19、偽の心中
「聞いていた話では、貴方は北東に出向いていたとのことですが……昨晩の事件を聞きつけて駆けつけたというには些か早すぎる気がしませんか?」
焦りの表情を浮かべるアルファは、退路に立ち塞がる男の隙を伺う。
「寄席や講談じゃあるめぇ、観客からの野次に答えてやる義理がどこにあるよ」
太刀と小太刀の血を払いながらもシルヴァンは目の前の殺し屋を逃さぬよう一切の隙を見せない。
「だがまぁ……お前さんが、共に舞台に上がるってんなら、答えてやらなくもねぇよ」
その足取りは、数秒を一瞬に錯覚させる。
命のやり取りの最中、その足取りに――ただ、見惚れてしまった。
鼻と鼻がくっつきそうになるほどまでの接近。
「っ!」
小太刀が脇腹に触れる感覚が、アルファを現実に引き戻す。
「性別を無視した
「役者に欲情してる内は、あんたは見物客の役を降りられねぇさ」
刃が肉に沈みきる前に、シルヴァンを蹴り飛ばし距離を置く。
距離を取るためだけの苦し紛れの蹴りだったにも関わらず、シルヴァンは大仰によろけ、艶めかしくよろけて見せる。
「『
「は?」
演技。
目の前の青年は、妖艶な美女の振る舞いを見せる。
「『黙ってばかりじゃ、分かんないよ、あんたが何を考えてんのか!』」
旅芸人の一座、それは世を忍ぶ仮の姿。だが、仮の姿にしておくには勿体ないほどに、彼は芸の才に秀でている。
「演技が貴方の能力の条件というわけですかッ!」
シルヴァンが何を企んでいるにしても、刃が掠りでもすれば、猛毒をその血に流し込める。
ゆったりとした女形の演技が能力の発動条件に必須だというのなら、それが大きな隙となる。
「見物客が舞台に干渉なんて、できゃしねぇんよ」
アルファは彼の無防備な首筋を短剣で斬りつけた。
シルヴァンは防御の姿勢を取る素振りすら見せず、唐突に始めた役を
そして、刃はシルヴァンの首に触れ、茶番は終了するはずだった。
それが茶番であったのであれば。
「無傷……!?」
シルヴァンの能力は魅了ではない。
彼の演技力に
「
現実と虚構が線引かれる。
「万雷の拍手と喝采で、お出迎えを」
『
能力の条件を詳細に突き詰め、極限まで発動を限定することでより、極限に研ぎ澄まされた、
「『悲恋劇――浄瑠璃心中』」
彼が演じる舞台は観る者にとっての現実に、舞台の外で起きる一切は彼に取っての虚構に。
大衆にとってシルヴァンが看板役者という偽を、真だと信じるならそれが現実を覆い隠すように。
いとも容易く、偽と真は裏返る。
「『すまないねぇ、大丈夫、言わなくても分かってる』」
《遊女》は懐から短刀を取り出し思いつめたように握りしめる。
「『あんたが来るよりも先に、一人の男がこの遊郭にやってきて、したり顔で自慢話をしていたのさ』」
これは東領を中心に流行っている演目。
望まぬ婚約を結ばされた男が、真に愛した遊女と結ばれるべく奔走する話。
だが、この物語の結末は……。
「『馬鹿な男だ、親友だからと、簡単に信じるから、恥をかいたのだ、まあ、奴と『親友』であったから私は得をしたのだがなぁ』」
男は既に納められてしまっていた結納金を返金し破談を願い出ようとするが、今すぐ金が必要だと言う親友を見かねて結納金を貸してしまう。
「『証文すら反故にされ、詐欺師呼ばわり……このままでは、私は結納金を横領したと薄汚い詐欺師という濡れ衣を着せられる……あぁ、もう死んで身の潔白を証明する他ない』」
手酷い裏切りにあった男は深い絶望を、洞のような瞳に浮かべる。
「『ではアタシもお供いたしましょう』」
男の覚悟を汲み取った遊女は、互いの手首を縄で結び、短刀を手渡す。
「『やはり私には、お前の命を奪うことなど、死ぬのは私一人で……』」
「『はやく、はやく。貴方を失った今世に未練などありません』」
遂に、男は――否、シルヴァンは目の前の殺し屋の心臓を深く突き刺していた。
「『さようなら、愛しい人、来世では疑うことなき恋の手本となれるよう、私は誓うよ』」
発動させてしまえば、回避も撃退も意味を成さない。
ただ、シルヴァンの一人舞台に、いつの間にか巻き込まれ。
悲劇の中心人物に置かれ、偽りの愛を口にし、彼の腕の中で息絶える。
「これにて、浄瑠璃心中、幕引きでござい。皆様、足元にお気をつけてお帰りくだせぇ」
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