現代を生きる百合短編集
園田庵
第1話「大人の知育菓子」
「おーい、麻奈美。今日は面白いもの買ってきたぞ」
昼休み、空き教室で一人聖書を読んでいると、笹倉先生が入ってきて楽しげな表情を私に向ける。聖書を閉じてそちらを見ると、片手には何やらお菓子のパッケージが見える。
「笹倉先生、それはなんですか。その、私の時間を割くだけの意義は……」
「多分ないよ。でも面白いはず」
堂々と言われると、私も強く言い返せない。
この先生はいつもそうだ。週に二回か三回くらいは二日酔いで学校にくるし、口を開けばお酒の話に深い意味のない適当な話ばかり。正直、教師なんて役につけるほど真っ当な感じがしない。
でも、そうして絡んでくる先生のことが、案外嫌いではなかった。
それこそ、退屈はしないし。
「ていうか、麻奈美は真面目すぎるんだよ。さすが、シスター様って感じがする」
「それ、褒めてますか?」
前言撤回、やっぱりいけすかない人だ。
人がカトリック系の家系だからって。
「褒めてるよ。ただ、息抜きは必要だろう? ほら、大人の知育菓子」
片手に持っていたお菓子をこちらに見せびらかす。
ああ、これなら知っている。私も小さい頃にやったことのある練って色を変えるものだ。大人の、って、味しか変わらないみたいだけど大丈夫なのだろうか。
「それで、ここでやるんですか?」
私の問いに笹倉先生は頷いてパッケージを開封する。
中には粉の入った数個の粉と、混ぜる用の器。なんだろう、もう数年はやってないはずなのに、やっぱりって思えるような安心感がある。
「あっやべ」
笹倉先生が袋を開けると、うっかりとそれを落としてこぼしてしまう。まさか、今まさに酔っているとかではないだろうな。なんて、心配になってしまう。
「やべ、じゃないでしょう。気をつけてください」
粉を集めて廃棄用に空パッケージに入れておきながら、続きを見てみる。
「はいはーい。んで? 水を入れて練ると。あ、Bの粉開けといて」
先生は少し少なめの水で練り始め、次の工程を確認すると、私に次の指示を出してきた。これ、私もやるのか。
「はい、開けましたよ」
「お、じゃあゆっくりここに注いで」
言われるままに、先生が混ぜているところにBの粉を入れる。そうして待っていると、徐々に色が変わってもったりした泡のように膨らんできた。やっぱりこうしてみると、知育菓子ながらに結構年を重ねても面白いなと思えるだけのものではあると思う。
最後にトッピングの粉を出して、それにつけながら食べるといった感じだ。
「よし! じゃあ麻奈美、食べてみてくれ」
食べてみてくれ、と言われても……と、惑ながらも先生にアーンをされて私も引くに引けず口に運ぶ。
う、なんというか、美味しいには美味しいんだけど、こう、ちょっと粉っぽい。Aの粉の分量に合わせて水が減ったからか。
「……先生も食べてください」
「わ、私はいいかなー、なんて」
私の反応から察したのか、先生は苦笑を浮かべながらやんわりと断ってきた。
「遠慮は無用です。ほら、食べてください!」
無理やり口にまで持っていき、逃げ場をなくして口に入れてやる。
「ん……んー。微妙……」
しばらく口の中で転がして味わっていると、先生も首を傾げて私と同じような反応をする。それが、なんだか面白くってつい笑ってしまう。
「なっ、何がおかしいのさ」
不服そうに先生が訴えるのがもっと面白くて、私はもっと笑ってしまった。
「だって先生、知育菓子もまともに作れないんですもん」
そうして私が笑っているのをみると、やがて先生は満足そうに小さくため息をつく。
「よかった。お前が笑ってくれて」
「え?」
その言葉が不思議でつい私は聞き返してしまう。だって、いつも勝手に私のそばに来てはあまり面白くもない話をするものだから、てっきり都合のいい相手程度に思っているものだと思っていたのに。
「なんか、いつも退屈そうだったから。笑ってるほうがいいよ」
先生はそう言って教室を出て行こうとする。
「また遊びに来るよ。あ、授業遅れないようにね」
なんて、余裕綽々な感じでいうのが、やっぱりずるいと思った。
「知育菓子も作れないくせに……」
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