二十話 帰還

「ジャック!」


 人混みを抜け出したショーンがジャックの元へ駆け寄る。全身傷だらけで満身創痍の状態だ。

 リコも駆け寄りジャックの状態を確認すると、仲間の警官を大声で呼んだ。

 その間もショーンは脈を測ったり、耳を彼の口元に近づけたりしていた。


「息はある…誰かハンカチを! ありったけ!」


 彼の発言にベティスや他の警官がハンカチを一斉に渡す。未だにチンピラ共はラリったまま、回るように踊り歩いている。

 そんな彼等から、警官達はジャックを囲うように守っていた。向こうではオールバックの死体が彼等に踏まれ続け、ホセが人混みを縫ってショーン達へ迫っていた。

 そんな中でも最低限の応急処置が進んで行く。

 今この場で出来る事に尽力していく中、二人の男がゆっくりと近付いてきた…………第二班の二人だ。


「……」


 全員の目が彼に向く。槍男は死にかけのジャックを見て、口がゆっくりと歪んでいく。獣腕も同様だ。

 要であるジャックがダウンしている今、ショーン達は絶望の淵に立たされている。このままではどうしようもない。そう考えた瞬間、


「……」


 二班は声にならない乾いた笑いを浮かべ、両手を上げた。彼等は降参したのだ。


「え?」


 思わずショーンは気の抜けた表情になる。槍男は「なんだ、気付いてなかったのかお前? 見ろよ」と言いたげに頭を一瞬後ろに動かし、周りを見るように促した。

 何が何だか分からず、周りを恐る恐る見渡し始める……どうやら視野が狭くなっていたようだ。


 なんと二人の真後ろでは、ホセが涙目で彼等の背中に二丁の拳銃を突き付けていたのだ。


 ホセの唇も手も震えに震え、本当に情けない。

 しかも後方ではデイビッド等警官達が、二人の180°後方を人混みに紛れて取り囲んでいる。

 全員が銃口をホセに向けている為、彼が裏切る事は無いだろう。

 ショーンは肩の力が途端に抜けた気がした。


――――――


 一行は広場を抜け、まだ形を保っている住宅街を歩いていく。この辺りは薬をヤッてる奴がいないのだろう。チンピラ共は傷だらけの彼等を、訝しむ様な表情で見つめている。正常な反応だ。

