祈りの塔 (ウィリアム)

1

画面に表示された文章は連合国の古語だった。

ポールが真ん中に座りコンピュータを操作する中、ウィリアムとルネはその斜め後ろに椅子を持ってきて座った。

そして三人は画面に表示されるファイルをひとつ、またひとつと次々に開いて読み進めていった。


「核とか原子力ってなんだ?」

記録に出てくるその単語にポールが首をひねった。

「すごく便利で役に立つけど、とても危険なもののようだ」

ルネは中腰になって画面を覗き込んで文字を追っていた。

「放射性物質は確かレアメタルやレアアースの採掘で問題になっているやつだよな。それで健康被害が出ていたり環境汚染が進んでるって」

ウィリアムは「原子力」と「核」とともに併記されるその単語に覚えがあった。

「莫大なエネルギーを生みだす、これが本当なら世界が一気に変わるだろうな」


「あ、これ! 本当に千年前に地殻変動があったんだ」

ルネが興奮した様子で頬を紅潮させ、声をあげた。

「極東の島国……、興味あるの?」

ウィリアムはルネのその様子が珍しく、思わずそうきいた。

「ああ、この国の文字で書かれたと思われる本が見つかって、それを……」

とそう言いかけてルネは黙り込んでしまった。

「なんでもない」

そしてその声はいつもの調子に戻っていた。


すべてを読むには内容が膨大で、ウィリアムたちは途中から間を飛ばしながら読み進めていった。

最後までたどり着いた頃には三人ともクタクタになっていた。

そして三人が無言になるとコンピュータがシューと排熱する音だけが響いた。

「暑いな」

ポールがシャツをパタパタとさせながら汗を拭った。

「機械の熱がすごいな」

ウィリアムもシャツの袖で汗を拭った。

「それよりランスで本を隠したって、これ、もしかして」

「トゥルーヌ遺跡」

ポールの言葉にルネが小さく呟いた。

「じゃあこれやっぱり実話なのか!?」

ポールがポンと机を叩いた。

するとその音にあわせてルネの頭が大きく傾いだ。

そしてそのまま椅子から崩れ落ち床に座りこんだ。

「どうしたんだ、ルネ?」

ウィリアムは呼びかけたが返事がなかった。

「ルネ!」

急いで抱き起こすと、ルネはぐったりとして目を閉じ体が熱かった。

「熱中症かもしれない」

ウィリアムがそう言うとポールは椅子を立って飛び出した。

「先生呼んでくる」


「何か冷やすもの」

ウィリアムは辺りを探したが見つからず、着ていたシャツを脱いで教室を出た。

そして別棟一階の手洗い場の水道でシャツを濡らし、また二階へ戻ってルネの首に当てた。

「そうだ、服を脱がせた方がいいな」

ウィリアムはルネのシャツのボタンを緩めていった。

「ウィリアム!」

後ろから響いた声にウィリアムは動きを止めた。

「私が運ぼう」

ヴァンサンがルネに近づいて抱きかかえた。

するとルネがうっすら目を開けた。

「ルネ! わかるか?」

ウィリアムは呼びかけたが反応がなかった。

「とりあえず医務室に連れて行くから、ウィリアムはここの戸締りを頼む」

ヴァンサンはそう言ってポールを連れて教室を出ていった。

(少し前からいつもと様子が違っていたのになぜ気づかなかったんだ)

