15、勝敗の条件
「フェスタ、生きてるか?」
「五体満足」
倒れ込むフェスタを覗き込むようにアルターが顔を覗かせる。
その隣には気まずそうに顔を背けるルナの姿もある。
「これが……フェスタさん……?」
事前にアルターに聞かされていたとは言え、成長した姿のフェスタが自分の知る姿とかけ離れているのもあり、怪訝そうな視線を向ける。
当のフェスタは全く気にも留めていないが。
「アインは……?」
「眠らせてるだけだ、そんな強めの術は使ってないからすぐに目を覚ますだろうさ」
起き上がったフェスタは眠るアインの身体をまさぐり始めた。
「あ、おい! 破廉恥女、殿下の前で何を!」
「目ぇ覚ます前にやることがあんだろ…………お、案の定」
フェスタは発見したものを見せる。
「角笛……!」
アイン隊服には予想していた通り、
「それが……彼を監視するために仕込まれていた物ですか……」
「皇太子様は黙ってた方がいい」
「僕が煩わしいなら、また眠らせたら良いじゃないですか」
随分と前のような気がしていたが、フェスタがルナを無理やり黙らせたのはついさっきの話だ。
その件は二人の間に確執を生んだまま、何も解決していない。
ただ、先ほどの発言はルナへの不快感からのものではない。
「敵はまだ聞いている」
「え?」
「まあ、今更だから良いけどよ。余計なことは喋るなよ」
ルナに一瞥もくれずに、フェスタは角笛に向かって語りかける。
「よぉ、なんだかんだ初めましてか? 駒を動かして後ろでふんぞり返ってるだけの自称頭脳派気取りの腰抜けってのは、中々ご対面できねぇもんでよぉ。顔も声も知らん奴から嫌われ続けんのもお辛かろうから、直接お言葉を交わしてやるよ。むせび泣いて感謝しろ」
「…………何も返ってこないな」
盗聴の角笛だから音声出力機能がないのか、反応はない。
かと思いきや、ワンテンポ遅れてから、角笛からノイズ混じりの音が鳴る。
『うぉーん‼ こんな哀れな臆病者の私めに、自らのお言葉を下さるとは! グスッ……なんと慈悲深い御方なのでしょう! 私は感涙を禁じえません! おーいおいおいおいおい!!』
「きもっ……ぶっ壊すか?」
ふざけた調子の中年男性の声。
『おいおい! そりゃ無いでしょうよ! せっかく良い歳したおじさんがノリの良い返しをしたってのに、つれないお嬢さんだ』
「ギュスタヴッ!」
「……謀反人、父上の仇……」
憎き裏切者の名。
『副長殿……どうも、お久しぶりです。声だけで申し訳ございませんね』
「親玉が聞いてたか、好都合だ」
『ようやく初めましてだねぇ……『黒魔女』フェスタちゃん』
「よぉ、
両者、「こんにちは」の挨拶を済ませ、言葉だけの対面を果たす。
『
「そうかい、目の上の邪魔者を蹴落として、今はお前が騎士団の新団長ってか。大出世おめでとさん」
『あぁ、臆病者らしいやり方でのし上がってやったのよ』
「いけしゃあしゃあと!」
『副長殿のお怒りはごもっとも、俺はアンタにどんなに罵られても返す言葉なんて持ってない。けど、今は俺を糾弾するのがアンタらの目的じゃないだろ?』
「知った風な口を――」
「落ち着けアルター」
悪びれる様子もないギュスタヴに、感情が爆発しそうになるアルターをフェスタがなだめる。
「感情的になっても得られるものはない。コイツの言う通りだ。ただのキショいおっさんなだけかと思ったが、存外馬鹿でもない」
『流石は、黒魔女殿、俺の計画の唯一の誤算だ、よく頭が回る』
「私もお前を火あぶりにしてやりたいってことは忘れんなよ。それを踏まえた上でお前も話に乗ってきたんだろ」
騎士団が『
『ああ分かってるよ、けど、聞かれたことを一々説明してやる義理はこっちに無いと思うんだよね。アイン隊長が人質として機能しないことはそっちも承知の上でしょう?』
「別にこっちは尋問したいわけじゃないし。お前の目的なんて然程興味もねぇ」
「いえ、僕は興味があります。貴方の目的」
そう言って割って入るのは、皇太子ルクスリア。
「なぜ、城の者達が無残に殺されなければならなかったのか? なぜ、サフィールやアルターは仲間から裏切られなければならなかったのか? なぜ、父上は皇帝は討たれたのか!? 僕には知る権利があるはずです」
「こんな時まで、他人のことかよ……」
『お久しぶりです。皇太子殿下。殿下に置かれましては当然の疑問かと存じます。ですが――答えたところで、なんになるのでしょうか?』
「なんですって?」
皇太子は苛立ちを隠さない。
