸いっぱいに吸い込む。


「う〜ん、気持ちいいね」

「図書館の中は、どうしても独特の空気になるものね」

「うん。でもそれが好きなんだけど」


 笑顔でそう言ったマルティナに、ナディアも口元を緩ませて少し先を指差した。


「今日はあちらに行きましょう。おすすめの美味しいお店があるのよ」

「ナディアのおすすめなら外れないね。それにしても外でご飯を食べるの、凄く久しぶりかも……」


 いつも休日は日が昇る頃に起き出して一番に食堂で朝食をとり、さっそく王宮図書館に向かって昼ご飯は忘れるか食べるにしても王宮内の食堂、そしてまた夜まで図書館に入り浸っているマルティナだ。


 マルティナの中に、休日だから外出をするという行動の選択肢はない。それこそ今日のように、ナディアに誘われなければ。


「では今日は最大限に楽しみましょう。せっかくマルティナが読書以外に時間を使っているのだから」

「……うん!」


(ナディアは王宮図書館に篭ってばかりの私を否定せずに受け入れてくれて、こうしてたまに外に連れ出してくれて……本当にいい友達だね)


 気持ちのいい風が頬を撫ぜたのを感じて足取りが軽くなり、するりと素直な言葉が口から溢れ落ちた。


「ナディアと友達になれて良かった。本当にありがとう」


 その言葉を聞いたナディアは驚いたように少し瞳を見開くと、すぐに自然な笑みを浮かべる。


「わたくしこそ、マルティナと仲良くなれて良かったわ」


 そうして穏やかな雰囲気のまま、二人は人々で賑わう通りに向かった。



 ナディアおすすめという可愛らしいカフェでサンドウィッチを昼食に食べ、デザートにケーキもいただいたマルティナは、大満足の表情だ。


「本当に美味しかった。特にサンドウィッチのソースが絶品だね」

「そうでしょう? 他のお店ではあまり食べられないお味なの」

「確かにちょっとだけ辛味があって、王宮の食堂でもあんまり出てこない系統の味かも」

「まだ流行が始まったばかりの調味料なのよ。これからたくさん使われるようになると思うわ」

「そうなんだ。さすがナディア」


 マルティナはナディアに調味料の名前や産地などを聞き、先ほど食べたサンドウィッチの味と共に情報を脳内に記憶した。


「最近はナディアのおかげで、流行についても分かってきたよ」


 何気なくそう言ったマルティナに、ナディアは楽しそうな笑みを浮かべて少し首を傾げてみせる。


「あら、わたくしがマルティナに伝えた流行に関するお話は、ほんの一部よ? 流行はすぐに移り変わってしまうのだから」

「え、まだ一部なの? 流行のものってたくさんあるんだね……」


 マルティナは驚きつつ、それほどに新しい情報があるという事実には胸を躍らせた。


 しかし一点だけ残念な部分は、


「最近の流行が一冊の本にまとまってたらいいのに」


 本という形で情報摂取ができないことだ。


「それは仕方がないわ。もしそのような本があったならば、すぐにわたくしも購入するもの」

「そうだよね。まず情報を集めるのが大変だもんね」


 そんな何気ない話をしているとケーキ後に飲んでいた紅茶も飲み終わり、二人はカフェを出ることにした。


「次はお買い物の時間ね。マルティナ、たくさん良いものを見つけましょう」

「うん! そういえば聞いてなかったけど、今日は何を買う予定なの?」

「あら、言ってなかったかしら。今日は化粧品を見たいと思っているのよ。ちょうどいくつか使い終わりそうなのがあるの」

「化粧品……私も少し買おうかな」


 最低限の身だしなみを整えるための櫛などは揃えたマルティナだったが、未だ化粧品には手を出していなかった。


 今まであまり興味を示さなかったマルティナが前向きな発言をしたことで、ナディアの瞳がきらりと光る。


「とても良いと思うわ。マルティナ、わたくしがマルティナにぴったりの上質な化粧品をおすすめするわね! あっ、お金に余裕はある? 予算はどれぐらいになるかしら」

「えっと、お金は給料をほとんど使ってないから、余裕はあるよ。ただ今日は少ししか持ってきてないけど」


 ナディアの勢いに押されつつマルティナが返答すると、ナディアはより前のめりになり言った。


「それならば、基本的な化粧品は十分に揃えられるわ! 今日はわたしくしがお金を払っておくから、金額をメモしておいて王宮に戻ってから払ってもらえれば大丈夫よ。どうかしら。買ってみるのはどう?」

