Alone ~元特殊部隊所属、ジャック・カミンスキー~

Yujin23Duo

一話 突入 Ⅰ

 男は血の匂いが漂う街を歩いていた。


 空は鉛のように濁り、下を見れば鼠色の石畳に血が飛び散っている。

 血の他にも弾薬や瓦礫、鉄の破片、そして死体が周りに散らばっていた。

 顔が判別出来ない男の死体、黒光りの装甲を砂と血で汚した死体、体中が炭化した死体と有象無象の骸が辺りを埋め尽くしていた。

 辛うじている生存者も一種の恐怖を感じてしまう程に、敵味方揃って目に生気を感じない。


 ……正に地獄のような光景がそこにはあった。


 そんな光景にも目もくれず男は一直線に建物の壁へ歩いて行く。壁には一人の軍人が座っていた。

 彼の胸や腹の装甲に穴が開いており、そこからとめどなく血が溢れ出ている。

 にも関わらず、軍人は顔を覆うほどのヘルメットを、最後の力を振り絞るようにゆっくりと外した。


 その顔は人間とは遠くかけ離れた醜悪な顔つきの緑色の怪物、いわばゴブリンと呼ばれる亜人種の顔である。


「ジャックか」


 怪物は見上げると男の目を真っ直ぐ見つめ、口角をニヤリと上げながらそう呼びかけた。

 怪物の呼びかけに対して男……ジャックは何も言わず彼を見つめる。

 ゴブリンは精一杯元気そうに振舞っていが、吐血の頻度が高く先は長くなさそうだ。


「……」


 ジャックは何も言わずにゆっくりとしゃがみ込むと、装甲から開いた穴を見つめた。

 やはり血はとめどなく出ていて、彼を生き永らさせるすべは限りなく無い。

 そんな状態にも関わらず男は咳き込むように笑うと、ポケットからあるものを取り出した。


 銀色に光る固く拳を模ったペンダントだ。


 ゴブリンの男は「やるよ」と軽く言いながら、そのペンダントをジャックに差し出した。


「オーダーメイドだ……高く売れる……」


 ジャックがそのペンダントを貰うと、ゴブリンはまた咳き込むように笑った。

 そして差し出した手を、ゆっくりと、力なく落とし、遂には何も喋らなくなった。

 呼吸音もしない。眉やら口、全てが全く動かなくなっている……彼は死んだのだ。

 力尽きた彼の表情は少し笑っていて、いい夢を見ているように見えた。

 ジャックは彼の最期を看取ると、何も言わずにペンダントを見つめる。

 そして彼の視界が何かの声と共にボケて、そして暗くなっていった。


――――――



「……ろ……起きろ」


 男の声と共にジャックの意識が覚醒していく。それと共に感覚も蘇り、隣の男が呼び掛けながら雑に小突いていること気付いた。

 声に促されるままに目を開けると、そこは閉塞的な車の中だ。

 夜なのか車内は暗く。窓から刺す蛍光灯やネオンの光で辛うじて姿形が見える。


 ……どうやらジャックは過去の出来事を夢として見ていたようだ。


「おまえな、こんなピリピリしてる時に寝んじゃねえよ」

『皆さん、今の世の中がホントに良くなったと胸を張って言えますか?』


 男からは苛立ちを含んだ声で注意され、ラジオからもやり場の無い怒りの声が聞こえるが、ジャックは気にも留めずに窓の方を見る。


 繫華街だろうか、ネオンの光が二階建ての建築群を鮮やかに彩っていた。


 横一列に並ぶ建物の壁には血が飛び散っており、血まみれのまま倒れる男が見える。

 道路は舗装が全くされていない土の道で、染み付いた血の跡が度々ある。

 窓にはジャックの顔が映っていた。顔立ちは三十代の頃の短髪のジャン=クロードヴァン・ダムに似ているが、何処か哀愁が漂っていて、眼に光はない。


『確かに百数年前、数多くの国や村で下民に対する差別、拙い技術、そして亜人種との数十年に渡る戦争など様々な問題点がこの世界にはありました。』