ウィリアムは室内を片付けて鍵をかけ、本校舎にある医務室へ向かった。



医務室でルネはベッドに寝かされていた。

ウィリアムが近づいていくとルネはまばたきをした。

「気分はどう?」

しかし答えはなかった。

ウィリアムは傍に行くと額に手を当てた。

「熱は少し下がったみたいだな」

「服は?」

ようやく口を開いたルネはぼんやりとした様子で言った。

「君の首元……、いや今はその手にあるよ」



「それで君たち、あんなになるまで夢中になってコンピュータで何をしてたんだ」

ヴァンサンはウィリアムとポールを医務室の隅に置かれたテーブルへ連れていき尋ねた。

ウィリアムはルネの鞄から卵型のカプセルとその中に入っていた円盤を取り出してヴァンサンに見せた。

カプセルはいつでも取り出せるように蓋を開けたままにしていた。

「これは?」

「学校の地下で見つけました」

「地下って地下教室のことかい?」

「いえ、資料室の床下にあった地下です」

ウィリアムがそう言うと、ヴァンサンは顔をしかめ怪訝な顔をした。

「資料室に地下室があるのかい?」

ウィリアムは見つけた経緯を順に語った。

「なるほど。つまりポールの祖先の書付けをもとに地下を探して、床をこじ開けてそれを見つけたと」

ウィリアムは少し訂正したかったが概ねそうだと頷いた。

「これは一旦私が預かろう」

まだ全ての記録を見ていなかったためウィリアムはためらったが抗えなかった。

ベッドで話をきいていたルネはウィリアムに止めてほしそうに首を振っていたが無理だと悟るとガックリとうなだれた。



中休みが明けて学校の正門をくぐったウィリアムにヴァンサンが声をかけた。

「放課後、三人で管理小屋に来てくれるかい」

この日の授業が終わるとウィリアムはルネとポールに声をかけ、管理小屋に行った。

入口を入ってすぐのリビングのテーブルにはカプセルと円盤が置かれていた。

「一度私も開いて見てみたよ。これは私から学校に知らせて国の委員会に届けよう」

ヴァンサンはコーヒーをカップに注いでテーブルに並べてからそう言った。

「やっぱりこれは」

ヴァンサンは一度口を引き結んで頷いた。

「断定はできないがこの記録は一千年前のものだろう。ディスクの細かなデザイン、仕様が遺跡で見つかったものと酷似していた。場合によっては資料室にも何かしら調査が入るだろう。そしてポール、君の先祖の書付けというものも見せてほしい」

ポールはそれをきいて顔をひきつらせた。

お祖父さんの家から無断で持ち出したのだから無理もない。

「でも、僕の独断で渡すのは……」

「大丈夫、私から君のご家族に説明しよう」

「あ、いえそれは……」

ポールはさらに墓穴を掘っていた。

「そういえば先生は遺跡の調査をしていたんでしたよね?」

ウィリアムが話を逸らそうとヴァンサンに尋ねた。

「そうだよ。まさかこの学校でこんなものが見つかるとはね」

そしてにこやかな笑みを浮かべたヴァンサンは忘れずにポールを見た。

「じゃあ、そういうことでいいかな」



鉄道内上部に設置された電子案内板のテロップにニュースが流れた。

「……遺跡の本から驚くべき方程式が……」

夏季休暇に入り、ウィリアムたちは鉄道に乗って移動していた。

鉄道を降りるとその駅は閑散としていた。

「ここから一時間歩くのか」

駅舎を出てポールが遠くまで伸びる道に目を細めた。

「ちょっとした巡礼の旅だな」

ウィリアムたちは祈りの塔を見に南部の海岸近くへやって来た。

風は涼しかったが青空に輝く太陽は刺すように鋭かった。

「日差し大丈夫?」

ウィリアムは隣のルネを見た。

「問題ない」

ルネは帽子をキュッとかぶった。

今日は服装が涼し気だった。

「そうよ」

ドイが横からポンと日傘を開いた。

「私たちこれに入って行きましょう」

ルネは日傘を受け取りドイと半分ずつ入った。

ウィリアムはポールと先に立って歩き後ろにルネとドイが続いた。

「なあ、後ろの二人、公衆の面前でベタベタし過ぎじゃないか?」

「はは、今は君と僕しか見てないけどね」

この道を歩くのはウィリアム、ポール、ルネ、ドイの四人しかいなかった。

「みんな車を使うからな」

「それに今はシーズンじゃないからね」

塔への礼拝は聖夜祭と冬至祭の前後の春と冬が多い。


しばらく歩くと遠くに高く伸びる塔が見えてきた。

「結局、カプセル見れなかったわ。先生が回収したのよね」

「国の委員会に渡って今カプセルの構造やディスクの記録が調査されてるみたいだよ」

後ろからドイとルネの会話がきこえてきた。

まだ公には報道されていないがヴァンサンの話によるとその界隈ではかなり騒がれているのだそうだ。

そしてこの夏期休暇中に学校の資料室の地下に調査が入っている。


ウィリアムはしだいにはっきりと見えてきた前方の塔に見入った。

(僕たちが祈っていたものとは……)

