プラウダ出撃
『南一五キロの地点で敵の大規模攻勢! プラウダは出撃せよ!』
「全く、休ませてくれなさそうね」
放送を聞き終えると整備工場になっている倉庫へカチューシャは駆けていく。
「全車エンジン始動! 出せる車は全部出せ! 各部点検! 不具合を見逃すな! トロトロしている奴は畑に埋めて肥やしにするぞ!」
おやっさんの叱咤がエンジンの轟音を突き抜けて響き渡る中、私はT34へ向かい、担当の眼鏡を掛けた整備兵に尋ねる。
このT34を少しでも使い物にしてくれるようカチューシャの頼みを色々聞いてくれた。
俯角がとれるように改造してくれたのも、この整備兵のお陰だ。
砲塔だけでなくサスペンスを改造して姿勢が制御出来るようにしてくれたのは有り難い。
お陰で不整地でも水平を保ち命中精度を上げることが出来た。
「どう? 出せる?」
砲塔の点検の為に外していたハズだ。
カチューシャのT34は装填手の疲労を考えてオリジナルにはない砲塔バスケットを取り付けている分、載せるのが少し手間だ。
「一通り点検したけど異常なし。すぐに戻したから動かせるよカチューシャちゃん。燃料は満タン。弾薬はいつも通り」
「わかった」
「それと、試しに作っていた例のお守り、出来上がったよ。試してはいるけど、まともに飛ぶとは思わないでくれ。命中させるなら出来るだけ近距離で撃て」
「ありがとう。無いよりマシよ。それに私の頼み事だったから文句は言わないわ」
頬に軽くキスをしたあと、カチューシャはT34へ乗り込む。
「プラウダ全隊へ。これより味方を救援するために出撃する。パンツァーフォー!」
倉庫から飛び出し、目的地へ向かって進撃する。
タブレットで戦況を確認するが、酷い状況だ。
敵の砲撃で味方陣地がズタボロだ。
プラウダが前線に飛び込みロシア軍の攻撃を断念させる必要がある。
だが、これだけの戦力投入だと敵も戦車を投入している可能性が高い。
ロシア軍も武器は足りない。
最新鋭のアルマータは出し惜しみしている上に数が足りないから考慮の外にしている。
それでも冷戦期の主力T72も足りなくてT64やT55を引っ張り出しているという。
いずれも冷戦初期の遺物だが、第二次大戦の戦訓を生かして作り上げたMBT――現代の主力戦車の元祖、第一世代だ。
第二次大戦の前に作られたT34より性能は上だ。
出会った瞬間に負けてしまう。
かといって逃げ出しても戦線を突破され更に厳しい状況に立たされる。
ここで戦って勝つしかない。
だが出来るのだろうか、カチューシャは不安になり黙り込んだ。
「いけないいけない」
カチューシャはハッチから身を乗り出すと周りの風景を見た。
青い空に雪解けのあとの黒い大地が見える。
暖かくなった空気を一杯に吸い込み、大声で歌い出した。
らスツヴィターリ ヤーブラニ イ グるーシ
Расцветали яблони и груши,
咲き誇る林檎と梨の花
パプルィリ トゥマーヌィ ナド りコーイ
Поплыли туманы над рекой;
川面にかかる朝靄
ヴィハヂーラ ナ ビェーリク カチューシャ
Выходила на берег Катюша,
若いカチューシャは歩み行く
ナ ヴィソーキィ ビェーりク ナ クるトーイ
На высокий берег, на крутой
霧のかかる険しく高い河岸に
ヴィハヂーラ ナ ビェーリク カチューシャ
Выходила на берег Катюша,
若いカチューシャは歩み行く
ナ ヴィソーキィ ビェーりク ナ クるトーイ
На высокий берег, на крутой
霧のかかる険しく高い河岸に
参照
https://info-joy.com/%d0%ba%d0%b0%d1%82%d1%8e%d1%88%d0%b0-%d1%80%d0%be%d1%81%d1%81%d0%b8%d1%8f/
