第6話 呪いのドラゴンロード③
私の目の前には巨大なドラゴンが対峙している。
表情は読み取れないが。私をじっと見ている。
翼を閉じたまま、身体を地面に寝そべらせ。
尻尾はだらりと地面に這わせている。
私に対してなにも警戒していないのは読み取れる。
ドラゴンの周囲には人だったものがバラバラに散らばっていた。
遅かった。
背中越しに見るクロードは剣を地面に刺し、杖代わりに身体を支えていたが。私の声には答えない。
そして彼の足元には血だまりがあった。
私は足が動かなくなった。
このままクロードの正面に周ったら、血だまりの原因が分かってしまう。
ドラゴンは私が動けなくなったのを察したのか声を発した。
特に興味もないような抑揚のない冷めた口調で。
『ふん、人間の女、お前は何か言いたいようだったが。残念だったな。この男は死んだ。人間にしてはなかなかに見どころがある奴だったな。まさか立ったまま死ぬとは恐れ入ったぞ』
間に合わなかった……。
私はクロードの側に駆け寄る。
クロードの胸は鎧ごとドラゴンの爪に引き裂かれており、そこから大量の血が流れていた。
私に回復魔法が使えれば何とかなったのかもしれない。
いや、この傷の深さ、おそらく一瞬で絶命しただろう。
それに治せたって目の前の脅威は無くならない。
『ところで女、この男の勇猛さを前に、我も気分が良い。なにか言ってみろ。
我はドラゴンロード。ルシウスという。『呪いのドラゴンロード』といえば我のことよ。女、お前も名乗ることを許可する』
呪いのドラゴンロード。……知っている。
他のドラゴンロードと違って人類に対してたびたび干渉をしている。おとぎ話で登場する邪悪なドラゴンとはこいつのことだ。
こんなやつがこんな近くの森のなかに? これから人類に対して災厄をもたらすつもりなのだろうか。
いや、今は目の前の問題に立ち向かわなければ。私の返答次第でマーサも、信じてついてきた皆も死んでしまう。
私は呼吸を整える。そして姿勢を正し。
王族として挨拶をした。
「偉大なドラゴンロード。御身の名は良く知っております。私はエフタル王国第四王女のクリスティーナ・エフタルと申します」
ドラゴンは首を上げる。私の名に興味を持ったのか突然笑い出した。
『ハッハッハ! エフタルの第四王女だと? お前が? ハッハッハ! いや、すまんな、名乗った物に対する礼儀ではないのは知っているが。貴様がエフタルの……』
私を知っている? どういうこと? 私の存在は王宮の中でしか知られていないはず。
そう、公式にエフタル王国には第四王女はいないはずなのに……。
「失礼ながら、私ごときをなぜ偉大なロードがご存じなのでしょう」
ドラゴンは首を曲げ、私を見下ろしながら言った。
こちらに顔を向けるということは少しは興味を持たれたのだろうか。
『ふむ、そうだな。お前は知らんか。まあ当然だな。お前は我の生贄なのだよ。父から聞かなかったか? 貴様が成人したら我に献上すると言っておったぞ?
