モーリェ再び
「いやあっ凄いね。我が祖国もまだまだやるね」
ロシア軍が奪取した陣地でヘラヘラとした笑みを浮かべ、大声で男は言った。
三十くらいの中年だが、言動が子供っぽい。
「課長、いい加減にしてください」
部下のミスキーがたしなめるが無駄だと分かっていた。
もう数百回も行っているのだから。
「何を言っているんだいミスキー君。僕たちの新製品のお披露目前だよ。舞台が整った事を喜びなよ」
「フィニストを投入すれば、作戦は成功したでしょうし、成果をロシア軍に認めさせることが出来たでしょう。そうなれば我々は今すぐ、モスクワに帰れましたよ」
「分かっていないなミスキー君」
珍しくモーリェがあきれ顔をした。
「落ち目とはいえ、我が精強なるロシア軍がなけなしの予備戦力を集め、ウクライナ軍の弱点を見つけ出して行う攻撃だよ。成功することなんて、はじめから決まっている」
戦局が優勢である事を見せつけたいために、戦争の正当性を見せつけたいプーチンの意向で行われたプロパガンダ作戦。
戦略的、軍事的な意味はなく、ただ勝つため、勝ったことを喧伝するために行われた作戦だった。
それだけに絶対に負けないよう、兵力を集めて気合いを入れた作戦だった。
「そんなところで活躍したって作戦が良かったから、ロシア軍の力と言うことになる」
「それでも勝利に貢献したことをアピール出来ます。少なくとも、故障で参加できないよりマシです」
モーリェ達が持ってきた新製品は投入していない。
完璧な状態だったがモーリェの一言で故障して不参加を伝えていたからだ。
おかげでロシア軍幹部からのモーリェ達に注がれる視線は冷たい。
しかしモーリェは、気にしていない。
「分かっていないねミスキー君。これは僕たちの未来のためのデモンストレーションなんだよ。映えるように活躍させないと」
「と、おっしゃいますと?」
モーリェが声を低くしたのに合わせてミスキーも声を低くして、聞き入る。
頭の固いミスキーが乗り気になっていることに喜んだモーリェは、話し始める。
「もし、攻撃に参加してみなよ。フィニストの映像なんて殆ど撮って貰えないよ。ロシア軍は成果を上げたら秘匿するだろうし、ウクライナ軍は撮影の用意が出来ていないから移されることもない」
「ウクライナ軍に撮らせるつもりですか」
「そうだよ」
思いついた悪戯を披露する少年のような笑みをモーリェは浮かべて言った。
「今回の攻勢を大勝利としてロシア軍は大々的に発表している」
プロパガンダが目的だったこともあり国営放送は今回の作戦成功を大々的に報道している。
また情報当局も西側のSNSを使って作戦成功の映像を各所に投稿して、勝利を印象づけていた。
「このところ良い成果がないウクライナ軍は黙っていられないだろうね。アメリカからの援助も減らされそうだし。必ず奪回作戦に出てくる」
戦争の長期化で支援疲れが出ている欧米を説得するため、ウクライナは勝機がある事を示さなければならない。
昨年の夏季攻勢の失敗もあり、ここでロシア有利、ウクライナ劣勢の印象が世界に広まるのはウクライナ側にとって敗北に等しい。
「当然奪回に来るだろう。報道も一緒にやってくる。ウクライナ軍の勝利を撮影するために」
「まさか……」
「そう、そこに我らがフィニストを乱入させるんだよ」
とんでもない作戦にミスキーは驚き呆れた。
「上手くいきますかね」
ミスキーは眼鏡をかけ直しながら言う。
その表情は笑っていた。
モーリェも笑みを更に深く浮かべて言う。
「上手くいくよ。ウクライナは今回の攻撃で面子丸つぶれだからね必ず来る。大攻勢をかけてくるぞ。それこそロシア軍が尻尾を巻いて逃げ出すくらいにね。それを潰すのがフィニストの最高のお披露目になるだろう」
ロシア軍への恩も売れるし、西側にモーリェ達の技術を売り込む最高の場になる。
確かに最高の成果だ。
ミスキーの心は躍り、自然と笑みが零れ、期待に胸を膨らませる。
「早く来てくれると良いですね」
「大丈夫。すぐに来てくれるよ。招待状は送ったしね」
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