https://www.worldfolksong.com/songbook/russia/katyusha.htm
『ロシアの歌よ』
無線が入っていて聞かれたようだ。ノンナが言ってくる。
「構わないでしょう。歌に罪はないのだし、それにノンナも歌っていたでしょう」
『ええ、私もこの歌は好きだし』
カマを掛けたのだが本当に歌っていたようだ。
日本アニメのコミュニティで知り合っただけにノンナも有名なシーンとかには詳しい。
それにウクライナの音楽の授業で習うし何かにつけて歌うことが多い。
「パンツァーリートよりマシでしょ」
『好きなら歌っても良いんじゃない?』
「どうもドイツの歌はね。そこまでして歌うならいっそホルスト・ヴェッセル・リートを歌うわ」
『ナチのテーマ曲じゃないの。プーチンが喜びそうね。ウクライナにナチの残党がいた、私の言ったことは正しかったんだって、大はしゃぎするわ』
「そうね。このところ良いことが無い上、嘘つき呼ばわりされている哀れな老人だから多少は真実を作って提供させてあげても良いと思えるわ」
『ポチョムキン村ならぬカチューシャのナチ部隊ね』
無線から笑い声が起こる。
皆喜んでいるようだ。
連戦で疲れていることをカチューシャは心配したがこの様子なら大丈夫だろう。
『で? カチューシャ、どうするの?』
「いつも通りよノンナ。私が先行して偵察。情報を収集した後、敵の歩兵の突入を防いで時間を稼ぎ、ノンナが敵の特火点を攻撃。バラライカが掃討して終わりよ」
『敵の戦車は? これだけの攻勢だと出てきているんじゃ?』
「出てきたときに考える。お守りもあるし」
『単独で突出するのは危険よ。私の到着を待ったら?』
「IS3だと動きが鈍いでしょう。身軽な私たちの方が良い。ノンナは後方から支援して。以上」
私は全速でT34を走らせ、攻撃地点へ向かう。
徐々に大出力エンジンの轟音の中でもハッキリと分かるほどの砲撃音が聞こえてくる。
「不味い、味方が激しい攻撃を受けている」
砲撃を受けて味方の陣地がやられているようだ。
「無線で呼びかけても答えてくれないわ。助けを呼ぶばかりで応答なし」
右前に座る無線手が報告してくる。
ロシアの攻撃は激しいようだ。砲弾不足のハズなのに、やたらと景気が良い。
「タブレットの方も更新されていない」
混乱しているのか敵の戦力も入力されて居らず、更新がない。
「突入前に偵察して状況を確認する。手前の高地を目指して」
カチューシャはいつものようにナビで操縦士に指示をして自分だけ偵察に出て行く。
高台から除いた味方陣地はあちこちに遺体が散乱しており陥落寸前といった状況だ。
「耐えられるかしら」
もしいま攻撃があってもノンナ達がやってくるにはまだ時間が掛かる。
敵の攻撃が後になって欲しいと願うが、運命の女神は気まぐれだ。
突如、上空からシュウウウウッッという飛翔音と共に味方の陣地から複数の爆発が起こる。
「ロケット弾!」
ロシア軍の多連装ロケット砲だ。
西側のような精密誘導ではなく、数をばらまくタイプだ。
直撃はないだろうが派手な爆発と爆煙で部隊を混乱させるのが目的だ。
そして、こんな兵器を大量に使う理由は攻撃直前の準備砲撃だ。
「やっぱり来た!」
ロシア兵が突撃を開始した。
味方はロケット弾攻撃の混乱から立ち直っていない。
「このままだとノンナ達が来る前に味方が崩れる! すぐに出るわ! パンツァーフォー!」
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カチューシャ(歌)
第二次大戦で歌われた歌。
ガールズ&パンツァーでプラウダのシーンで歌われているのが有名。
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