ウィリアムは父がまだ生きていた頃、家族で塔を見に来た日のことを思い出した。

(父さんはこれを見て何を感じただろう)

「なんか、灯台みたいだよな」

ポールがつぶやいた。

この夏の青空の下、草原の中に建つそれはどこか牧歌的だった。

まさかあの地下に恐ろしく危険なもの、決して掘り起こしてはならないものが埋まっているとは誰も思わないだろう。

祈りの塔。

普段はその存在感を消して、それでいて生活に染み込み、絶対的で静かに根を張るもの。


祈りの場である鉄条網の前まで来るとウィリアムたちは立ち止まった。

塔はまだ遠くにある。

「コットンが言ってた」

ルネがドイに日傘を返してウィリアムの隣にやって来た。

「コットン?」

「私がランスにいた頃から世話になってる人」

「ジョンは?」

ルネは塔を見ながら頷いた。

「コットンとジョン。ウィリアムもたぶん知ってると思う」

「え、会ったことあるかな?」

ウィリアムは覚えがなく首を傾げた。

いつも街中の寺院へ行くため、丘の上へはルネを訪ねていったものを含め数度しかなかった。

(家で会ったのはジョンだったし)

「眼鏡の老人、コットンは数年前この国の研究所にいたらしい」

ウィリアムは息を止めた。

「昨年の年末、コットンはあの塔に入って一時行方不明になったんだ。そのあと無事に見つかったけど、それからしばらくは青い顔をしていた。資料室の地下から出てきたときの君のような」

ルネがうかがうようにウィリアムを見た。

それからまた視線を前方へやった。

「家に帰ったあとコットンがつぶやくのをきいたんだ、あの塔の地下には魔物がいるって」

ウィリアムはフッと息を吐いた。

「なにそれ、マリの記録によるとあの地下には放射性廃棄物と塔のメンテナンスを行う装置があるだけだ」

「持っていた電灯の明かりが消えて彷徨ったらしい。何も見えなかっただろうね、たぶんその魔物以外は。ウィリアム、君はあのとき何をみた?」

ウィリアムは黙っていた。

ルネも黙っていてそれ以上はきいてこなかった。

そしてまたドイの方へ離れていった。



「ねえウィル、今日のルネどうだった?」

祈りの塔からまた一時間かけて歩き、鉄道に乗って街へ戻ってきた。

ルネとポールと別れて、ウィリアムはドイと歩いていた。

「どうって、いつも通りだったけど」

「もう! 今日のルネの服は私が見立てたんだから」

ドイは少し不機嫌そうに言った。

確かに今日のルネは薄手の麻のシャツに淡い色合いのスラックス姿で軽やかだった。

「うん、あれくらいがいいよ。前なんかずいぶん着込んで暑そうだったから」

「前?」

「試験後の中休みに入る前、別棟のコンピュータ室に行ったとき。あのとき服を脱がせてもまだ下に何枚も着てたんだ」

「服を脱がせた!?」

ドイは驚愕の声を上げた。

「いや、熱中症で体を冷やす必要があったからさ」

ウィリアムがそう弁明するとドイは呆れたように盛大に息を吐いた。

「それより、二人でよく出かけたりするの?」

ウィリアムは話を変えようとドイにきいた。

「たまにね。図書館に行ったり、デパートにはこの前初めて行ったの」

「へえ」

「ルネったらなかなかインナーショップに入ってこないから大変で」

「は?」

「あ、違う」

「おまえたちそんな所に一緒に入るのか?」

「だから、今回が初めてだって」

ウィリアムは信じられない思いでドイを見た。

「つきあってないんだろ? いやそうだったとしても……どうかしてる」

ウィリアムは最後の言葉を低く吐き捨てるように言った。

その言葉にドイは顔をしかめた。

「そっちはルネのこと何も知らないじゃない」

ドイも同じ口調で返してきた。

ウィリアムは歩みを止めた。

ドイは構わず先へズンズン歩いていき、離れていった。

(僕は何も知らない? じゃあドイは何を知っているんだ)

そしてウィリアムは自分がルネにさらけ出したものと彼について知っていることを秤にかけた。

そして大きく傾いたそれに呆然とした。




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