 車の方へ視線を戻す。その先ではジャックを起こした男が頭の側頭部に指を当て、鋭い目で周囲を見回していた。

 デコを微かに隠すようなハンサムショートの髪形、尖った耳、そして身長百八十センチ程のエルフの男だ。

 ネオンの光に照らされた顔は所々傷が確認でき、それでも隠し切れない程の美形だ。

 体には無駄な筋肉がなく、完璧なくらいに鍛え上げられている。

 側頭部に当てた指は黄緑色に鈍く光り、時々点滅していた。


『そしてそれらの問題点を、何処からか来た転生者達が一気に解決したわけです。』


 前を見るとコートを雑に着て、髪がぼさぼさな男が運転しているのが見える。

 バックミラーからは髭面で偏屈そうな顔立ちが見えていた。

 彼はエルフと同様に周囲を見ているが、エルフよりも無駄な動きが無い。


『ですが考えてみてください。戦争、なくなってますか? 犯罪、減ってますか?』

「右の酒屋、サメの奴です」

「おう」


 エルフの謎の言葉に髭面が応えると、横にあるケースから何かを取り出した。銃である。

 エルフも同様に座席の下から銃を取り出し、腰のホルスターへと刺す。

 彼が側頭部に当てていた指を離すと、指の鈍い光が消えていった。


『誰でも銃を持てるようになったせいで、銃撃事件が多発し始めたじゃないですか! しかも犯人はどれも一般人ですよ…!』

「ジャック、お前銃持ってるか?」


 ジャックはエルフの男に銃を見せると、彼と同様にホルスターへと刺し合図を待った。

 エルフが言っていた酒屋は少しボロいトタンの二階建てだ。

 真ん中辺りにサメをあしらった看板があり、扉の前では如何にも育ちが悪そうな、異様な男たちが二人立っていた。

 肌は舛花色ますはないろの鱗に覆われ、頭部や腕に魚の要素(ギョロ目、エラ、ヒレ)を持つ亜人種、魚人の男達である。


『そして今のユニティア合衆国の政治家の七割が転生者の出自の奴ばかりで、元からいた俺達が付け入る隙なんぞ無い!』

「拳使えよ、銃はもしもの時の奴だからな、撃ったらその法律のお繩になっちまう」


 髭面が脅すように言うと、雑に車を路肩へと止めた。急に止まったせいか彼等の体は少し大きく揺れる。

 エルフの男は「うおッ」と声を漏らす程、この揺れに慣れてない様子だ。


『しかもその七割は無能!汚職!更には前世がテロリストのクズもいたりする! この国は闇に満ちあふれ[プツッ]――――』


 ラジオの声が怒気に満ちあふれた所で、髭面は電源を強引に切ると、車を勢い良く出た。

 何時の間にか髭面は銃をホルスターに刺し、樺茶色かばちゃいろの鈍く光る警棒を持っていた。

 エルフとジャックは彼の後ろを肩を切って歩いていた。


「あの紙は?」

「ポケットの中です」

「よーし」


 彼の問いかけにエルフがそう答えると、髭面は肩を回しながら、酒屋へ意気揚揚と歩んでいく。

 髭面は酒屋の男達を微かに睨み、初老とは思えない若々しい早歩きで彼らへと迫った。


「HEEEEEY!」


 髭面の余りにも五月蠅く、そして突然な呼びかけに魚人のヤンキーは一瞬驚く。

 直ぐに片方が「なんすか」と反射で返し、鬱陶しいコバエを見るような目で、彼らを睨みつけた。

 だがそんな彼を気にせず、髭面は持っていた警棒を予備動作も無く彼の側頭部へ思いっ切り降り抜いた。

 鈍い音と共に一方が横に吹っ飛ぶのを、もう一方は呆然としながら見ている。

 その隙をつきエルフは魚人の首の声帯辺りに、素早い掌底をお見舞いした。

 魚人が声にならない悲鳴を上げて倒れると、三人は何事もなかったかのように、酒屋へと入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る