奔放明媚

鈴音

笑う女に福求めることなかれ

古い知人は、ある日突然消えた。


ふらふらと地に足付けず、家の場所もわからないし、働いているかも疑わしいその知人は、常ににやにやと、まるで仙人のように腕を組みながら街を歩き、日々過ごしていた。


そんな彼女との出会いは、北海道の冬の日のこと。雪ミクのグッズを求めて雪まつりに繰り出した私の目の前に、喧騒が拡がっていた。


そこには、マイナス2桁の気温の中、夏用の、可愛らしい金魚の描かれた浴衣姿の女がいた。その女は、どうやら酒に酔っているらしく、その着物の帯を勢いよく剥がそうとして、警察や近くの男性に取り押さえられているらしい。なるほど、噂に聞く矛盾脱衣とは街中でも起こりうるのか。なんて少し的はずれな感想を抱いた私は、彼女に興味を持ってしまった。


そこから、人生が激変した。まるで、どぶ川のそこに敷き詰めた宝石を見せつけられるような、そんな人生に。


私は酔いの醒めないその女に声をかけ、水をぶっかけた。その冷たさと、私の行動に頭が冴えたのか、にまにまと何かいやらしい笑みを浮かべ、私の肩を掴んだ。そのまま、大通公園の地下街、オーロラタウンに私を連れ込み、マックで私にバーガーのセットふたつを奢らせて、突然自己紹介を始めた。


彼女は、自身のことを阿呆で馬鹿な絶世の美女、略して増毛ましけと名乗った。どこから来たんだ増毛。


そして、こんな頭のおかしい格好をし、酔いつぶれた理由を聞くと、どうやら小説に影響されたらしく。森見登美彦著の四畳半神話大系を一昨日見終えて、かの師匠こと樋口さんに憧れてのことだと言う。


だが、冬の北海道は浴衣を着て出歩けるものではなく、こりゃロシアの人に倣って呑むしかないと意を決した所で意識を失い、あの痴態を晒すことになったらしい。


だが、話を聞く事に、どうやら彼女の言動は別に四畳半神話大系を読んでからではなく、ずっと前かららしいことを知った。師匠の真似をしたのも、親近感が湧いたから、との事だ。


私は、果たして人生でこれほどの狂った女に、いや人間に出会ったことがあっただろうか?と、少し楽しくなってしまった。そこで、もしよろしければと、私は彼女に人生を説いてもらおうと考えた。


彼女はそれを聞くと、より1層嬉しそうに笑みを深めながら、私の頭を撫でくりまわした。


すると彼女はどこからともなく3台のスマホを取りだし、どれにしようかなんて指さしながら、ポテトを貪り始めた。そして、これ!と選んだスマホを私に差し出し、何かがあればこれで呼んで欲しい、もしくは呼びかけるだろう。そう言って、食べるのに集中するから今日は帰ってくれ、明後日また札幌駅の白いアレの前で集まろうと、解散を促した。


私も、まだグッズを買えていないし、雪まつりを楽しめていないしなと、幸せそうにポテトとナゲットを同時に口に放り込む彼女を尻目に、会場に向かった。


その後、欲しいグッズ全てを抱えてほくほく顔のまま家に帰ると、ポケットからぽろっと先程のスマホが出てきた。そういえば、何も考えず受け取ったが、果たしてこれは、まともなものなのか?不安になりながら、電源ボタンを押すと、ロック画面には妙に艶かしい、全裸の男性の写真があり、ホーム画面を開くと、これまた男であれば誰でも情欲をかきたてられるような美しい裸体を晒す女の写真があった。


すっと目を閉じながら、天井を仰ぎ、薄く開けたまぶたの隙間から覗くとそこには先程と全く同じ写真が、随分堂々と画面に居座っていた。


しかも、顔の部分は適当なコラージュで増毛の顔が貼り付けられていた。何を考えているのだろうか。


だが、局部はそれぞれ同じアプリのアイコンが隠しており、ギリギリグラビア的画像に見えなくもないこともないので、ひとまず安心し、アプリを確認すると、見た事も聞いたこともないチャットツールが、たった1つ入れられていた。


開くと、そこにはびっしりと文字が詰め込まれており、それらは全て増毛から、このスマホを使う私に対する諸注意や説明が書かれていた。いくつか抜粋すると


「ホームとロックは変えるべからず」


「私のことは必ず増毛と呼び、他者に紹介するべからず」


「聞きたいことがあれば直接、どんな方式でもいいので聞くこと(肉体言語等)」


等々。なるほど、私は巡り会うべき素晴らしき女性に出逢えたようだ。そう考えながら読んでいると、彼女からメッセージが飛んでくる。


【君の名を聞いていなかったね。本名でも渾名でも構わないから、教えてくれたまえ。もしくは、私が決めてやろう】


バレリーナも驚くほど綺麗なつま先立ちの写真を添えたそのメールに、私もそういえばと思い当たる。彼女になんて呼ばせようか…しばらくうんうんと首を傾げてると、彼女から


【随分と考え込んでいるようだね。よろしい。私の教え子であり、良き友であり、これより先長い付き合いの隣人である君に、上幌向かみほろむいの名を与えよう】


どうやら増毛は道央の地域名が好きらしい。


私は歓喜する様子を写真に撮り、ありがたき幸せと送り返し、またも返ってきた、満足気に胸を張る彼女の写真を眺めたあと、眠りについた。

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