「……ナディアがいいなら、お願いしようかな」

「分かったわ! わたくしに任せてちょうだい」


 そうしてマルティナは、やる気満々なナディアと共に化粧品を売っているお店に向かった。そのお店は貴族家で働く使用人なども利用できる価格帯のお店で、マルティナが入るのに躊躇うことはない雰囲気だ。


「初心者ならば、こういうお店からで良いと思うの。まず基礎化粧品は絶対に一通り揃えないとね。マルティナは肌がとても綺麗だから、あまり厚塗りになるものはよくなくて、素材を活かすような……」


 ナディアは店内にある化粧品を熟知しているようで、次々とマルティナに合いそうなものを手に取っていった。店員の女性もそんな二人の下に付き、ナディアをサポートする。


「こちらもお試しいたしますか?」

「ええ、お願いするわ。マルティナ、合わない化粧品はすぐに痒くなったりするから、ダメそうなら正直に言うのよ。長期的に使ってると合わないものは、判断しようがないのだけれど」

「分かった。でもどれも大丈夫だよ」


 マルティナはたくさんの化粧品が塗られている腕の内側に視線を向けつつ、どこも赤くなったりしていないのを確かめた。


「お客様は肌が強いようですね。それでしたらご自由にお選びいただけると思います」

「そうね。選択肢が増えて良かったわ。ではマルティナ、まずはこちらの三本から好きなのを選んでちょうだい。どれも化粧をする前に顔全体に薄く伸ばすものよ」

「効果は全く同じ?」

「いえ、基本は同じだけれど少しずつ違いがあって――」


 それからのマルティナは、目の前に並べられた似通った化粧品の中から、なんとなく惹かれるものを選んでいった。


 ナディアと店員の女性からのアドバイスも参考に、最終的に五種類の化粧品を購入する。サービスで化粧品を入れる簡易ポーチを付けてもらえて、マルティナはそれを受け取った。


「どうぞ、お気をつけてお持ち帰りください」

「ありがとうございます。ナディアもありがとう」

「気にしないで、とても楽しかったから」


 そう言ったナディアは達成感が滲んだ笑みを浮かべていて、そんなナディアにマルティナも笑顔になる。


「私も楽しめたよ」

「それなら良かったわ。今日買ったもので化粧に慣れたら、また買いに来ましょうね」

「うん。その時はまたナディアにお願いするね」


 そうして二人は化粧品店を後にして、楽しい気持ちのまま帰路についた。王宮に向かって横並びで歩く中、ふとナディアが何かを思い出したように口を開く。


「そういえば、近いうちに王宮図書館へいくつか新しい本が」

「なにそれ!?」


 ナディアの言葉を遮って、マルティナが瞳を輝かせた。そんなマルティナにナディアは苦笑を浮かべつつ、続きを口にする。


「入るかもしれないって軽く聞いただけよ。ちょうど仕事中に王宮図書館が関わる業務をしていて、その時にね」

「そうなんだ……! それは楽しみだね!」


 マルティナにとっては可能性があるというだけでも飛び跳ねたくなるほどに嬉しく、それをなんとか我慢して口元をニヨニヨと緩めた。


「いつ頃なのかな。どんなタイトルだろう。早く読みたいなぁ」


 そう呟きながら歩くマルティナの足は無意識に早められていて、もう意識は完全に王宮図書館へ飛んでいる。


 それが分かったのかナディアも早足になり、マルティナに声をかけた。


「早く帰ってまた図書館に行きましょうか。わたくしが読んでいた本はちょうど読み終わったから、またおすすめを教えて欲しいわ」

「もちろんだよ! 次は何がいいかな〜」


 そうしてスキップでもしそうなほどに上機嫌なマルティナと、そんなマルティナの隣で僅かな苦笑を浮かべながらも楽しそうにしているナディアの二人は、王宮に戻った。


 午後の王宮図書館では、仲の良い二人の様子に多くの官吏が密かに癒されたとか。







〜あとがき〜

タイトルにもある通り、4/10にカドカワBOOKS様から発売された本作の書籍1巻が、発売1週間で重版となりました!!

ご購入くださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!


重版の御礼として今回のSSを書いてみたのですが、どうだったでしょうか。仲の良い二人の穏やかな日常を楽しんでいただけましたら嬉しいです。


まだ書籍がお手元にない方は、ぜひこの機会に書籍をお手に取っていただけたらと思います。

(書籍でしか読めない書き下ろし番外編「三人の同期会」も収録されております)


よろしくお願いいたします。

そして改めまして、本当にありがとうございます!


蒼井美紗

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