……しかし、あの男には騙されたな。お前には魔力の欠片もない。喰ってもなんの足しにもならん。それにしても、お前は王女なのだろう? なぜここにいる?』
そういうことか。
王国はこうして、この呪いのドラゴンから国を守っていたのだ。
生贄を定期的に捧げることでドラゴンの脅威に対峙していたのか。
それは悪い事ではない。それで多くの人が救われるのならそうすべきだろう。
……でも、それは生贄に選ばれない立場の人間が思うことで。私には関係がない。
私の中で何かが切れた。
全てが嫌になった。クロードもいない。ならせめて今までお世話になった人たちの為に。王国の大掃除をしよう。
私はドラゴンの前に跪く。
「お聞きください。私は王国から逃げてきました。それに私はもう成人です。もう魔力は発現しないでしょう。
ならば、偉大なるドラゴンロード。ルシウス様。今回の非礼に対する償いとして、私の父や兄、いえ、この際ですから王国の貴族を全てを献上させていただきます!」
ドラゴンは身体を持ち上げると上機嫌に笑った。
『ハハハ! お前、狂っているのか? いや、そうではないか、先程までのこの騎士に対する愛情は本物だった。愛情と憎しみ……ふむ、面白いな、聞かせよ、お前の企みを』
私は隣にいるクロードの亡骸を見る。このドラゴンに言われるまでもなく、彼への愛は本物だ、だから憎むのだ。
呪いのドラゴンロードはその名の通り、愛情と憎悪を好む。呪いとはこれらの感情を無くして成立しないからだ。
私は、剣を硬く握ったままの彼の両手に手を重ねる、ドラゴンに気に入られる目的でもあったが。私も少しだけ彼の勇気が欲しかった。
そして、私はこの呪いのドラゴンロードに王国の秘密を話した。
――私は未来永劫人類の天敵だろう。
エフタル王国は王城を含めて街全体が強力な魔法結界で守られている。
さすがにドラゴンロードでも、王城や魔法学院の魔法使いたちによって作られた巨大な魔法結界は突破できない。
だが、私は知っている。魔法結界のウィークポイントを。
いくら巨大な結界でも常に全方位に展開することは出来ないのだ。
これは国家機密。だけど。おじい様の書斎にあった本にはそれが詳細に書かれていた。
おじい様、レーヴァテイン公爵家は魔法結界の秘密を守る家系でもあった。
馬鹿な父上。そんな公爵をたった一度の失敗で伯爵に降格するなんて。
あまつさえ、将来の無い私の教育係に任命するなんて不名誉な扱いをしたからよ。
だから呪いのドラゴンに滅ぼされても文句は言えない。
『ハッハッハ! これは傑作だ! やはりお前は狂っているな。命欲しさに親兄弟や親族を売るとはな』
「ええ、ロード。私は親兄弟を売った。ですが命欲しさにではありません。これは私の願いです。どうかロードには私の最後の願いを聞いてほしく存じます。貴族を殺して平民を解放したいのです」
『ふむ、気に入った。クリスティーナよ、実に面白い。光栄に思え。この呪いのドラゴンロードがお前の美しい憎悪の感情を心から称賛しよう』
ドラゴンロードは指先を私の胸にかざした。
『クリスティーナよ、お前は気に入った。殺すには惜しいから特別に我の眷属にしてやろう』
ドラゴンロードの指が光ると突然、心臓を縛られるような感じがした。これが呪いのドラゴンロードの権能である呪いの一つだろうか。
『契約はなった。お前は我の眷属、呪いのドラゴンロード、ルシウスの所有物だ。
無能な貴様を喰ったところで我には何の利益もないしな。
それに我の眷属となったからには多少は魔法を使えるようになったはずだ。呪いとは魔術の契約でもある。
精進せよ。お前が育ち切ったときには、その魔力をいただくとしよう。よろこべ、お前はメインディッシュだ』
結局、私はこのドラゴンの生贄になることには変りはないか。
でも、これで王国は滅ぶ。思い残すことはない。
ふと疑問に思った。
「私が自害したらどうされますか?」
『ふむ、それは困るな。お前にも生きる楽しみが必要という事か。
そうだな、ではこの男を、殺すには惜しいと思っていた。
丁度よい。お前を育てるための餌になってもらう。
お前ら人間の言葉で言うなら家畜は太らせてから食えだったか?』
ドラゴンロードは今度はクロードに向かって指をかざすと、クロードの傷は綺麗に治っていた。
心臓の音が聞こえる。硬直していた手は解けてその場に倒れた。
私は彼を抱き起そうとして、側に駆け寄ると彼の吐息を感じた。
意識は無いが、生き返ったのだ。
『さて、これでお前は死ぬ理由がなくなったな。この男の目の前でお前は自害などできるか?』
クロードを人質にするなんて最低だ。
けど、私は死ねなくなった。このドラゴンに食べられるその日まで。
……でも、クロードが生き返ったことは嬉しかった。
このドラゴンに弄ばれていると分かっていても……。
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