第48話 ロランの過去と王宮へ帰還

「ロランさん、騎士さんたち驚いてましたね」


 騎士たちが忙しく動き回る様子を眺めながらマルティナがそう声を掛けると、ロランはボーッと騎士たちに視線を向けたまま口を開いた。


「そうだな。……ただ思いの外、嫌悪を露わにされることはなくて驚いてる」

「やっぱり怖がったり気味悪がる理由の一番は、知らないことが原因なのではないでしょうか。魔法について詳しい方々にとっては、珍しい以上の驚きはないのかもしれませんね」

「そうなのかもしれないな……」

「そういえば、ロランさんってずっと闇属性を隠してきたんですよね? どこで魔法を習ったのですか?」


 マルティナがふと思いついたように疑問を口にすると、ロランは昔を思い出すような表情で目を細めた。


「俺の両親……ラフォレ子爵夫妻は俺が闇魔法を何かの拍子に発動しさせて、属性がバレることを恐れてたんだ。だからどこから持ってきたのか、魔法の習得に関する教本や闇属性の使い方に関する指南書をたくさん与えられてな。それを使って勉強してたら、いつの間にか相当使いこなせるようになっていた」


 少し暗い雰囲気で発されたロランの言葉を聞いたマルティナは何も言葉を発さず、ロランは重い話をしすぎたかと反省し、無理にでもいつもの笑顔を浮かべてマルティナに視線を向けた。

 するとそんなロランが目にしたのは……瞳を輝かせて、上がってしまう口角を無理に下げようとして変な顔になっているマルティナだった。


「……マルティナ?」

「あっ、す、すみません……ロランさんの辛い過去のお話だったのに」


 頬を両手で押さえて深呼吸をするマルティナを見て、ロランは一つの可能性に思い至ったのか、スッと目を細めてマルティナを正面から見据えた。


「もしかして、闇属性の使い方に関する本を読んだことがないのか?」


 ロランのその言葉に、マルティナはもう隠すのは諦めたのか、輝く瞳を真っ直ぐロランに向ける。


「ないです……! 読んでみたいと、思ってしまって」


 マルティナの素直な言葉を聞いて大きく溜息を吐いたロランは、だんだんと頬を緩めて自然な笑みを浮かべると、声をあげて笑い出した。


「ははっ、お前は……っ、本当にブレないな。本はまだラフォレ子爵家の屋敷にあるはずだ」

「それを見せていただくことは……!」

「もう俺の属性もバレたし、いいんじゃないか? 今度の休日にでも持ってきてやるよ」

「ありがとうございます……!」


 マルティナは満面の笑みを浮かべると、ロランにガバッと頭を下げた。そんなマルティナを見て苦笑を浮かべているロランに、もう悲しい雰囲気はない。


 それからは二人が約束を交わしてすぐに外門へと馬車が到着し、二人はそれに乗って王宮に戻った。



 マルティナとロランが乗った馬車が王宮に到着すると、そこにはナディア、シルヴァン、そしてランバートが迎えに来ていた。


 ナディアとシルヴァンは最初にマルティナの不在を報告した者たちということで、マルティナ発見の一報が届いてすぐに情報が届けられた。ランバートも騎士団経由で情報を得て、ここに駆けつけている。


「マルティナ……! 無事で良かったわ!」


 馬車から降りたマルティナにまず駆け寄ったのは、瞳を潤ませたナディアだ。


「わたくしがガザル王国の方に騙されたから、そのせいでマルティナが酷いことをされていたらどうしようと、とても不安で……」


 マルティナが攫われたことに間接的に関わってしまったナディアは自分を責めているようで、唇を引き結んで厳しい表情だ。

 そんなナディアを見て、マルティナは首を横に振りながらいつも通りの笑みを浮かべた。


「ナディアのせいじゃないよ。ガザル王国の人への対処をお願いしたのは私だし、ナディアは職務を全うしただけでしょ? 悪いのはガザル王国の人たちだけだから」


 その言葉を聞いたナディアは潤んでいた瞳から涙を溢れさせると、マルティナを強く抱きしめた。


「ありがとう。本当に無事で良かったわ。……ロランもマルティナを助けてくれてありがとう。感謝しているわ」

「ああ、助けるのは当然だ」

「しかしロラン、一人で助けに行くのは褒められたものではない。今回は上手くいったから良かったものの、二人で失踪という事態もあり得たんだ。そうならないように、助けに行く前にせめて仲間である私に連絡を――」


 心配していたのかいつになく饒舌なシルヴァンの様子に、ロランとマルティナ、ナディアまでもが笑顔になる。


「すまなかった。次からは気をつける」


 ロランのその言葉に恥ずかしくなったのか顔を背けたシルヴァンに続き、今度はランバートが口を開いた。


「ロラン、騎士団からも礼を言う。今回のことは、警備を任されていた王宮内で誘拐事件を起こされてしまった騎士団の落ち度だ。すまなかった」

「いえ、今回のことは仕方がないと思います。転移魔法陣など予測できないですから」

「転移魔法陣……先ほど報告を聞いた時には、本当に驚いた。なぜそのように便利なものまで開発されていたにも関わらず、魔法陣という技術は廃れてしまったのだろうか」


 不思議そうに呟いたランバートに、マルティナが内ポケットに仕舞っていた魔法陣を広げながら口を開いた。


「そんなに便利でもないみたいです。これが件の魔法陣なのですが……この大きさの魔法陣をしっかりと発動するように狂いなく描くのは相当難しいと思います。そしてたとえ描けたとしても、転移できるのは一対の魔法陣の間だけで、さらに距離も精々街から出られる程度。またガザル王国の人たちが言うには、この魔法陣と共にあった本には使用に回数制限があると書かれていたようです。なんでも複数回使用すると、魔法陣が耐えきれずに綻びが生まれるとか」


 森での道中でガザル王国の者たちから聞いた――聞き出した話をすると、ランバートは納得するように何度か頷いた。


「確かにそれはあまり使えるようなものではないな」

「はい。凄い技術だとは思うのですが……そうだ、この魔法陣はランバート様に預けてもいいでしょうか。証拠品になると思うので」

「そうだな、では責任もって預かろう。――二人とも、明日の午前中には陛下に謁見となったので、今日はしっかりと休んでくれ」

「分かりました」


 ランバートのその言葉でこの場は解散となり、マルティナとロランはナディア、シルヴァンと共に官吏の独身寮に帰宅した。

 共に廊下を歩く四人の後ろ姿からは、とても親密な空気を感じ取ることができた。

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