『当然、これまでの残虐非道は私の道楽で行われたわけではありません、確固たる大義を以て事を起こしたとも言っていいでしょう。ですが……それらは、貴方にとっては身勝手に感じるでしょう、知ったことではないと一蹴できてしまうでしょう。どんな綺麗ごとを並べたところで、許されざる行いであることには間違いはないのです。それとも理由を知って目的を知れば、貴方は納得して同情して、慈悲を下さるのですか? 協力して下さるのですか? そうはならない……起こった事実は覆らないし、互いの結論は変わらないのです』
「そ、それは……」
知ったところで、振り上げた拳は収まるのか。
知ったところで、この悲哀は胸から消えるのか。
知ったところで、失った者は戻らない。
「それでも……納得が欲しいと思うのは、間違ってますか?」
『いいえ、人であるならば、それ自体は間違いではありません、ですが、この場においては無意味です。お互いにね』
「こいつに同調するようでむかつくが、その通りだ、こいつに、どんなお涙頂戴の感動裏話があろうが、こっちは知ったこっちゃねぇ」
これはもう、火蓋が切って落とされた、戦争なのだから。
「それは、そうですけど……」
「なら引っ込んでろ」
フェスタはルナを冷たくあしらうと、角笛の先にいる男に向かう。
「お前はこれからもアルターと皇太子を追ってくるよなぁ?」
『あぁ、こっちは諦めるつもりはないよ』
「んじゃ、頑張れよ、タイムリミットに間に合うと良いな」
『タイムリミット?』
「とぼけてろよ、昨日の今日で追っかけてきて大慌てじゃねぇの。余裕ぶってられんのも今の内だ」
『なるほど……魔女殿は勝敗の条件を明確にしたいらしい』
当然、敗北の条件はルナとアルターが敵の手中に落ちること、だが、勝利の明確な条件は?
ギュスタヴを討つこと? すべての事件の裏で糸を引いているのが彼ならそれで解決するかもしれないが、騎士団だけでなく、大火の折には不逞浪士達もいた、それに事が事だ個人でできる規模を超えている。
糸は見えている以上に複雑に絡まっている。
「素直に聞いて、正直に答えが返ってくるって思ってないんだわ」
フェスタの調子自体はいつものように、軽い。
腹の探り合いだ、底は見せない。
『そう……なら、答えてあげない』
「いいぜ、一週間だろうが、一年だろうが、十年だろうが……逃げ回って、お前らの残り時間が尽きた瞬間、その喉笛を噛み千切ってやる」
『精々頑張りなよ、いつ終わるかも分からない逃亡生活に絶望しながら力尽きるまで』
「OK、大体、欲しい情報は得られたよ。もう、お前に用はない」
『へぇ、俺には、あんまり意味のある会話には思えなかったけど』
「勝手に思ってろよ」
どうせ、ギュスタヴも欲しい情報を聞き逃さないようにしていただろうに。
「あ、そうだ。最後に一つ、ずっと、お前に言いたいことがあったんだ」
『何だい? そんなにおじさんと話したがってくれてたなんて感激だよ』
軽い調子が消え失せ、言葉に温度が無くなる。
「――
『……肝に銘じておくよ』
「覚えておく必要はない、いつか、勝手にお前が死ぬだけだ」
『そうかい、楽しみに待ってるよ』
その返事は、感情の見えない上っ面のにやけ声。
『あぁ、そうだ、俺からも最後に一つ』
その声と同時に、辺りの様子の異変を感じ取る。
『東に向かったのはアインくんだけじゃないんだ』
フェスタは角笛を踏み壊し、杖を構える。
「アルター!」
何かが頬を掠める。
「ああ!」
返事と同時に、ルナに向かって
「囲まれてる」
フェスタは頬の薄皮一枚切られ一筋の血が流れている。
「随分と気配遮断が上手らしい。殺気を向けられるまで気付かなかったとは」
「え? え?」
フェスタとアルターの二人は臨戦状態、ルナは状況が飲み込めていない。
「アルターの影に隠れてろ」
周囲に人影はなかった。
だが、警戒された今、正体を隠すまでもないと、声が虚空より響く。
「隊長格との戦いの後だというのに、素晴らしい。大した集中力です」
姿がぼんやりと輪郭を帯び始める。
「騎士団ってのは暗殺部隊もいるのか?」
「監察はいたが……少なくとも、俺の知る限りではいなかったはずだ」
騎士団ではない、刺客。
「えぇ、我々はご高潔な騎士団ではありません。ただの卑俗な――殺し屋ギルドですので」
フェスタたちの前に、その姿を表したのは、眼鏡の理知的そうな青年。
「皆様、お初にお目にかかります。私は『アルファ』と呼ばれている者です。未熟ながらギルド『
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