10、無敵
「おそらく騎士団全員が企てに参加しているわけではない」
それは道中、フェスタから聞かされていた。
「だろうな。でなければ、わざわざ俺に汚名を着せるなどと面倒な真似をすまい」
そう安々と、自分や団長を裏切るような真似をする騎士たちばかりではない。とアルターは信じたい。
「であれば奴らが最も恐れるのは」
「丸め込めていない騎士が俺たちと接触すること」
「そうだ、ルナが自らの意志でお前と行動を共にしていることを知られれば、皇太子誘拐の濡れ衣が晴れてしまう。と、同時に参謀の謀も明るみになる」
それをギュスタヴは恐れているかもしれない。
「つまりお前は、騎士も誤解を解ければ味方の戦力にできるかもしれないということを言いたいのだな」
「逆だ。それを対策されているかもしれないという話だ」
フェスタの手には出発前に舎弟から回収した角笛が握られている。
「ラヴィの角笛か」
一番隊の騒音娘の能力によって生み出された角笛。
「どういうわけかアイツが死んだ後も、具現化した角笛は残り、ある程度の機能が残っている。ウザいことにギュスタヴって野郎もそれに気づいてやがる」
「騎士達の盗聴のために角笛を仕込んでるかもしれない、と」
「下手すりゃ。勧誘した瞬間、サフィールが食らった猛毒が作動してそいつが死ぬ。こっちはあらぬ余罪が増え、世間や元お仲間達からの信頼も失う。だから……もし騎士と遭遇したら」
人差し指を唇に当てる『静粛に』のポーズ。
「話すな。相手を思うなら尚の事注意しろ」
○●○●○●○●○●○●
「俺は……俺は……!」
「……」
震える少年をアルターは見つめる。
この場にルナが居なくとも、アルターの言葉一つで全てを信じ、刃を納めることだろう。
だが、万に一つのリスクが口を閉ざさせる。
フェスタの言ったことはあくまでも可能性。盗聴器を仕掛けられているかもしれない。正体不明の猛毒を仕込まれているかもしれない。
それらは全て考え過ぎ、思い込み過ぎかもしれない。
どの可能性も否定しきれない。
「なんとか言ってくれよ、姉ちゃん!!」
希望的観測で救えるのは、自らの安心のみ。
張り裂けそうな叫びを、聞こえないふりする。
「……これが『私』にとって最善の選択だ」
謝りたいと言った君へ伝えたい、謝るべきはこちらだと。
「っ!?」
思わずアインは息を呑む。
一歩の前進、それはアインの一足一刀の間合いに入ることを意味する。
「……っ『逆夢』……!」
神憑り的な速さも、鬼と見紛うほどの力強さも、見た目の派手さも、必要ない。
一切の無駄を削ぎ落とした逆袈裟。
速くはない、だが、気が付けば目の前に現れている。
力強くはない、だが、空を切るかのごとく肉を裁っている。
そして、派手ではないが、ブレのない剣筋、極限の最適化、無機質なまでに整然とした美がそこにある。
半径2mの間合い、それに踏み込んだが最後、一合と斬り合うことはない。
その技巧、まさに無敵の剣。
「……すまない」
刃が身を裂く間際、微かに耳元でそんな声が聞こえた気がした。
ハッとして、見やる先には血溜まりに倒れ込む遺体のみ。
「なんで……? なんでなんだよッ!?」
それは怒号のように聞こえた。
最愛の人を自らの手で殺めることを躊躇わなかった兄弟子のことも、殺されるような真似をした姉弟子のことも何も分からない。この怒りすら誰に向けるべきかも分からない。
だだ分かるのは、目の前に転がっているものが事実であるということだけ。
「三十一番『陽炎』――――解除」
それは正面から。
気怠そうな声音と一拍のみの手拍子。
「ったくよォ……何でもかんでも、『命に変えても』って、安売りしすぎなんだよ。これだから騎士って生き物は」
ゆっくりと眠たげで覚束ない足取りで、その黒髪の少女は二人の間に立ちはだかる。
「誰だ……お前?」
アインはその者の名を知らない。
「フェスタ……!」
それは、遺体から。
正しくは、アインが遺体だと思い込んでいた負傷したアルターから。
「可愛い可愛いフェスタちゃんがお前の命、買い戻させてもらった。長い旅になるんだ、こんなとこでくたばってないで、地獄の果てまで付き合えよ」
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