第35話 国王からの書状
ソフィアンの正体をマルティナが知ることとなった日の翌日。今日もマルティナ、ロラン、シルヴァンは休日だったので、朝から三人で共に朝食をとっていた。
官吏の独身寮の食堂は特に朝が混み合うので、休日である三人はいつもより少し遅い時間での食事だ。
「第二王子殿下のご尊顔を知らないなど……信じられん」
昨日の出来事を聞いたシルヴァンが眉間に皺を寄せてそう言うと、マルティナは落ち込む様子を見せた。
「こればっかりは、反論はないです……官吏として働く以上、王族の方々の姿絵は真っ先に見ておくべきでした。ただその……王族の方々の姿絵ってどこで手に入るのでしょうか。陛下のご尊顔は平民図書館にあったのですが、それ以外の方々のものはなかったんです」
マルティナのその疑問に、ロランとシルヴァンは驚きに瞳を見開いた。
「もしかして、平民は王族の方々のお姿を見る方法がないのか?」
「確かに言われてみれば、俺も実家に姿絵があった以外で見たことはないな」
「はい。そしてどのようなお仕事をされているのかも、はっきりとは存じ上げなくて……」
不特定多数に顔を知られてしまうと、王族のような特権階級では命を狙われる危険性が高まってしまうため、この国では基本的に広く顔を見せるのは国王だけと慣習で決まっているのだ。
したがって平民が国王以外の王族を知る方法は、ほぼ存在しない。
「俺たちは幼少期から王族の方々について学んで育つから、知らない人がいるという認識があまりなかったな……平民出身の官吏が来たら、真っ先に教えることとしてマニュアルに入れておこう」
「よろしくお願いします。とても助かります」
「そしてマルティナにも教えないとな。確か王族の方々の姿絵は王宮図書館にはあるはずだから、まずはそれを見るといい」
ロランのその言葉にマルティナが頷き、話に一区切りがついたところで、食堂の出入り口である扉がバタンっと開かれた。
マルティナが何気なくそちらに視線を向けると……入ってきたのは、少し慌てている様子のナディアだ。
「良かった! ここにいなかったらどうしようかと……」
「どうしたの?」
「三人に陛下からの書状が届いたわ。本日の午後、謁見室で陛下から直接お話があるそうよ。わたくしを含めて他にも何人かの官吏が呼ばれているわ」
ナディアのその言葉を聞いて、三人は厳しい表情で顔を見合わせた。
「今回の遠征に関することだよな」
「今後の動きが決まったのかもしれませんね。官吏が多数呼ばれているということは、多くの調整業務が発生するのかと」
「……とにかく、早く食べて準備だ。陛下に謁見をするとなれば、身嗜みを最大限に整えなければならない。マルティナ、その癖っ毛はヘアオイルなどで押さえつけておけよ」
シルヴァンに髪型を指摘されたマルティナは、手のひらで頭を抑えながら口を開いた。
「ヘアオイル、持ってません……」
「お前……分かった。私のを貸してやる。しかし今回だけだぞ! お前は何かと重要な立場にいるんだから、身嗜みを整える道具ぐらい揃えておけ」
少し強い口調で発されたシルヴァンの言葉に、マルティナは慌てて居住まいを正し頷いた。しかしこの言葉はシルヴァンの優しさからだと分かっているので、マルティナは少しだけ頬を緩める。
「すぐに準備します」
「マルティナ、今度の休日にわたくしがお店を案内するわ。マルティナだけだと粗悪品を買わされそうだもの」
「確かに……ナディアありがとう。よろしくね」
「ええ。では三人とも、準備が終わり次第、政務部に向かってちょうだい。部長が皆で一緒に行くと言っていたわ」
「分かった。知らせに来てくれてありがとな」
ナディアが三人に軽く手を振って食堂を出ていくと、三人は急いで朝食を終えて午後の準備をすることになった。まずは私服から官吏服に着替え、マントとブローチを身につける。
それが終わったら、三人は食堂へと集まった。本当なら続きの準備も各自自室で行うのだが、今回はマルティナが何の道具も持っていないので、急遽食堂で準備を行う。
「マルティナ、まずはその櫛で髪を梳かせ」
シルヴァンが渡したのは、よく手入れをされて使い込まれた木製の櫛だ。オイルが染み込んでいて、これで髪を梳かすだけで髪の質が変わる。
「ありがとうございます」
櫛を受け取ってそっと髪を梳かしたマルティナは、手触りの変わった髪に驚き瞳を輝かせた。
「これ、凄いですね!」
「貴族なら男女関係なく誰でも使っているものだ」
櫛に驚いているマルティナに、シルヴァンは呆れた瞳を向ける。
「お前は優秀なくせに、思わぬことを知らないな」
「今まで読んできた本に載っている以外のことは知らないんです。それから知識としては頭にあっても、経験がないと深い理解には繋がらないものも多くあって……」
マルティナのその言葉を聞いて、ロランが納得するように何度か頷いた。そしてテーブルに並べられたいくつかの道具に視線を向ける。
「確かにこういう道具は歴史が深いものじゃないし、書物にまとめられてないものも多くあるのか」
「そうなんです。私の知識で一番乏しいのは、最近の流行ですね」
「では本ばかり読むのではなく、ナディアにでも聞いて流行を学べ。あいつが一番詳しいだろう」
シルヴァンのその言葉に、マルティナは神妙な面持ちで頷いた。
「確かにそうですね。自分には関係ないと思っていましたが、今度教えてもらいます」
「そうしてくれ。……では次はこれだ。このオイルを手のひらに少し取り、髪に馴染ませるんだ」
「分かりました」
それから三人は素早く準備を整え、道具を片付けると政務部に向かった。そして書状を確認し、謁見に呼ばれた皆で少し早めの昼食をとったら、すぐに謁見の時間だ。
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