 デイビッドは申し訳ない表情でショーンに頭を下げ、ジャックの方へ振り返る。

 彼は即席の担架で運ばれている。服を二つ材料として使った為、ジャックとショーンの上半身は裸だ。ショーンは打撲傷は数個見られるものの、そこまで酷くはない。

 ジャックはその逆だ。大部分が服の包帯で括られており、そこから血が多数滲んでいる。打撲痕もかなり多い。

 そんな状態の彼を、二班の二人も少し哀れみの目で見つめていた。

 二人は上半身を縄で縛り上げられている。そして個別についた警察官が、後ろから首に銃を突き付けていた。

 ホセはホセで周りを取り囲む警察官と一緒に歩いており、子鹿みたいに震えている。

 周りの目を一斉に引きながらも、彼等は入口へと少し急いで戻っていた。


――――――


 何かの扉が勢い良く開く。


 女性の声だ…訛からしてキーラだろう。キーラは何かに驚き、ショーン達に何かを話す。おそらく事態の説明を求めてるようだ。

 ショーンは重苦しい表情で口を開く。一言二言話すと、キーラは切迫した表情で何かを指示する。

 それに他の者も同意したのか、手当たり次第に治療用の道具を探し始めた。


 ……度重なる怪我と疲労のせいで、ジャックの朦朧とした意識は彼等の声をクリアに拾うことが出来ない。


「……い! 目を………し……ぞ!」

「本……か!」


 デイビッドの呼びかけに気付いたショーンが慌てて近づく。沈痛な面持ちの彼はジャックの目を真っ直ぐ見ながら、必死に肩を揺らし続ける。


「大…夫か! …ャ…ク!」


 あぁ、大丈夫だ。そう応えようとしても、口が開かない。声が出せない。


「ジ…ッ…! …事し…くれ!」


 返事したくても出来ない。指先に力を入れることすら困難だ。どうすればいい、どうすれば………気付けばジャックは、自身の記憶を辿り始めていた。

 何か返事をする為の手段はないのか、何処にある、過去を、過去を辿れ、辿ればいずれ見つかる…。

 直近の記憶を辿る…見つからない。じゃあ一年前は…そこにも無い…………ジャックの意識は深い過去へ足を運んでいく。

 幼少期の施設暮らし、何か素質を買われ何処かへ連れて行かれた日、一面真っ白ながらも薄く血の跡が残る一室。

 そこに背を向けて寝かせられ、強固な拘束具を手足腰を強く固定された後、背中に何か焼けた痛みが走る。

 縦一文字、深く入ったようで背中が皮はおろか、肉までもが開口機でパックリと開く。痛みが強いが、その中に脊髄が剥き出しになった感覚が混じってくる。

 始めての感覚を味わう間もなく、その脊髄に何か針のようなものが刺さり、そこから何かが流し込まれ――――


――――――


 途端、ジャックは目を極限にまで見開き、獣のような悲鳴を上げ、体全体を電流が流れるが如く震わせ始めた。


「ジャック!? おいジャック!?」

「誰か押さえろ!!!!」


 ショーンが咄嗟に彼を抑える。だが力が強くあと数秒で跳ね返されそうだ。デイビッドも仲間を呼びかけながら、必死に彼を抑えつけた。

 駆け寄る人も一人、二人と増え続け手や足等一部分につき二人位が必死に押さえつける程だ。それでもジャックの動きは収まらず、徐々に背が反り始めた。

 骨が軋む音がなり始めた、雄叫びを上げる口からは血を含んだ泡が出てくる。目も白目を剥き、体中に青筋が立ち始めた。

 キーラも抑えに行こうと一歩踏み出そうとした瞬間、金属が動く音が彼女の耳に入った。


「?」


 何だと思い音の方へ向くと、そこにはカウンターにてショットガンに弾を込める初老の男がいた。

 彼はこの酒場の店主だ。一体何をする気だろうか。戸惑いを隠せない表情で近づく彼女に気付いたのか、店主は慌てて照準をジャックへと向けた。


「!? チョット!」


 キーラは血相変えて走り込むと、カウンターを飛び越えて店主の前に躍り出る。

 そして強引に掴み照準を上に向かせる中、ショットガンの発泡音が至近距離でなり響いた。

 上の電球が割れ、轟音に数人が驚き振り向く。キーラはそんなもんお構い無しに、ショットガンを掴んだまま店主の頬に肘を入れた。

 そして腹を入れて店主の姿勢を崩すと、キーラは奪ったショットガンの照準を今度は彼の頭へ向けた。

 キーラ肩と口で激しく息をしながら店主を睨みつける。その視線を直視できず、彼はへたり込んだままそっぽを向いてしまった。

 ジャックは銃声に触発されたか、更に悲鳴に近い雄叫びを上げ、背も海老の如くより逸れて行く。

 白目で血の涙を流すジャックを彼等は必死に抑えつけるが、それももう保たなそうだ。


「……あんたらが静かにやってる時はまだよかったんだ」


 突如店主がゆっくりと口を開いた。キーラの視線が刺さるが尚も彼は喋り続ける。溜まった物をぶち撒けたい思いで、いっぱいなのだろう。


「常連さんも口が硬いからバレるこたあ無いと思ってたさ」


 彼はやるせない表情で彼女の目を見る。その表情の奥に、何かを決心したような思惑を彼女は感じた。

 奥では波が収まったのか、ゆっくりと落ち着いていくジャックが深い眠りに落ち始めた。


「でももう限界だ」


 店主への視線が徐々に増えていく。どれも申し訳ないという思いが籠もっていた。


「使える奴はやるから、出てってくれ」


 吐き出すように彼は言った。


――――――


 北の基地、道の真ん中を陣取るトラックを背に、ミハイルはやるせない表情でタバコを吸っていた。

 報告によると第二班の二人が捕まったようだ。何の抵抗もせず、アッサリと。


「……楽な方を選んだか」


 彼は諦めた様な笑みを浮かべる。子を送り出す親の様に。そして天をゆっくりと見上げた後、


 手に持つタバコを一気に握り潰した。


 少し焼けた痛みが走るが、そんなのどうでもいい。ミハイルは彼等に対し何か恨みの様な感情を浮かべたのだ。


「軍そ……大丈夫ですか!?」


 ミハイルの元へやって来た部下が、彼の手を見て慌てる。握り潰した手から煙と血が滲み出ていて、ミハイルはそれをゆっくりと開いた。

 焼け爛れた跡と傷で散々な有り様だ。部下が「衛生兵!」と叫んで呼ぶ中、ミハイルの額に静かに青筋が立ち始めた。

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