第4話 オレの名前を彼女が呼んだ日

睨むと、ニュルニュルと変な動きを見せたが、彼女から離れることはなかった。心配だけど、オレもまだ見えるだけで、特に何かできることはないんだよな。あッ、そう言えば、、!


「もしかして、この辺で道に迷ってたンすか?」


「んっ?だからよー!! この神社まで行きたいんけど、きみ、知ってん?」



カバンからパンフレットを取り出し広げたのを見たら、知ってるも何も、オレん家の真ん前の神社じゃねぇか。


「そこの角を曲がってください。アスファルトの道じゃなくて、木が生い茂る方のもう一本の道をそのまま進んだら、駐車場に出ますから。15分ぐらいです。そっからなら、神社の鳥居が見えるンで。」




「ふぅん、結構近いやし。きみ、うちに無理して敬語使わんくてよいんよ? そんなに年も変わらんど。・・・さっきは驚いたさぁね? 」




「別に驚いてません・・・。ーーー驚いてねぇし。」


もう二度と会うこともねぇのに、敬語使うかどうかなんてどうでもいいことなのに、何となく彼女の言う通りにした。


「ふふっ、うそちかー。」



一瞬、意味が分からなかったけど、彼女のからかうような表情と、”うそ”という単語が聞き取れ、理解する。うそって言われても言い返せない。ケンカ技ならそれなりに強いと自惚れていたけど、肝心なところで使えなかったのはカッコわりぃな、オレ。筋トレとか興味ねぇけど、もっと真剣に身体鍛えとけばよかった。





「うちは、しに驚いた!! ーーーねぇ、きみ、名前は?」


あれ、驚いてたのか?? 側から見てたら、涼しい顔してるようにしか見えなかったが。今だって目を細めながら、頬を緩ませ楽しそうに微笑んでる。



「名前? ・・・鹿乃江たくみ。」



「鹿乃江?? あっ、そっかぁ!! ふふっ!! ーーーたっくん!」


「は?」


いきなり何言ってんだ?? そんな子どもみたいな呼び方。


「たくっ!」


「なっ!」


「たくみ!」


「ちょっ!」


「たくみ、うん、これがいいはず! うちのことは、あいりでいいよー。」


1人でニコニコして、納得したように頷いてる。初対面でいきなり名前を呼び捨てにする奴なんて初めてだ。でも、目前の女性があんまりにも嬉しそうな顔をしていたので、呆気にとられたし照れはしたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。



隣で、色艶の良い顔を綻ばせ笑ってる姿を見ると、本当に元気そうで、とてもじゃないけれど、すぐ死ぬようには見えねぇ。叔父に憑いてた『鬼』とは違って、その辺でたまに見るような危害も何も与えないタイプの霊なのか?



「たくみは今から学校行くば? 」




!?



いけねっ、すっかり忘れてた!! このままじゃ、2限に間に合わねぇ。焦って時計を見ると、走ればギリ間に合うか?? あ、でも、このビルのオーナーのこと待ってなっきゃならねぇんだよな。


「学校行って大丈夫!! うちの方から、ちゃんと説明しておこーねー。」



「でも・・・。」

迷うオレに、あいりは、何度も大丈夫だと言った。ここでオレが意地張っても、あんま意味ねぇ気がしてきた。今日、2限目に夏休み前の最後の補習があんだよな。落とすと、親父がまたうるせぇし。



オレはノートを一枚破り、その紙に名前と連絡先を書いてあいりに渡す。


「何かあったら、必ず電話くれ。別にいつかけてくれても構わねぇし。その時電話に出れなくても必ず後でかけ直す。」



そう言って、オレは椅子からたちあがり、もう一度礼を言う。


「さっきは助かった。ありがとう。ジュースも美味しかった。オレ、学校、行くから。」




あいりの綺麗な形の良い唇が弧を描き、渡した紙を折り目をつけ丁寧に折りたたむと、小首を傾げうんうんと頷いた。


「たくみは、さっき、うちのこと助けてくれたやんに。ふふっ、ありがとう!うちはここで少しのんびり休む〜! ーーーーまたね!」




「ああ。」


ギラギラと照りつける日差しの中を、学校に向かって歩き出す。得体の知れない『鬼』が憑いてる彼女をこのままにして?? でも、陰陽師として半人前の今のオレに出来ることは残念ながら何もない、、、それに、口実は何であれ、連絡先を渡せた。何かあった時に、あいりがオレに連絡してくれたらいいなとオレは思った。そして、カバンの把っ手をギュッと強く握りしめ、後ろを振り返った。


「あいり、気をつけろよっ!!」


“何に”とはあえて言わなかった。彼女からはキョトンとした丸い目でオレを見ていたが、大きく手を振り、涼やかな声を張り上げた。



「たくみっ、ちばりよー!! またねー!!」



また、なんて、もう二度と会うこともないはずなのに、気づいたらオレも手を振りかえしてた。

「ああ、また!!」







この時のオレは、本当にまた彼女に会えるなんて夢にも思っていなかったんだ。

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