13、チート

「アルター、迷宮借りるぞ。三十番」


 手刀を切る。

 そのモーションで何の術が発動するのかは、暴走しているアインの頭でもここまで連発されれば理解していた。


「壁を造る術……!」


 詠唱が極端に短いのは、手の動き、或いは身体の動きで変化をつけて代替しているから。

 通常、詠唱というのは魔術を発動するための工程を言葉に関連付けるために行われる。上段から斬りかかるために剣を振り上げるようなモノだ。

 彼女は言葉の代わりに、文字通り身体に覚え込ませているのだろう、卓越した魔術師や騎士の中には攻撃と連動して発動させるようにしている者もいたりする。そう不思議ではない。


 ただ、解せないのは。


強化アップグレード四面葬棺カスケット


 同じ動きで一段上の術に進化させてくることだけは、解せない。

 手刀の一振りでアインの前後が壁に阻まれる。迷宮の壁とぴったりとくっつき、扉も窓もない吹き抜けの一室が即座に生み出された。


「『迷宮』っぽくなったんじゃないか? 罠の一つもないと味気ないしな」

「クソっ、野良の魔術師風情が、一丁前に術を見せびらかしやがって! どんなインチキしてやがる!」

「今のお前に教える道理はないな。……壁の建造の際に能力の発動圏に触れたが反応はなし。さっきの固定していた乱気流が当たったことも加味すれば、効果範囲への進入方向……いや、こちらから当たりに行くような攻撃が条件を満たしているのか……?」


 盗聴の危険がある以上おいそれと、自分の手の内を明かす気がないフェスタはアインの咆哮を意に介さず記録に勤しんでいる。


「おっと主題から逸れたな、ちょっとした準備でも反応の違いがあって飽きないな。持ち主と違って」

「むかつく女だなァ!」


 再びアインは壁を蹴り、高みの見物をしている薄気味悪い魔女を落とそうと跳び上がる。


「アプローチの仕方を変えろ。サンプルが増えんだろ」


 フェスタは手帳を閉じ、呟く。


「一〇二四番――『疑似大海獣バテンカイトス(仮)』」

「なにッ!?」


 特別な動きは何もない。

 少なくともアインにはそう見えていたはずなのに、先ほどの繰り返しのように、また地面に叩き落される。


「ふむ、『無敵』とやらには程遠いが、範囲や出力を調整すれば迎撃には丁度いいな。精度を上げれば正式採用も要検討と」


 冷静さを欠きながらも、アインの頭は彼女が「ノーモーションで術を使用した」もっと重要な気がかりを発見していた。


「千……!?」


 魔術は学問だが、術を一つ覚えるのと単語を一つ覚えるのとは意味が違う。

 術の一つ一つは、程度の差こそあれど各学問の専門分野の一つずつに匹敵する。基本的なものを除けば、一つの術を完全に習得するのに少なくとも一年は必要だ。

 才も必要かもしれないが、本来、能力という才能による差を埋めるために生み出された魔術は学と時間が最も物を言う。


「番号は適当だ。流石に千も術を覚えちゃいねぇよ」


 見下す魔女は気付けば壁の上に座っている。


「精々、片手で数えられる程度さ」


 ま、と付け加えて。


「この言葉をお前が信じるかは知らんがな」


 彼女は中指を突き立てる。


「四番――『焔舞ほむらまい』」


 炎。

 天を覆いつくすほどの炎が雨のようにアインの頭上に降り注がれる。


「火も使えるのかよ!?」


 杖を降りたとは言え、高さは2m以上の地点から放たれる術だ。炎の雨はアインを避けながら壁や床に散らばっていく。


「閉じ込めたのは、このためか……!」

「『魔術連鎖・灼炎牢しゃくえんろう』」


 炎は直撃しない、だが、四方は地の壁に覆われていて熱は狭い空間から逃げることはない。


「術によって生み出された炎は魔力を仮想の燃料として暫くは燃え続ける。火が放つ熱、奪われる酸素、渇く空気。さて、どうなる?」


 綺麗にアインの周りを避けて生み出された炎の海を観察する。

 アインの額には汗が滲み、呼吸は荒く、咳き込んでいる。


「有効だな。意外とあっけないもんだ、自身に向かってくる一定の質量を持った攻撃は逸れるが。元々ある空気中の酸素や水分を減らす。高温での蒸し焼きを通るのか……予想と違うな……酸素や水分の奪取は予想通りだが、奴を狙った熱移動は奴の条件に引っかかるかと思ってたが……それに攻撃が逸れるメカニズムが解明できてない……っ!?」


 フェスタが記録を付けていると、突然腰掛けていた壁がグラグラと音を立てて震動を始める。


「おいおいおいおい!! 墓守の鍵マスターキー!」


 フェスタは杖に跨り、壁の上から離れる。

 彼女が丁度壁から足を話した瞬間、壁が崩壊する。

 怪訝そうな表情を浮かべるフェスタは更に上空から四方を覆った小部屋の様子を確認する。


「こりゃ、記録は訂正だな」


 崩壊したのは彼女が座っていた壁だけではない。

 アインを囲んでいた壁の全て、そして迷宮そのものが残骸と化していた。


 全貌を把握すべくより高く飛んだフェスタは迷宮の外にも目を向けると、アルターが街中で出現させた迷宮に群がっていた野次馬が腰をぬかしているのは兎も角として、より外まで目を向けると、耐震などというモノに気を使っていない建造物たちは屋根や壁が大小有れど崩れている。

 町の人々の様子も慣れない揺れに怯えていたりパニックになったり、連日災難に見舞われ辟易している者もいる。


「この国で地震とはな……滅多にねぇってのによ……」


 無論、可能性がゼロということはないが、偶然。と言い切ってしまうにはタイミングが良すぎる。


「攻撃を逸らすなんてチャチなもんじゃねぇ……運命レベルの幸運を引き寄せてを生み出してんのか。そりゃ、魔術で再現が出来ねぇ訳だよ。ったく、つくづく能力ってやつはインチキチートくせぇ」


 魔術は所詮、自然の力を借りて人が為せることの延長に過ぎない。

 個々のルールはあれど、自然のルールなど通用しない、能力とはまさに理不尽そのものなのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る